【18】はやみん進化論、ついに野球編へ突入です。〜完璧美少女は応援を決意し、数学教師は逃げられない〜
そして、綾小路家で必勝祈願が着々と進む一方――
桜ノ葉学院の会議室でも、もう一つの草野球対策が動き始めていた。
速水先生と菱田先生。
そして、体育の森谷先生が揃っている。
もちろん、セッティングしたのは菱田先生だ。
森谷先生が重々しく口を開く。
「……成る程。
速水先生はゴールデンウイークの草野球で、ピッチャーと四番打者をやりたいんですね?
それならそうと最初に言ってくださいよ〜!」
「申し訳ありません!」
速水先生が深々と頭を下げる。
すると、森谷先生がニカッと笑った。
「まあ、お遊びのお祭り騒ぎなら、良いんじゃないですか?
ゴールデンウイークと言っても、教師は全員休めるわけじゃないし!」
その刹那――
速水先生が、すっくと立ち上がった。
「お遊びでもお祭り騒ぎでもありません!
僕は本気です!」
(立った!!)
菱田先生がそう思うと同時に、速水先生の声に被さるように、素早く口を開く。
「そ、そうですよね〜!
やはり、息抜きって大切ですから!
その後の仕事のパフォーマンスに影響しますし!」
ウンウンと頷く森谷先生。
その隙に、菱田先生が速水先生の腕を掴み、何とか座らせる。
(頼むから黙ってて下さい……!!)と祈りつつ。
森谷先生は気にする様子もなく、言った。
「じゃあ今日から始めましょうか!
まずはピッチングですね!
放課後、グラウンドに集合ということで!
バッティングは明日からバッティングセンターで!
じゃあ今後の練習のために、私達三人でメッセージグループを作っておきましょう!」
菱田先生が僅かに声を震わせながら言う。
「ぼ、僕もですか……!?
お二人で良いのでは?」
森谷先生が再びニカッと笑う。
「いえいえ!
速水先生から聞きましたよ!
菱田先生、小中と、野球部で活躍なさってたんですよね?
是非、ご一緒に!」
菱田先生が一気に絶望的な顔になる。
(速水先生……!!
森谷先生を引きずり込みたいからって、
興奮して無意識に話を盛りましたね……!?
俺は部活必須だったから、中学の時は野球部にいただけです!
何なら三年間補欠でしたよ……!!)
しかし、そんな菱田先生に全く気づくことなく、速水先生も爽やかな笑顔で菱田先生に向かって言った。
「菱田先生!
よろしくお願いします!」
ここまで来て断れる人間がいるだろうか――
そうして、メッセージグループ『チーム・桜ノ葉』が完成し、こうして――
速水先生が選手、森谷先生が指導役、そして菱田先生がなぜか巻き込まれ役の、三人の草野球対策が始まった。
そして、その日の放課後。
そんなことなど何も知らない莉緒は、紬と一緒に校門に向かって歩いていた。
今日も、いつもと変わらない放課後。
莉緒が紬と話しながら歩いていると――
突然。
隣を歩いていた紬が、ピタリと足を止めた。
「……うわっ」
莉緒も立ち止まり、紬を見る。
「紬? どうしたの?」
返事がない。
紬は、ある一点を凝視していた。
その瞳が――
徐々に、爛々と輝き始める。
「……莉緒」
「なに?」
「やっぱり……」
紬が呟く。
そして次の瞬間、叫ぶ。
「やっぱり私の読みは当たった!!
はやみんがまた進化した……!!」
「え?」
莉緒が黒曜石のような黒い瞳を瞬かせる。
だが、紬はもう止まらない。
「違う……!
ただの進化じゃない……!」
「違うの?」
小首を傾げる莉緒に、紬が震える指を上げる。
そして、前方を指さして、言った。
「枝分かれした!!」
「……枝分かれ?」
益々、不思議そうな表情になる莉緒。
「莉緒、見て!!」
莉緒が、紬の指さす方向へゆっくりと視線を向ける。
そこは――
グラウンド。
野球部員たちが練習をしている。
その中に。
見慣れた長身の男性が一人。
マウンドに立ち、大きく振りかぶる。
そして――
投げた。
莉緒が瞳を見開く。
紬が確信に満ちた声で言った。
「陸上から――野球に枝分かれした……!
新たなるはやみんの進化だよ!!」
そう、速水先生が野球部員に混ざって、ピッチングの練習をしていたのだった。
紬はその後、物凄い早口で言った。
「私はスマホで観察記録して帰るね!夜に報告する!」
そして、野球部のグラウンドに向かって走って行く。
莉緒は帰宅し、菊乃の手料理を美味しく食べて、お風呂に入り、宿題も終わらせると、スマホで動画を見ていた。
それは、速水先生が棒高跳びをした動画。
(先生……野球を始めるのかな?
