【4】担任、名前を呼ぶだけで限界です。〜マジシャンになったり、火山のマグマ色になったりしている件〜
菊乃が振り下ろすなぎなたを避けて飛んでいる内に、速水先生は門の外に出てしまい、次の瞬間、無情にも門は閉まった。
速水先生が帰って行くのを、モニター越しに見届ける菊乃。
しかし菊乃は、速水先生を追い払ったことに勝利を感じてはいなかった。
それよりも、油断出来ぬと肝に銘じていた。
(あの速水という担任……。
ポストに入れれば良いものを、本を置いて行かなかった……!)
そうして、自分の母親から受け継いだなぎなたを綺麗に整え直し、玄関脇に戻していると、莉緒の「あー気持ち良かった!」という声がした。
莉緒がリビングでほうじ茶の冷茶を飲んでいると、いつもと変わらぬ様子の菊乃が現れる。
「莉緒ちゃん、お風呂どうだった?」
その声は、戦闘を終えた後とは思えない程、やさしさに満ちている。
莉緒がにっこり笑って答える。
「今日の入浴剤、凄く良い香りだったね!
あと、お肌スベスベになる〜!」
菊乃がホホホと笑う。
「新作よ❤️
莉緒ちゃんが気に入ってくれて良かったわ。
じゃあ、髪を乾かしましょうか?」
莉緒が弾んだ声を上げる。
「いつもありがとう! お祖母ちゃん!」
そうして、莉緒が髪の毛を菊乃に乾かして貰っている間、リビングでは志穂が、帰宅した莉緒の父親、直哉に向かって、食事をしながら愚痴を零していた。
「お母さんが正論すぎるのはいつものことだけど……!
担任の先生になぎなたを振るう!?
なんで私が受け取っちゃ駄目なのよ!?」
ウンウンと頷きながら、食事をする直哉。
直哉は男だらけの三人兄弟の次男坊で、綾小路家に婿入りしたのだ。
志穂とは同じ財務省で出会った。
志穂と同じキャリア官僚でも、直哉は優秀なのにガツガツしたところはなく、性格も穏やかでやさしく、心が広い。
志穂は出会ってすぐに、直哉に恋に落ちた。
直哉が「この煮魚美味いなー」と、箸でつつきながら笑う。
食事は全て菊乃の手作りだ。
ゆるキャラのような笑顔に、志穂の心が癒されていく。
直哉は味噌汁を、それは美味しそうに飲むと言った。
「まあ、お義母さんはいつも通りだった訳だし。
でもなあ……その担任の速水先生も変わってるよな?」
志穂の箸が止まる。
「そうかしら?
正義感が強くて、若くても立派な先生だと評判よ?」
志穂が小首を傾げていると、直哉が「それはそうだけど」と言うと続けた。
「お義母さんがなぎなた持って現れて、置いて帰れって言ったのに……。
なんで、そんなに莉緒に直接渡したがるんだろう?
お義母さんに渡せば、自動的に莉緒に渡して貰えるし。
お義母さんは、まず、速水先生が前触れも無く現れたことに怒ったんでしょ?
無礼だって」
思わずウットリと直哉を見てしまう志穂。
(この常識的なやさしさ……!
直哉さん……本当に素敵!!)
志穂がにこりと微笑む。
「それもそうね。
今度からは、いらして貰う時は、前もって連絡をお願いしますって、莉緒に伝えさせるわ。
ごめんなさい。
仕事から帰って来て、お食事中に愚痴なんか言ったりして」
直哉もニコニコと笑う。
御当地キャラのような癒しを振りまきながら。
「志穂さんのお話なら、何でも聞きますよ〜」と。
そして、翌日。
速水先生は――
今日も挙動不審だった。
朝のホームルームで莉緒の出欠を取った時。
「あやあやあや綾小路……りりり莉緒さぁあ〜ん!!」と呼んだ。
クラスメイトたちは速水先生に釘付けだ。
そして、莉緒が普通に「はい」と答えて手を上げると、速水先生の手から落ちる、出席簿。
それを拾おうとして拾えなくて――
マジシャンの様に、出席簿をくるくると空中で回している速水先生。
クラスメイトはみんな、下を向いて笑いを堪えている。
莉緒だけは、ビー玉のように輝く黒い瞳を見開いて、速水先生を見つめていた。
(やっぱり……!
紬の言う通り、どこか怪我をして病気なのかも知れない……!
昨日はピョンって飛んでたし……足を庇ってるのかな?
絶対に調べなくちゃ!)
そして、速水先生と莉緒の目が合う。
すると――
速水先生は一瞬で茹でダコを通り越し、火山のマグマの様に真っ赤になった。
そして、その一部始終は、もちろん『紬砲』で学年中に知れ渡っていた。
昼休み。
お弁当を食べながら、紬が可憐な顔を崩してニヤニヤ笑う。
「いやー……まさか、はやみんがこんなにネタになるとはねー!!」
莉緒が真剣な顔で言う。
「紬!
先生は絶対に病気だよ。
"ネタ"なんて失礼だよ。
きっと、足を怪我して庇ってると思うな!」
「うんうん!
その可能性は大!
でもさあ、あんな、はやみん見たことないってみんな言ってるよ?
しかも、あんなに真っ赤になった人間、生まれて初めて見たし!」
莉緒が深く頷く。
「きっと……ホームルームの時から……ううん! 学校に来る前から相当痛かったんだよ!
だから私の名前を呼ぶのも、精一杯で……。
出席簿も落として、拾えなくて……。
痛みに耐えかねて、顔が赤くなったんじゃないかな!?」
紬がうーんと腕を組む。
「じゃあ……昨日、帰りに莉緒に直角にお辞儀してたのも、どっか庇ってるとか?
部活覗きに行こうかな♪
何か分かるかも!
……あ! でも!!」
「なに?」と莉緒が訊くと、紬が深刻な声を出した。
「昨日の夜、莉緒のお祖母ちゃんと、莉緒んちの庭でバトルしてたのは何なんだろ……?」
一方、職員室では。
速水先生が自分の机につくと、隣の菱田先生が小声で言った。
菱田先生は速水先生より三歳年上の29歳だ。
「速水先生……大丈夫ですか?」
速水先生がキョトンとして答えながら、椅子に座る。
「何がですか?」
「いや……どこか身体の具合でも悪いのかな、と思いまして。
生徒達の噂話を小耳に挟んだものですから。
無駄な心配だったらすみません」
速水先生が爽やかな笑顔になる。
「僕は健康ですよ!
こちらこそ心配ありがとうございます。
この年頃の子って、噂話が好きですもんね〜!」
すると、菱田先生が更に小声になる。
「ですが……。
生徒達は相当笑っ……いえいえ……! 心配していますよ。
先生が足を怪我しているのでは、ないのかと!」
速水先生が首を捻る。
「足……ですか?」
菱田先生が頷き、小声から囁き声になる。
「先生……昨日の朝と帰りのホームルームで、後ろ向きにピョンピョン飛んだんですよね……?
痛みの発作とか?」
その瞬間――
速水先生はガバッと立ち上がった。
そして、その顔は、火山のマグマ色になっていた。
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