【14】先生と私だけが知っている、裏庭の春。〜そのミルクティーはたぶん、恋より甘い〜
莉緒が、教室で待つこと15分。
莉緒が小説を読んでいると、「莉緒……!! 大変だよ!!」という声と共に教室に入って来る紬。
莉緒が顔を上げると、紬は大きな高性能カメラが入っているバッグを肩から下げ、金色の髪の毛が見えている紙袋を持っていた。
莉緒はキョトンとしてしまった。
(……大変なのは、紬じゃないかな???)
だが、紬は机にカメラバッグと紙袋を置くと、ペットボトルのミネラルウォーターをごくごくと飲み、ハーッと息を吐いて言った。
「はやみん……教頭先生とヒッシーと三人で、なんか実験始めたらしい……!
部活より優先してるんだよ!?」
そして、ずいっとスマホの画面を見せる紬。
そこには、手前に速水先生がドアを閉めようとしている瞬間と、教頭先生と菱田先生が応接セットに座っている場面が写っていた。
しかも――
教頭先生と菱田先生の前には、小さな紙コップが6個ズラッと並んでいる。
莉緒は、ピンと来た。
「もしかして……このコップの中身は、速水先生の怪我か花粉症に効くお薬じゃないかな!?
例えば、教頭先生が勧めた漢方薬とか……!」
紬が再び画面に視線を落とす。
「じゃあ、何でヒッシーもいるの?」
莉緒が瞳をキラキラと輝かせて答える。
「菱田先生も花粉症なんだよ!」
紬が机に突っ伏す。
「あーーー!!
なるほど! だから、はやみん真剣だったんだ……!!」
莉緒が確信に満ちた顔で頷く。
「きっと、教頭先生も花粉症じゃないのかな?
だから、重度の花粉症に効く漢方薬を勧めてた!
でも、アレルギーって個人差があるでしょう?
それで、6種類試してたんじゃない!?」
紬が机から顔を上げると、ウンウンと頷く。
「なーるなる!
あと、漢方薬って匂うもんね!
だから、教頭室でやってたのかー!」
すると、莉緒が紙袋に目をやった。
「これ、何?」
紬がニッと笑う。
「莉緒の変装道具〜♪」
そうして、紬が楽しそうに金髪縦ロールのカツラを取り出す。
「莉緒、髪の毛長いからさ!
これしか合うカツラが無かったんだよね!」
エヘンと胸を張る紬に、莉緒が不思議そうに言った。
「……紬……私、カツラなんて被れないよ?
頭痛がしちゃうもん」
紬がサーッと青ざめた。
結局、今日は速水先生の部活の観察は中止になった。
紬は校門まで来ると、胸の前で握りこぶしを作って言った。
「莉緒の負担にならない変装道具を仕入れてくるからね!」
そう宣言すると、風の様に校門から去って行く紬。
莉緒は校門からくるりと方向転換すると、学校に戻った。
陸上部のグラウンドを、邪魔にならないように、そっと木陰から隠れて見る。
桜はもう完全に緑の葉になっていた。
速水先生はストレッチをしたり、グラウンドを周回したりと、陸上部部員たちと目まぐるしく運動している。
そうして、部員たちとハードルを並べ出した。
莉緒の胸がドキドキと鳴る。
(速水先生……ハードル走するのかな?)
すると――
ハードルを並べ終えた速水先生が、莉緒に向かって一直線に走って来た。
莉緒が目を丸くしていると、速水先生はやさしく言った。
「今日は、藤宮さんとバードウォッチングをするんじゃないんですか?」
「いいえ」
莉緒はそう答えると、鞄から、ハンカチが入ったギフト用の小さな袋を取り出した。
「速水先生、ハンカチ、ありがとうございました」
速水先生が袋に手を伸ばす。
莉緒が、恥ずかしそうに告げる。
「生まれて初めて、手洗いしたし、アイロンも初めて掛けたので……曲がっていたらすみません」
莉緒の真っ白な頬が薔薇色に染まる。
木陰にいても、はっきり分かる程に――
速水先生は直角にお辞儀をして、袋を受け取った。
そして、直角の姿勢のまま、言った。
「綾小路さん。
明日の放課後、裏庭のベンチに来てくれませんか?」
莉緒がにっこり微笑む。
「はい!
では、ごきげんよう」
速水先生が顔を上げ、莉緒の美しい微笑みに向かってやさしく言った。
「ごきげんよう、綾小路さん」
そうして、先生はグラウンドに向かって駆けて行く。
莉緒が校門に向かう。
そして、速水先生の顔は――
火山のマグマ色になっていた。
翌朝。
莉緒は弾んだ気分で登校した。
(放課後……もしかしたら、ハードル走の動画を見せて貰えるのかも知れない!
