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タロット大陸吟遊録  作者: にん


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#2-1:女教皇国



「……ふぅ……着いたか」


魔術師国の王宮を出て、数日。


俺は次の国である、女教皇国の国境付近の街に辿り着いた。


街の門には、この国でも同じように門番が目を光らせていた。


俺はその門番に近づき、声を掛ける。


「よう。街を見たいんだ。入れてくれないか」


門番は俺を一瞥し、一瞬、眉間に皺を寄せた。


それを、俺は見逃さなかった。


けれど門番はすぐさま、貼りつけたような微笑を浮かべて言う。


「この街に、何の御用でございますか?」


(……ございますかって)


嫌に丁寧な物言いに、気味の悪さを覚えながらも、俺はリュートを掲げて言った。


「俺は吟遊詩人だ。大陸全土を、唄いながら旅してるんだ」


「この街でも、唄わせてくれ」


門番はリュートに目をくれ、すぐに視線を俺へ戻した。


そして、柔らかい声色で言う。


「当国に、唄は必要ありません」


(……まさか、ここでもか?)


魔術師国で『唄うな』と言った参謀の顔が、嫌でも脳裏に浮かんだ。


「……唄が必要ないって、そんな訳ないだろ」


門番は、それでも微笑を絶やさずに言う。


「必要ないのです。ですので、長居はなさらず、通り抜けられることをお勧めいたします」


そう言って後ろを振り返り、門を開けるように他の門番へ伝える。


「お通り頂いて結構です。ですが、混乱を招く行為はお止め下さい」


俺は唄の必要性を訴えかけようとした。


けれど門番は、もう俺のことなど見てもいなかった。


俺は渋々、門を通り、街に入ることにした。




(……なんか、この街、変じゃないか?)


歩きながら建物を見渡していると、妙な違和感を覚えた。


屋根の色は、美しい水色で統一されている。

道端の石畳にも綻びはなく、端から端まで綺麗に整えられていた。

そして、すべての建物が左右対称に立ち並んでいる。


違和感の正体は、整い過ぎていることかもしれなかった。


愚者国も魔術師国も、街は汚くはない。

けれど、どこか雑多な雰囲気があった。


しかし、この街にはそれがない。


まるで汚すことも、好きな建物を建てることも、悪とされているかのような薄気味悪さがあった。


しばらく街を散策し、噴水のある広場に辿り着いた。


ここもまた、塵一つ落ちていないかのように美しかった。


行き交う人々は、皆、忙しなく足早に通り過ぎていく。

まるで、何かに追い立てられているかのように。


俺は噴水の傍まで来たところで、掲示板に何か貼られているのを見つけた。


そこには、こう書かれていた。


『魔術師国、女教皇国の傘下に』


『魔術師国を私利私欲で混乱させていた国王及び参謀は、処刑』


俺は、その紙に書かれた文字を凝視し、固まった。


(……参謀は、処刑……)


あの参謀は、高官たちに反旗を翻されたのだろうか。


そしてあの高官たちは、国王と参謀を売ったのだろうか。


真相は、俺には逆立ちしても分からない。


参謀は、確かに嫌な奴だった。


俺に向ける視線は、虫けらを見るような冷たいものだった。


知略に頼り過ぎ、人を駒のように考えたのかもしれない。


しかし、それは処刑されるほど、重たい罪だったのだろうか。


(……戦争って、なんなんだ)


俺は拳を握りしめた。

そして空を見上げ、大きく息を吸う。


あの参謀へ餞の唄を唄うため、リュートを構えた。


一節鳴らし終わらないうちに、衛兵が俺に向かって駆けてきた。


そして、慌てたように言う。


「旅の方。手をお止め下さい」


俺は、あからさまに苛立ちを覚えた。


「なんで止めるんだよ。興が削がれるだろ」


衛兵は、俺が弦から指を離したのを見て、あの門番と同じような微笑を携えた。


「広場での興は、禁止されております」


「……なんでだよ」


「この国は、品位を重んじるからです」


俺は大きくため息を吐き、衛兵に言った。


「詩人の唄は、品位を落とすって言うのかよ」


衛兵は眉一つ動かさず、言う。


「そこまでは、申し上げておりません。あくまでも広場では禁止、ということです」


愚者国も魔術師国も、広場はいつ通っても活気と熱気に溢れていた。


しかしこの国は、広場での興まで禁止だという。


俺は衛兵に言った。


「じゃあ、人はどこで唄を聞くんだよ」


「この国での興は、酒場でのみ許可されております。時間は夜の一時間のみです」


そして、東の方角を指差しながら続ける。


「酒場は、ここより東にございます。どうぞ、そちらで、夜に」


俺はため息を吐きながら、「わかったよ」と言い、衛兵の元を離れた。


(……夜までやることねえな)


広場での唄は禁止。

酒場では、夜の一時間しか唄えない。


俺は一気に、手持無沙汰になった。


(……先に、飯だけ食わせてもらおうかな)


今日は、まだ飯にありつけていない。

先に空腹を満たすことにして、俺は衛兵が指差した方角へ、足早に向かった。




(……ここか)


酒場の看板が掲げてある建物を見つけ、俺は扉をそっと開いた。


開店前なのだろう。

酒場には灯りがついておらず、薄暗かった。


しかし、よく見ると、店の奥のテーブルに男女数人が肩を寄せ合い、何かを話し合っている様子だった。


俺は近づきながら、声を掛ける。


「ちょっといいかい?」


俺の声に、そのテーブルにいた人たちは皆、驚いたように肩を揺らした。


そして、目を見開いて俺を見る。


(……え?)


その目の奥に、怯えが潜んでいるのが分かった。


しかし次の瞬間、俺の姿を見て、ほっとしたように肩を落とす。


(……誰と勘違いしたんだ?)


一人の男が椅子から立ち上がり、俺に向かって言った。


「……旅の方、ですか?」


「ああ、そうなんだ。夜、ここで唄わせてもらえないかな、って。……それと、先に飯を食わせてくれないか」


男は、酒場の店主のようだった。


俺に近づきながら、あの門番や衛兵と同じような笑みを浮かべる。


「ええ。夜、唄って頂くのは構いません。食事は、生憎切らしておりまして。開店時間には、ご用意させていただきます」


(……飯、ないのか)


俺は頭を掻きながら、言った。


「……そっか。なら、夜までここで時間を潰させてはもらえないか。暇してるんだ」


店主は笑みを絶やさず、俺に頭を下げた。


「申し訳ありません、旅の方。ただいま立て込んでおりまして。夜にまたお越し頂けませんでしょうか」


(……居座るのもだめ、か)


「……そうか。なら仕方ないな。邪魔したな」


俺は、テーブルに座る人たちを一瞬見遣る。


先ほどは怯えた色を浮かべていたのに、今は店主と同じような笑みを浮かべ、俺を見ていた。


「いえいえ。では、夜お待ちしておりますね」


俺は大人しく店を出て、今来た道を戻った。


門番。

街並み。

衛兵。

酒場の人たち。


言いようのない気持ち悪さが、胸にじわじわと広がっていくのを感じていた。


お読み頂き、心から感謝しております。


仕事をしながら、創作活動に日々励んでおります。


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