【13】担任の本気、今度は教頭室で進行しています。〜禁断の扉の向こうを狙う生徒は侮れない〜
翌朝。
菱田先生が職員室の自分の机に着くと、先に席に着いていた速水先生が、菱田先生をジロッと見て言った。
「……おはようございます……」
菱田先生が一歩後ずさる。
(テンション低っ……!!
いつもなら、初夏の太陽みたいな爽やかな笑顔で『おはようございます!』って言ってくれるのに……!!)
それでも、菱田先生はいつも通り、「おはようございます!」と返して、椅子に座った。
すると、スッと菱田先生の机に置かれる、二枚に折られた紙。
「え、えーと……これは……?」
速水先生は、菱田先生を見ずに、前を見て低く言った。
「……招待状です……。
ご都合が合えば! ご無理なさらず!」
(なぜ……!?
突然武士みたいなんですか……!?
速水先生!!)
菱田先生の背中に悪寒が走った。
その頃、2年A組の教室では。
紬が、またパラパラ写真の様になっている速水先生を見て頭を捻っていた。
「……昨日のはやみん……部活で普通に先生してたんだよね……。
一気に人間に進化して、噂通りのはやみんに戻ったのか……?
あれは一時的な退化だったのか……?」
莉緒がクスクスと笑う。
「そんなに悩んでるから、昨日メッセージくれなかったの?
速水先生は元々人間だよ!
きっと足の怪我も、花粉症も良くなったんじゃないかな?」
紬がウンウンと頷く。
「まあ、足を怪我してて、花粉症も一気に悪くなったら、誰でもおかしくなるかあ……」
「そういうこと!」と、莉緒が微笑むと、速水先生が教室に入って来た。
「皆さん! おはようございます!」
爽やかな速水先生の笑顔。
莉緒の名前も普通に呼んでくれる。
莉緒は先生に、昨日先生が貸してくれたハンカチを――
生まれて初めて自分で手洗いして、初めてアイロンを掛けたハンカチを、どうやって返そうかな、と楽しい想像を膨らませていた。
昼休み。
教頭室には、ただならぬ雰囲気が漂っていた。
教頭室にいるのは、教頭先生と菱田先生と――
速水先生だ。
教頭先生と、菱田先生の前には、小さな紙コップがラップを掛けられ、ずらりと6個並んでいる。
速水先生だけは立っていて、タブレットを手に持ち言う。
「まず、『0』のナンバーを飲んで下さい!
これが基本の味になります!」
そう、今朝、菱田先生が速水先生から受け取った二つ折りの紙には――
『お昼ご飯が終わったら、教頭室に来てくれませんか?
菱田先生に協力してもらいたいことがあります。
(※10分程度で終わります)』と書かれてあったのだ。
菱田先生は、一瞬、最近の速水先生の行動についての悩み相談かな?と思ったが、『10分で終わる』と書かれてあったので、もしかしたら、あのメガホンを本気で教頭先生に申請したくて、メガホン講座を速水先生から直接受けた自分に、口添えを頼みたいのかも知れないと思い、教頭室に向かった。
だが、菱田先生の想像を、遥かに超えた状況がそこにはあった。
教頭室の来客用のソファセットのデスクに、整然と並べられた6個の小さな紙コップ。
それには0〜5までナンバリングされ、ラップが掛かっていた。
教頭先生は菱田先生を見ると、まるで命拾いでもしたような表情になり、即座に菱田先生の腕を掴んで教頭室に引き入れると、ドアを閉めた。
カチャン……。
鍵の閉まる微かな音が、菱田先生の耳に響く。
そして、教頭先生に促されるままに、教頭先生の真ん前のソファに座る菱田先生。
そうして、『0』とナンバーを振られた紙コップの中身を飲むことになったのだ。
教頭先生と菱田先生が、『0』ナンバーの紙コップの中身の、ほんの少量の液体を飲み干すと、速水先生は鋭く言った。
「では、再度申し上げます!
それが基本の味です!
では『1』から飲んで、順に『0』と比較した感想を教えて下さい!」
その日――
速水先生は普通に朝と帰りのホームルームをし、授業もきちんとしていた。
だが、速水先生はホームルームも授業も、終わった瞬間、さっと消えてしまう。
莉緒がハンカチを返そうと廊下に出ても、速水先生の姿は何処にも見えない。
莉緒は思った。
(速水先生、足の怪我も花粉症も良くなって、元の運動神経を取り戻したんだ! 良かった!
ハンカチは腐らないし、気長に返そう!)と。
そうして紬も、ホームルームが終わると、「今日で、はやみんの観察は終わりにする!」と張り切っていた。
莉緒はふと、思い出す。
「今度は完璧なハードル走をしてみます!」
昨日、そう言った速水先生のやさしい微笑みを。
(速水先生……ハードル走の練習をするかもしれない!)
莉緒が帰り支度をしている紬に向かう。
「私も行こうかな!」
すると、紬はまるで、諜報機関の一員のような目をして言った。
「……いいよ!
でも、はやみんに気づかれないように、変装してね!」
莉緒が黒曜石の様に輝く丸く大きな瞳を見開く。
「……紬! 一昨日から変装して速水先生を観察してたの!?」
紬がぐっと親指を立てた。
そうして紬は、莉緒に教室で待っていてもらい、まずは演劇部に行って、莉緒のぶんのカツラを借りた。
莉緒は髪の毛が長いので、金髪の縦ロールのお姫様のカツラしか長さが合わなかったが、変装しないよりはマシと考えて、そのカツラを借りる。
それから、教頭室に向かった。
もちろん、教頭先生にバードウォッチング用の高性能カメラを借りる為だ。
教頭先生は、紬が「バードウォッチングをしてみたいので、学校内でカメラを貸して下さい」と言うと、二つ返事で貸してくれたのだ。
そして、学校でも観られる鳥の一覧表まで作成してくれた。
紬は(オタクの気持ち……分かりすぎる!)と思いながら、ありがたく頂戴した。
だが、紬が教頭室をノックすると、出て来たのは速水先生だった。
緊迫感漂う教頭室にいるのは、教頭先生と菱田先生。
紬は一切を無視して、お得意の可憐なスマイルを浮かべる。
「教頭先生〜!
また、バードウォッチングしたいんですけど、カメラお借り出来ますか?」
教頭先生が嬉しそうに立ち上がる。
「もちろん! もちろん!」
その瞬間――
速水先生が言った。
「教頭先生は座ってて下さい!
それより……藤宮さん……バードウォッチング……今日もするんですか?」
紬がにこりと微笑む。
「はい! 今日は綾小路さんと一緒に!」
(……つか、はやみん……!
あんたを観察したいのに……何で教頭室にいるのよ!?
早く部活に行け!)と心の中で思いながら。
「どこからバードウォッチングしてるんですか?」
速水先生の上ずった声にも、紬は動じない。
「色々と場所を変えています!」
「そうだよね〜! 鳥と言うのは……」と語り出そうとする教頭先生。
その刹那――
速水先生が「今、大切な実験中なので、あと5分待って下さい!」と言うと、教頭室の扉をさっと閉めた。
だが、速水先生は分かっていない。
『紬砲』を撃てる紬は、体重移動や肩甲骨の動き、可動域の大きい股関節と柔軟性、全てを駆使してスピードを最小化し、MLBピッチャー並みの速さでスマホを使いこなせるということに。
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