速水先生は、紬がバードウォッチングをしてると思ってるから、きっと紬に動画撮影を頼めなくて、自分でするのかも!)
そして、教室に入ると、紙袋を覗いてニヤニヤしている紬がいた。
「おはよう! 紬。
ご機嫌だね!」
莉緒がそう言って、紬の隣の席に座ると、紬が顔を上げてニヤリと笑った。
「昨日の帰り……見つけちゃったんだよね!!
莉緒の変装道具!
もう、完璧!
だから、私のぶんも買っちゃった〜♪」
莉緒がにこりと微笑む。
「わざわざ買ってくれたの?
私のぶんの料金払うよ!」
紬が人差し指を左右に振る。
「良いって!
100円ショップで見つけたヤツだし!
これからも、使えるから!」
莉緒がふふっと笑う。
「じゃあお礼に、紬が大好きなお祖母ちゃんの水羊羹作って貰うね!」
「やったー!!」
紬がそう言った時、速水先生が教室に入って来た。
速水先生は至って普通だった。
だが、昼休み、紬は言った。
「今日のはやみん……何かおかしい!」と。
莉緒が首を傾げる。
「どこが?」
紬の瞳がギラリと光る。
「今日の授業の時……チョークを強く握りすぎて二回くらい折りそうになってたし!
黒板の文字も、はやみんらしくなかった……!
はやみんって字が綺麗じゃん?
でも、力んで、平仮名が角張ってたんだよね……!」
「……そうかなあ?」
莉緒が益々首を傾げると、紬はキッパリ言った。
「私はさ、退化して進化して人間になったはやみんの過程を見てるから……!」
莉緒は紬の観察力の凄さに改めて驚くと共に――
(速水先生……動画の編集、上手く行かなかったのかなあ……?)と少し心配になった。
放課後になり、莉緒は紬に観察場所を教えて貰うと――そこは以前、速水先生を観察した図書室だったが――
「ちょっと用事があるから、後から行くね!」と紬に言って、渡り廊下から裏庭に向かった。
裏庭はとても静かで、学校の中とは思えない。
すると――
八重桜の木を見つけた。
背伸びをして、そっと、花に手を伸ばす。
誰にも知られずに咲く、満開の八重桜は、もう散り初めている。
莉緒がその下で八重桜を見上げていると――
ドスッという音がした。
莉緒が振り返ると、速水先生が立っていた。
速水先生が慌てて、落としたらしい、小さな水筒を拾う。
そして、消毒用のウエットティッシュで満遍なく水筒を拭くと、言った。
「新しいアールグレイのミルクティーです。
飲んで貰えませんか?」
莉緒がにこりと微笑む。
「喜んで頂きます!」
「じゃ……じゃあ、ベンチへどうぞ……」
しどろもどろになっている速水先生が可笑しくて、莉緒は小さく笑い、ベンチにひらりと座る。
速水先生は紙袋から、マグカップを二つ出すと、アールグレイのミルクティーを注いだ。
莉緒は嬉しかった。
速水先生は、最初から一緒に飲んでくれるつもりだったのだと。
そして、速水先生は立ったまま、莉緒はベンチに座り、アールグレイのミルクティーを飲む。
莉緒は一口飲んで「あ!」と言った。
「先生! アールグレイのミルクティー……!
前のと茶葉が変わりましたか?
今回も、とても美味しいです!」
速水先生がやさしく微笑む。
「いいえ。
茶葉とミルクの分量も変えたんです」
莉緒が嬉しそうにまた一口飲む。
先生もアールグレイのミルクティーを一口飲むと、小さく言った。
「……八重桜が、あそこにあるなんて知りませんでした……」
莉緒が速水先生に向かって、にっこり笑う。
「私もです。
きっと、この学校で知ってるのは、速水先生と私ぐらいですね!」
速水先生は一瞬目を見開くと、またやさしく微笑んだ。
莉緒と速水先生は、何も語らず、ゆっくりとアールグレイのミルクティーを飲む。
散りゆく八重桜を見ながら。
その美しい光景の裏で――
速水先生が菊乃の抹茶オレの完璧な味に衝撃を受け、莉緒の味覚に合うように、アールグレイの茶葉とミルクの量を、教頭先生と菱田先生を巻き込んで、地獄の実験をした末に完成したアールグレイのミルクティーであることを、莉緒は知らない。
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