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タロット大陸吟遊録  作者: にん


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#2-2:女教皇国



* * *


やっと夜が訪れた。


俺は、昼間の酒場の扉を開けた。


灯りがしっかりと点いていて、人々は酒を飲みながら談笑していた。


(……普通だ)


その様子だけ見れば、他の国の酒場と変わらない。


昼間から感じていた違和感や気味の悪さは、気のせいだったのだろうか。


俺は少しだけ、ほっとした。


そして、カウンターで杯を拭く昼間の店主に声を掛けた。


「よお。何か、食わしてくれないか」


店主は手を止め、昼間と変わらない笑みで答える。


「……ようこそ、旅の方。お食事ですね。ただいま用意して参ります」


そう言うと、店主はカウンターの奥へ姿を消した。


しばらく待っていると、皿に盛られた肉と、パンを手に戻って来る。


「どうぞ、お召し上がり下さい」


店主は丁寧に俺の目の前へ皿を並べ、頭を下げた。


(……愚者国のマスターとは、えらい違いだな)


あのマスターは、何か頼めばぶっきらぼうに答え、杯も皿も、どかっと目の前に雑に置いた。


マスターに見せてやりたいな、と俺は独りごちた。


早速、肉に手を伸ばし、口に運ぶ。


「……うっま」


肉にはソースが掛かっていて、俺の味わったことのない風味だった。


甘酸っぱくて、濃い。

けれど肉の脂を、不思議とすっきりさせる味だ。


思わず感嘆の声を漏らした俺に、店主は表情を少し崩した。


「お気に召して頂けましたか」


「……これ、何のソースなんだい?」


「ザクロとナツメヤシでございます。この国は交易が盛んでして、商人の方がよく持ち込んでくださるのです」


「……へえ、そうなのかい。初めて食べたよ」


愚者国にも商人は来る。


けれど、ザクロとナツメヤシのソースなど、初めて味わった。


(……これも旅の醍醐味か)


俺は夢中で、肉とパンを頬張った。




(……さあ、そろそろやるか)


腹も膨れ、葡萄酒で喉も潤った。


店主に了承を得て、俺は店の中央の小さなステージに立つ。


昼間唄えなかった分、参謀と魔術師国を思いながら、弦を弾き始めた。


――


言葉は 知恵と力

棒にもコインにも 杯にもなる


でも 気を付けな

それは時には 剣にもなるぞ


でも言わずには いられない

お前の心に 従うべきだ


――


(……あの世で聞いていてくれ)


一度でいいから、あの参謀に唄を聞かせたかった。


そんなことを思いながら、哀愁を込め、唄を唄った。


最後の一音を奏でた時、店からは、まばらに拍手が鳴った。


そして、数枚の銅貨がステージに投げ込まれた。


(……んだよ、少ねえな……)


俺自身の手応えと、拍手と銅貨の数が合わない。


俺は渋々お辞儀をし、銅貨を拾い集めてステージを降りた。


魔術師国なら、ステージを降りれば皆が俺に声を掛けてきた。

けれど、ここでは誰も俺を呼び止めない。


俺は今の曲の評判を、直に聞くことに決めた。


ステージから一番近いテーブルに座っている客の前で、足を止める。


その客は、杯の酒を見つめながら俯いていた。


「……なあ、あんた。今の曲、どうだった?」


俺の声に気づき、客は顔を上げた。


その顔を見て、俺は驚く。


客は、涙を流していたのだった。


「……詩人さん。今の曲……とても……良かったですよ」


俺はその言葉に、高揚した。


そして、大きな声を出してしまう。


「そうか! そうかい! どこが良かった? 聞かせてくれ」


客は俺の声に驚きながらも、言った。


「……最後の……心に従うべきだ、というところが……」


客が言葉を続けようとした時。


店主が、慌てた様子で俺たちの間に割り込んだ。


「……ダンさん。どうやら、酔ってしまわれたようですね。そろそろご自宅に帰られては」


そう店主に言われて、客はみるみるうちに顔色を変えた。


そして、そそくさと椅子から立ち上がる。


「……あ、ああ。そ、そうですね」


「では、私はこれで」


客の背中を見送りながら、俺はカウンターに戻ろうとする店主に声を掛けた。


「……おいっ。なんで止めるんだよ。感想聞いてたところだったのに」


店主は振り返り、俺を見る。


そして、首を巡らせて辺りを見遣ると、俺の腕を引っ張った。


「……旅の方。お静かに……こちらへ」


「ちょっ……おいっ」


俺はなすがまま、カウンターの奥にある厨房と思しき場所へ連れて行かれた。


店主は小声で俺に囁く。


「……さっきの唄は、まずいです」


俺は咄嗟に聞き返した。


「まずいって、何がだ。何も悪いことは言ってないだろ」


店主はさらに声を落とし、言った。


「最後の一節が、良くない。心に従う、という部分が……」


俺にはまったく意味が分からず、再度聞き返す。


「店主。あんたの言ってる意味が分からないよ。一体、何がまずいってんだ」


店主は俺の肩を掴み、しっかりと目を見て言った。


「この国は、品位を何よりも重んじます」


「そして……同時に、閉鎖的でもあるんです」


「……心に従って何か言おうものなら、すぐに秘密警察に連行されます」


「……秘密警察って……」


俺は、店主の言葉に固唾を飲んだ。


店主は、なおも続ける。


「この国には、言論の自由など……存在しないのです」


「言わないこと……これが、この国の正しさなのです」


(……そんな……)


人から言葉を奪って、どうしようと言うのだ。


それではただの、木偶の坊ではないか。


そんな国が、あっていいわけがない。


俺は無意識に、拳を強く握りしめていた。


困惑の表情を浮かべる俺に、店主は言った。


「裏口から、今すぐに出て下さい。そして、明日の早い時間に、この街を出るのです」


「……この国からも、です」


そう言って、店主は裏口の扉を開け、俺を押し出した。


俺は振り返り、慌てて店主に言う。


「……あっ、おい。食事の代金、まだ払ってないぞ」


店主は扉を閉めながら、そっと言った。


「……お代は、結構です。いい唄、聞かせてもらいましたから」


俺はしばらく、裏口の扉の前で呆然と佇んでいた。




* * *


翌朝。


店主に言われた通り、朝早い時間に宿を出立した。


歩いていると、酒場の店主が向こうから歩いて来るのに気がついた。


俺は右手を上げ、声を掛けようとした。


けれど店主は俺から目を逸らし、まるで他人の振りをして、俺の横を通り過ぎた。


俺は、行き場のない右手を、しばらく下げることができなかった。




しばらく歩くと、街道に出た。ここをまっすぐ数日歩けば、次の女帝国に着くだろう。


俺は振り返り、街を見遣る。


品位とは、国から押しつけられるものではないように思う。


何も言えないあの街の人たちは、何を思っているのだろうか。


昼間の酒場で、肩を寄せ合い、何を話し合っていたのだろうか。


俺には、見当もつかなかった。


でも。


いつかあの国の人たちが、自分の言葉を取り戻せることを、願うだけだった。


お読み頂き、心から感謝しております。


仕事をしながら、創作活動に日々励んでおります。


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