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第十話「灰かぶりの新しい服」 後編

翌朝。


麗良が目を覚ますと、枕元に——見慣れないものが置かれていた。


衣服だった。


ぼろぼろのワンピースではない。普通の、清潔な、まともな衣服。


白いブラウスに、深い青のスカート。エプロンは薄い水色で、小さな花の刺繍が施されている。質素だが、丁寧に仕立てられた、きちんとした服。


そして、その下には——下着。


ちょっとお洒落なデザインの、明らかに新調されたもの。レースの縁取りがあり、肌触りの良さそうな生地。


麗良は、しばらくそれを見つめていた。


「…………え?」


寝ぼけているのかと思い、目をこすった。


まだ、ある。


夢ではない。


「……これ、誰が……」


部屋の隅に、小さなメモが置かれていた。


トレメイン夫人の、几帳面な筆跡。


『シンデレラへ。今後はこちらを着なさい。以前の衣服は処分すること。——トレメイン』


麗良は、メモを三回読み返した。


継母が。あのトレメイン夫人が。新しい服を。しかも下着まで。


(……何が起きたの?)


混乱しながらも、新しい服に袖を通した。


ブラウスは柔らかく、スカートはちょうどいい丈で、エプロンは軽い。ぼろぼろのワンピースとは、着心地が天と地ほど違う。


鏡を覗き込んだ。


灰だらけの顔は変わらないが——服がまともになっただけで、印象がまるで違う。少なくとも、「虐待されている召使い」には見えなくなった。


「……お義母様」


朝食の支度をしに台所に行くと、トレメイン夫人がすでにいた。


いつもの鷲鼻。いつもの冷たい目。


だが、麗良の新しい服を一瞥して——小さく頷いた。


「サイズは合っているようね」


「あ、あの……ありがとうございます」


「礼には及ばないわ」


トレメイン夫人は、視線を逸らした。


「いかに義娘とはいえ、三国の王子に求婚される娘に、着古した衣装と下着を与えたのでは、私の沽券に関わるの。それだけのことよ」


素直に「あなたのために」とは、絶対に言わない。


あくまで「自分の体面のため」という建前を崩さない。


それが、トレメイン夫人という女性だった。


だが——麗良には、わかった。


社畜時代、口では「お前のためじゃない、会社のためだ」と言いながら、こっそり残業を手伝ってくれた先輩がいた。素直になれない人の優しさを、麗良は知っている。


「……ありがとうございます、お義母様」


もう一度、言った。


トレメイン夫人は、答えなかった。


ただ、鷲鼻の先が——ほんの少しだけ、赤くなっていた。


雑用を言いつけられるのは、やはりシンデレラだった。


朝食の支度。洗濯。掃除。買い出し。


それは変わらない。


だが——変わったものも、あった。


「シンデレラ、市場で卵を買ってきてちょうだい」


トレメイン夫人の声に、以前のような棘がない。命令ではなく、依頼の口調。


「シンデレラ、洗濯物干すの手伝おうか?」


アナスタシアが、信じがたいことを言った。


「……え?」


「な、何よ。別に深い意味はないわよ。ただ、今日は修行が午後からだから、午前中は暇なだけよ」


顔を赤くしながら、洗濯籠を持ち上げるアナスタシア。


麗良は、目を丸くした。


アナスタシアが。あのアナスタシアが。洗濯を手伝うと言っている。


「……ありがとうございます、お姉様」


「べ、別にお礼なんていらないわよ!」


ツンデレだった。完全なるツンデレだった。


ドリゼラも、以前のような陰湿な嫌がらせをしなくなっていた。掃除したばかりの床に泥靴で上がることも、わざと食器を割って片付けさせることも、もうない。


召使い扱いは変わらない。だが、きつく当たったり、いびったりすることは——なくなっていた。


麗良は、その変化を——静かに、噛みしめていた。


町の市場。


麗良が卵を買いに行くと、いつもとは違う反応が返ってきた。


「あら、あなたがトレメイン家の……」


卵売りのおばさんが、目を丸くした。