その前に先生のハードル走を見たかったなあ……)
そう思うと、胸がチクリと痛い。
無意識にBGMの『カッコよくてスマン☆』を口ずさむ。
「カッコよくてスマン☆
魅せちゃってる俺、スマン☆
君の瞳一人占め、スマン☆……」
でも、と莉緒は思い直す。
(速水先生は運動神経が良いから、他の部活動でも先生を放っておかないんだよ……!
ハードル走が見たいのは、私だけの希望だもん……。
先生がどんな部活をしても、生徒として応援しなきゃ……!)
その時――
スマホに紬からのメッセージが次々と現れた。
『はやみん、モリヤンにめっちゃしごかれてた!!』
モリヤンとは森谷先生のあだ名だ。
『何で野球部顧問が目の前にいるのに、モリヤンに指導受けるの!?』
『なんか、グラウンドの片隅で補習受けてるみたいで笑うんだけど!』
『つか、はやみんはやっぱ運動神経いいなー!!
コツを掴むの早いよ!!
野生に返ったのか……?』
『ていうかさあ……何でヒッシーまでいるんだろ???お前は数学だろ!
モリヤンの横にずっと立ってたんだよ!?』
『あー!無念!ここで下校時間!
おやすみ〜!また明日ね!』
そして、送られて来た動画は――
夕焼けの中、速水先生がジャージ姿で、投球練習をする姿。
そのフォームは、野球を良く知らない莉緒にも、鮮やかに見えた。
莉緒は小さく微笑むと、『カッコよくてスマン☆』の続きを口にする。
「ネッ☆素敵過ぎてスマン☆
ネッ☆尊くてスマン☆
ヨッ☆君だけを見てる、僕の視線、熱くてスマン☆」
そして、思った。
(先生、野球も美しいフォームですね……!
応援しています!)と。
その日、一番酷い目に遭ったのは、間違いなく菱田先生だ。
菱田先生は自宅に帰り、最後の気力を振り絞ってシャワーを浴び、ベッドに倒れ込んだ。
グラウンドで見守るのは、まだ仕方ないと思える。
しかし、今日はピッチングの練習だけだと思っていた菱田先生は、本当の恐怖を分かっていなかったのだ――
練習後の職員室。
森谷先生が速水先生のデスクにやって来て、嬉しそうに言った。
「流石、速水先生!
運動神経良いですね〜!
ピッチング、素晴らしかったですよ!」
速水先生が爽やかな笑顔で応えて、頭を下げる。
「ありがとうございます!」
森谷先生は「いやいや、頭を上げてくださいよ〜!」とウキウキしながら続けた。
「それで、これからバッティングセンターに行きませんか?
お時間あれば!」
速水先生もニッコニコで答える。
「はい!行きましょう!
もう少し身体を動かしたいなーって思っていたんです!」
「私もです!」
そう森谷先生が言って、二人が笑う。
菱田先生は真っ青になって二人を見つめてしまった。
その一瞬が命取りになるとも知らずに。
(嘘だろう……!?
まだ運動するの……!?
今日はピッチングだけって言ってたじゃないですか……!!
俺はグラウンドに立ってただけでも疲れてるのに!!
この体力オバケ達め……!!
まあ、バッティングセンターでもどこでも、好きなところに行って下さいよ……)
そして、菱田先生が鞄を持って二人に「失礼します」と言いかけた時、森谷先生が言った。
「菱田先生!
まず腹ごしらえしませんか?
それからバッティングセンター!」
(俺もメンバーに入ってるーーー!!)
菱田先生の心が悲鳴を上げる。
速水先生はエア素振りをしながら、爽やかな笑顔で言った。
「良いですね!
森谷先生のお好きなお店で!」
森谷先生がウキウキしながら答える。
「美味しい中華屋があるんですよ!
じゃあ……事務仕事が少し残ってるので、30分後にまた来ます!」
「はい!」
速水先生はまた爽やかに答えると、自分の机に着いた。
そして、突っ立ったままの菱田先生を見上げて言った。
「菱田先生!
バッティングセンターでは、最初に先生から打って見せて下さい!」
そして、運動神経抜群の二人の前で、数学教師の菱田先生が最初にバットを振るうことになったのだ――
菱田先生はボテボテの当たり。
そして、初めてバッティングセンターに来たという速水先生は、一発目からホームラン。
菱田先生は心底思った。
(俺、いらなくない!?)
だが、そんな悲鳴は誰にも届かず、明日からも練習は続くのだった――
ここまでお読み下さり、ありがとうございます(^^)
この連載は火曜・金曜の20時の更新です。
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