【6】授業中に少女漫画が始まっています。〜担任、空を飛ぶ〜
翌朝。
ホームルームで出欠を取る速水先生は――
安定の動揺ぶりだった。
「あやっあやっあやっ綾小路ーィ……ッ……莉緒さんッ!!」
莉緒が「はい」と返事をし、静かに手を上げる。
隣の席で紬が笑いを堪え、下を向いてボソボソと呟く。
「『あやっ』て今日は言葉が跳ねてるわ……」
「つか……、綾小路ーィって伸びてる……」
莉緒がしーっと口元に人差し指を立てると、紬はちょっと肩を竦めて見せた。
だが、事件は国語の時間に起こった。
今日の題材は『アイスプラネット』。
しかし莉緒は、『アイスプラネット』よりも、葉桜になった桜が気になった。
桜ノ葉学院の名前の通り、莉緒の学校は、学校をぐるっと囲むように桜が植えられている。
春に咲き誇る桜は、美しいとしか言いようがない。
(でも、緑になった途端、忘れられるんだよなあ……。
桜が儚いのはそのせいかなあ……)
莉緒は想像力が豊かなので、考え出すと止まらない。
しかも模試では全国上位常連。
学校では常にトップの成績。
だから、自分の"考えごと"に浸っていても、授業に支障は無いので、授業中もつらつらと色んな考えが湧いてくる。
その時、紬が「莉緒の番だよ!」と言った。
莉緒は窓を見たまま、立ち上がった。
そして、言った。
「桜の下に死体じゃなくて孤独というところが好きです」
しん、と静まり返る教室。
紬が慌てて莉緒の制服の袖を引っ張る。
莉緒の腰まである黒髪が、さらりと揺れる。
その時、速水先生がやさしく言った。
「それは坂口安吾だね?
『桜の森の満開の下』……綾小路さんはあの山賊に同情するの?」
莉緒は窓を見て答える。
「いいえ。
彼は桜の花びらになりました」
「そうだね」
速水先生は、莉緒に向かって再びやさしくそう言うと、「じゃあ次、金子さん」と言って授業を続けた。
昼休み。
紬はお弁当を食べながら「ヤバいヤバいヤバい」を繰り返していた。
莉緒が不思議な顔になる。
「紬……今日のお弁当、そんなに美味しいの?」
「違いますッ!」
キッと莉緒を睨んだかと思うと、両手で頬を包み、ウットリする紬。
「国語の授業だよ……!
もう、はやみんと莉緒の二人の世界じゃん!
みんなも、少女漫画みたーいって言ってるよ!
尊い☆
あ! 見開き2ページね!
まあ何を会話してたか、全然分かんないけど!
莉緒は突然、空想少女になるからさ〜。
でも!!
私も、はやみんはイケメンだったと思い出した!
はやみんは、お猿さんじゃない!」
莉緒が、ふふっと笑う。
「そうだよ!
先生はお猿さんじゃないよ!」
そして、莉緒は瞳を見開くと言った。
「あ!
そうだ!
紬……私、やっぱり速水先生は怪我をしてると思うんだよね!!」
紬もウンウンと頷く。
「はやみん、今日はピョンピョンしてなかったけど……やっぱり!?」
莉緒が真剣な眼差しになる。
「きっと、先生は陸上部の顧問だから、誰にも言えないんだよ。
だから、今日の放課後、陸上部に行って先生を観察しようと思うの!」
紬がガシッと莉緒の両手を掴む。
「付き合う!
でもさ〜、はやみんが隠してるなら……。
もし、はやみんが怪我をしてるって分かっても、誰にも言えなくない?」
莉緒がうーんと考えると、パッと瞳を見開いた。
「でも……あんなに飛び跳ねるほど痛みがあるなら……。
『無理しないで下さい』とか、お手紙書くとか……どうかな!?
