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第十二話「二人の王子と、一つの屋敷」 前編

朝の光の中、二台の馬車が並んでいた。


エステリアの銀と金。ガルディアの黒と鷲。


二つの紋章が、トレメイン家の門の前で、秋の陽光を受けて輝いている。


アレクシス王子とレオンハルト王子が、馬車を降りて、並んで屋敷を見つめていた。


目的は、もう聞くまでもなかった。


「この前のことは、あまりに突然だった」


レオンハルトが、低い声で切り出した。


「ゆえに、まずは、ガラスの靴の姫君と、そのご家族に、正式にご挨拶を、と考えた」


「……私もです」


アレクシスが、静かに頷いた。


二人の王子の視線が、一瞬だけ交差した。


碧い瞳と、黒い瞳。


恋敵。


だが、同時に——先日の会談で合意文書に署名した、外交上のパートナーでもある。


複雑な関係だった。


「……まさか、同じ日に来るとは思わなかった」


アレクシスが、かすかに苦笑した。


「私もだ」


レオンハルトが、無表情に答えた。


だが、どちらも引く気はなかった。


ここで引けば、相手に先を越される。それだけは——王子としても、一人の男としても、許容できなかった。


緊張しているのは、王子たちよりも、むしろ護衛の方だった。


アレクシスの背後には、エステリアの近衛兵が八名。レオンハルトの背後には、ガルディアの護衛兵が十名。


どちらも、完全武装。


アレクシスもレオンハルトも、それぞれの国の第一王子だ。王位継承権第一位。二人に何かあれば、護衛たちはただでは済まない。


実際、つい先日のアレクシス王子襲撃事件では、護衛の不備を問われた近衛隊長の首が飛んでいる。その記憶は、エステリアの近衛兵たちの脳裏に生々しく刻まれていた。


ガルディアの護衛兵たちも、同様だった。レオンハルト王子が他国の領内にいる。万が一のことがあれば——考えたくもない。


ピリピリした空気が、屋敷の門の前に漂っていた。


両国の護衛たちが、互いを警戒しながら、じりじりと距離を測っている。


だが——そんな空気の中でも、二人の王子の想いは一つだった。


シンデレラに、会いたい。


シンデレラと、話がしたい。


二人の王子が、並んで屋敷の門をくぐった。


台所の窓から、麗良はその光景を見ていた。


二人の王子が、並んで歩いてくる。その背後に、完全武装の護衛たちが続く。


(……うちの屋敷の前、なんか物々しいことになってるんですけど)


パンを切る手が、完全に止まっていた。


「シンデレラ!」


トレメイン夫人の声が、台所に飛び込んできた。


振り返ると、継母が——珍しく、慌てた顔をしていた。


「王子様が……二人……同時に……!」


「は、はい。見えてます」


「何をぼんやりしているの! お茶の用意を! 応接間を整えなさい! それから、髪を——いえ、せめて顔の灰を拭きなさい!」


トレメイン夫人が、矢継ぎ早に指示を出す。


その声は、いつもの冷静さを欠いていた。さすがの継母も、二国の第一王子が同時に訪ねてくるという事態には、動揺を隠せないらしい。


麗良は、大急ぎで顔を洗い、エプロンを外し、髪を整えた。


玄関の扉が、叩かれた。


深呼吸。


扉を、開けた。


「おはようございます、シンデレラ嬢」


アレクシスが、穏やかに微笑んだ。左腕の包帯は取れ、白い軍服に青いマント。碧い瞳が、朝の光を受けて輝いている。


「……おはようございます」


レオンハルトが、ぎこちなく頭を下げた。黒い軍服に長剣。浅黒い肌に鋭い黒い瞳。だが、その瞳の奥に——緊張の色が見えた。


(……レオンハルト様、もしかして緊張してる?)


