第101話 大人と子供
「コアちゃんも駆さんも、動かなくなっちゃいましたね……」
暦が心配そうに、倒れた二人を見つめる。
「それにしても、コアちゃんと瓜二つのダンジョンね……」
鐘々が、考え込むように腕を組んだ。
「となると、探偵に調査してもらった建物の中の人数とか、そういうのも全部そのまま信じられないね」
「ダンジョンの中に、私みたいに生活している人がいるかもしれませんしね」
「でも、なんであんな辺鄙な施設の中にダンジョンがあるのかしら?」
凪原が疑問を口にする。
「普通なら、もっと警備を回せそうなところっていうか……」
「確かに、妙なところがあるね」
そこへ、教授が口を挟んだ。
「ダンジョンの入口は原則ひとつだと言っていたが……もしかすると、そこも疑うべきではないかな」
「コアちゃん本人が言っていたのに?」
「彼女自身、自分でもわかっていなかったことがあるからね」
教授は、倒れたコアちゃんへ視線を向ける。
「もし、あの紅いコアがコアちゃんよりも活動期間が長いとすれば、何か別の方法に辿り着いている可能性も否定はできないよ」
「そっか。コアちゃんの先輩ってことだもんね」
鐘々も、納得したように頷く。
「別の方法……入口そのものを移動させる、とかでしょうか?」
「でも、コアちゃんはそれ難しいって言ってたよ?」
鐘々が首を傾げる。
「前に鱗ヶ池で聞いたんだけど、入口を移動させようとすると、どこに繋がるかわからないって」
「ふむ」
教授が顎へ手を当てる。
「なら、それは“今のコアちゃんにはできない”というだけかもしれないね」
「どういうこと?」
「先ほどの因子だよ」
「因子?」
「コアちゃんは、因子へ簡単な命令を与えることができると言っていた」
教授は少し考え込んでから。
「ならば例えば——他人へ『入口を呼び出すため』の命令を持った因子を与える、なんてこともできるんじゃないかな?」
「……急に何を言い出してるの、この人」
「あくまで仮説だからね」
教授は平然としている。
「考えられることは、いくらでも考えておいたほうがいい」
そして、続けた。
「入口は常にひとつだけ。ただし、その入口が同じ場所に存在し続けなければならない、という決まりはない」
「…………」
「なら、そのひとつの入口を別の場所へ繋ぐ方法がある、と考えてみる価値はある」
教授が、動かなくなった駆とコアちゃんへ目を向ける。
「これなら、あのとき駆君だけをダンジョンへ送り込めたことにも説明がつくんだ」
「そうか。教授は一緒に施設にいたんだもんね」
「まあ、あくまで仮説だよ」
教授が肩をすくめる。
「むしろ、これに囚われないことのほうが大切だ」
「あくまで可能性、ってことね」
「あの」
暦が、控えめに手を上げる。
「コアちゃんにそれを聞けば、立証できるのではないでしょうか?」
「その可能性は低いかもしれないね」
「えっと……どうしてでしょうか?」
「コアちゃんじゃ、経験が少ないとかそういうことじゃないの?」
「その通りだよ」
教授が肯定した。
「彼女は、意志を持ってからまだ日が浅いのだろう?」
「そうですね」
「対して、紅いコアちゃん——いや、もうアカちゃんとでも呼称しておこうか」
「緊張感が薄れそうな名前なんですけど」
教授はまったく気にせず続ける。
「アカちゃんの活動期間は、逆算するとかなり長い」
「どれくらい?」
「単純に、先生がエルフになってから接触があったと考えても——およそ二十年」
「二十年!?」
「それくらいの期間、活動しているとしてもおかしくない」
「じゃあ……」
鐘々が、動かなくなっているコアちゃんを見る。
「大人と子供くらいの差があるってことね」
「経験という意味では、そう考えてもいいだろうね」
「それなら、向こうにできて、こちらにはできない……っていうのも納得ですね」
「…………」
場の空気が、少しだけ重くなる。
二十年。
ただ長く生きている、というだけではない。
そのあいだ、あの紅いコアが何をして、何を覚えてきたのか。
今のコアちゃんにはできないことを、いったいいくつ身につけているのか。
考えれば考えるほど、嫌な想像ばかりが膨らんでいく。
そんな中。
「そういえば、教授」
写見が、ふと思い出したように口を開いた。
「スパイ疑惑が晴れてよかったですね」
「ん?」
教授が眉を上げる。
「どういうことだい?」
「七築さんみたいに、吹き飛ばなくてよかったなと」
「あ」
鐘々が声を上げる。
「それ、私も思った」
「え」
「すみません」
暦も、おずおずと手を上げる。
「私も……」
「おいおい」
「まあ、教授の役目ですしね。そういうの」
写見が、しれっと続ける。
「よかったじゃないですか、教授。疑惑が晴れて」
「みんなして何を言っているのかな?」
教授が、心外そうな顔をする。
「私は最初から、真摯に向き合っていたよね?」
「…………」
「…………」
「…………」
「その沈黙は何かな?」
コアちゃんの予防接種は、七築の中にある異物を見つけるためだけのものではなかった。
教授が、少なくとも七築と同じ形で何かを仕込まれてはいない。
結果的に——ずっと燻っていた教授への疑惑も、ひとつだけ晴れていたのだった。
「まあ、これで全部白ってわけじゃないですけど」
「君、追撃がひどくないかい?」