名前は書かなくても、生徒だと分かってくれるんじゃない?」
紬が莉緒の両手から手を離すと、机に突っ伏す。
「うわ〜……それ、マジ良いよ……!!
はやみん、感動して、無理は止めるかも!」
莉緒は、紬の生まれつき茶色がかったサラサラのショートボブを見ながら、「そうだよね!」と力強く答えた。
そうして、帰りのホームルーム。
速水先生は、落ち着いていた。
というか、普通に『先生』をしていた。
莉緒と紬は「ごきげんよう、さようなら」と言いながら、いつも通り教室を出て……
中等部の陸上部のグラウンドが見える、図書館へと移動した。
そうして30分もすると――
陸上部の部員たちが集まって来て、ストレッチなどをし出した。
莉緒がみんな元気だなあと感心していると、紬が「あっ!」と小さく言った。
「莉緒! はやみん、右から登場!」
莉緒が右側に目をやると、真っ白なジャージを着た速水先生が現れた。
(教室で見る先生とは全然違う……)
莉緒がそう思っていると、紬がまた小さく「あっ!」と言った。
速水先生が、部員たちと一緒にストレッチを始めたのだ。
紬が速水先生の一挙手一投足を観察しながら、「あれは右足を庇いながらのストレッチ……? いや、左足か……?」とブツブツ言っている。
小学生の頃から体育を免除されている莉緒には、違いは分からない。
それでも、じーっと速水先生の動きを観察していると――
速水先生と目が合ってしまった。
速水先生は莉緒と目が合うと、直ぐにメガホンを手に取った。
そして「勉強してるんですかー!?」と叫んだ。
陸上部員も、図書館の窓際にいた生徒たちも、全員固まっている。
莉緒は先生に分かるように、ブンブンと首を左右に大きく振った。
すると、またも響き渡る速水先生の声。
「それならグラウンドに見学に来てみて下さーい!
面白いものを見せますよー!」
紬がはしゃいで、莉緒の手を引っ張る。
「面白いものだって! 行こう!」
莉緒は皆の視線を浴びて、真っ赤になりながら、図書館から出てグラウンドに向かった。
莉緒と紬が陸上部のグラウンドに現れると、速水先生がまたメガホンを使って言った。
「革靴で構いません!
こっちのマットまでどうぞー!」
莉緒は、その時、思った。
(先生……やっぱり足が痛いんだ……!
だから、こんなに近くでもメガホン使うんだ!)
今度は莉緒が紬を引っ張った。
(もしかしたら……先生が怪我をしているところが見られるかもしれない……!!)
その気持ちでいっぱいで。
だが、速水先生はマットの手前10メートルまで来た莉緒と紬に、またメガホンで言った。
「ストップ!
そこで見ていて下さーい!」
莉緒と紬が立ち止まる。
すると、速水先生は軽くグラウンドを走り、マットレスに向かって走って来た。
それは一瞬の出来事。
先生の手には、いつの間にか長い棒が握られており、先生はその棒で、飛んだ。
そう――
莉緒は、飛んだ、と思った。
見上げるバーの上を軽々と飛ぶ速水先生は、葉桜よりも高く、夕陽に向かって飛んだ、と。
莉緒の胸が感動でぎゅっと痛くなる。
まるで鷲掴みにされたように、痛い。
速水先生は、もうマットレスから立ち上がり、またメガホンを持つと言った。
「楽しかったですかー?」
莉緒は自然と拍手をしていた。
悲しくも無いのに、涙がポロポロと頬を伝う。
そうして――
莉緒はバタンとその場に倒れた。
ここまでお読み下さり、ありがとうございます!
この連載は、通常は火曜・金曜の20時の更新ですが、
只今、ゴールデンウィーク特別企画中です(^^)
詳しくは活動報告を読んで下さると、分かりやすいです。
次回も読んで下さると嬉しいです☆
Xはこちら→ https://x.com/himari61290
自作のキービジュアルやキャラクターカード貼ってます♪