あの武人の王子が。クマでも素手で倒しそうな男が。


「ど、どうぞ、お入りください……」


麗良は、二人を応接間に案内した。


応接間に通された二人の王子は、それぞれ持参した贈り物を差し出した。


アレクシスの贈り物は、エステリア王家の工房で作られた銀細工の宝石箱だった。蓋には繊細な花の彫刻が施され、内側は深い青のビロードで覆われている。中には、小さなサファイアのイヤリングが収められていた。


「ささやかなものですが、お受け取りいただければ」


控えめだが、品の良い贈り物だった。アレクシスらしい。


レオンハルトの贈り物は——不器用に包装された箱だった。


包装紙が少し破れている。リボンが曲がっている。明らかに、自分で包んだのだろう。


中身は、ガルディアの山岳地帯で採れるという、深い赤色の鉱石で作られたペンダントだった。素朴だが、磨き上げられた石の表面は、炎のように赤く輝いている。


「……気の利いた包装ができなくて、すまない」


レオンハルトが、ばつが悪そうに目を逸らした。


(……自分で包んだんだ)


麗良は、不器用な包装紙を見て、胸がきゅっとなった。


トレメイン家の応接間は、二人の王子の贈り物で、にわかに華やいだ。


昨日のフィリップの紅茶と菓子もまだ残っている。それに加えて、エステリアの銀細工と、ガルディアの鉱石のペンダント。


応接間の一角だけが、まるで宮廷の応接室のような雰囲気になっていた。


トレメイン夫人は、恐縮するばかりだった。


つい先日、国境沿いの町で三国会談が開かれたばかりだというのに、昨日はヴァレンティアの王子が訪ねてきて、今日は合意文書に署名したばかりの二国の王子が同時に訪ねてくる。


没落貴族の屋敷に、二日連続で王子が来る。


こんなことが、現実に起こるものだろうか。


(……シンデレラへの扱いを見直しておいて、本当によかった)


トレメイン夫人は、心からそう思った。


もし今も灰だらけのぼろぼろの服を着せていたら。暖炉の前の藁のベッドで寝かせていたら。


二国の第一王子の前で、「義娘を虐待する継母」の姿を晒すことになっていた。


想像するだけで、背筋が凍る。


「お茶をお持ちしますわ」


トレメイン夫人は、完璧な笑顔で——だが内心は冷や汗だくで——台所に向かった。


一通りの挨拶と贈り物の交換が済んだ後、アレクシスが提案した。


「少し、歩きながらお話をしませんか」


屋敷の中では、護衛たちの緊張した視線が交差して、落ち着いて話ができない。外の方が、まだましだろう。


麗良は頷いた。レオンハルトも、無言で同意した。


三人は、屋敷の裏手にある森に向かって歩き出した。


奇妙な隊列だった。


先頭に、アレクシスとレオンハルトが並び、その間にシンデレラが挟まれている。


アレクシスのすぐ後ろには、側近のセバスチャンが付き従っている。白髪交じりの壮年の忠臣は、穏やかな表情の下に、鋭い警戒心を隠していた。


レオンハルトの隣には、側近のヴォルフ。こちらも主人の安全に神経を尖らせている。


そして、少し遠巻きに——両国の護衛たちが、互いを睨みながら付いてくる。


エステリアの近衛兵が右側。ガルディアの護衛兵が左側。


二つの国の兵士が、一人の少女を中心に、平行して歩いている。


異様な光景だった。


麗良は、二人の王子に挟まれながら、ぎこちなく歩いていた。


(……デートの場、というよりは、外交の場みたいなんですけど)


右を見れば、アレクシスの端正な横顔。左を見れば、レオンハルトの精悍な横顔。


どちらも、一国の王子。


どちらも、自分に想いを寄せてくれている。


なのに——この空気の重さは何だ。


背後の護衛たちのピリピリした気配が、肌に刺さる。


「まだ、ガルディアの関与について疑っておられるか?」


不意に、レオンハルトが口を開いた。


アレクシスに向けた言葉だった。


先日の襲撃事件。ガルディアの仕業とされた、あの事件。


会談では一定の合意に至ったが、疑念が完全に晴れたわけではない。


アレクシスは、少し間を置いてから答えた。


「……いえ。少なくとも、レオンハルト王子の意向ではないことは確信しています」


慎重に言葉を選んでいた。


「レオンハルト王子の意向ではない」——つまり、ガルディアという国家としての関与は、まだ完全には否定していない。だが、目の前の男個人については、信じている。


レオンハルトは、その微妙なニュアンスを正確に受け取ったようだった。


「……ふむ。まあ、それで十分だ。今は」


短く頷いた。


麗良は、二人のやり取りを聞きながら、内心でため息をついていた。


(……やっぱり、デートじゃなくて外交だ、これ)


森の小道を、三人と大勢の護衛が歩いていく。


秋の木漏れ日が、落ち葉の絨毯を照らしていた。

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