「三人の王子様に求婚されたっていう……!」


「あ、いえ、その……」


「まあまあ、こんなかわいい子だったのねぇ。灰だらけだから気づかなかったわ。卵、おまけしとくわよ!」


「え、いいんですか……?」


「いいのいいの! 王子様のお嫁さんになるかもしれない子から、正規の値段なんて取れないわよ!」


麗良は、困惑しながらも、おまけの卵を受け取った。


市場を歩くと、あちこちから声がかかる。


「トレメイン家のお嬢さんでしょう?」


「王子様、三人もいるんですって? 羨ましいわぁ」


「どの王子様を選ぶの?」


「あ、いえ、まだ何も……」


質問攻めだった。


麗良は、逃げるように市場を後にした。


(……すごいことになってる)


昨日まで、誰にも見向きもされなかった灰かぶりの召使いが、一夜にして町の有名人だ。


嬉しいような、恥ずかしいような、落ち着かないような。


複雑な気持ちで宿に戻ると——アナスタシアとドリゼラが、宿の前で、町の人々に囲まれていた。


「大魔導士様の弟子で、魔法の才能を認められたのですって?」


中年の女性が、感心した顔で言った。


「王子様を助けるなんて、すごいわ!」


同い年くらいの少女たちが、目を輝かせている。


アナスタシアは、鼻を高くしていた。


「そうよ! このわたしが大きな炎の魔法で、王子様をサポートしたの!」


胸を張って語るアナスタシア。「大きな炎の魔法」は、実際には蝋燭の炎を少し大きくした程度だったが——まあ、多少の誇張は、英雄譚にはつきものだ。


「王子様がね、言ってくれたのよ!」


ドリゼラも、負けじと声を張り上げた。


「『勇気ある人の姿は、いつだって美しいものだ』って!」


「きゃー!」


少女たちが、黄色い歓声を上げた。


「素敵……! 王子様にそんなこと言われるなんて、なんてロマンチックなの!」


「ねえ、魔法ってどうやるの? 私にもできる?」


「爵位をもらったんでしょう? バロネスって、すごいの?」


質問が、矢のように飛んでくる。


アナスタシアとドリゼラは、得意満面だった。


ちょっと話を盛っているところはあるが——ともかく、二人は輝いていた。


屋敷にいた頃の、意地悪で、不満げで、何かに焦っていた二人とは、別人のようだった。


魔法の才能を認められ、王子を助け、爵位を得て、町の人々に称えられている。


自分の価値を、自分の力で証明した。


だから——もう、誰かを虐げる必要がない。


麗良は、卵の籠を抱えながら、その光景を眺めていた。


(……よかったね、お姉様たち)


素直に、そう思えた。


「そろそろ修行の時間じゃぞ!」


宿屋の入り口から、メルヴィンの声が響いた。


紫色のローブの老人が、杖を突きながら出てくる。


「おしゃべりもいいが、才能は磨かねば錆びるぞ。さあ、行くぞ」


「はーい!」


アナスタシアとドリゼラが、町の人々に手を振って、駆け出した。


「待ってよ、大魔導士様!」


「今日は何を教えてくれるの?」


二人の声が、秋の空に響く。


以前より、笑顔が増えている。声が明るい。足取りが軽い。


そして——魔法は、確実に強くなっている。


メルヴィンは、二人の背中を見ながら、白い髭の奥で微笑んだ。


「……若いというのは、いいものじゃな」


呟いて、杖を突きながら、二人の後を追った。


三つの影が、町はずれの草原に向かって、小さくなっていく。


麗良は、それを見送った。


卵の籠を抱えて。新しいブラウスの袖を、秋風に揺らしながら。


(……さて、私はどうしよう)


三人の王子に、求婚されている。


考える時間をもらった。


だが——考えれば考えるほど、わからなくなる。


アレクシス王子。舞踏会の夜から、ずっと想い続けてくれた人。ガラスの靴を持って、国中を探してくれた人。


フィリップ王子。記憶だけを頼りに、絵を描いて、探し続けてくれた人。


レオンハルト王子。不器用だけど、まっすぐに、命をかけて守ると誓ってくれた人。


三人とも、本気だ。


三人とも、真剣だ。


そして——三人とも、一国の王子だ。


麗良が選ぶ相手は、この国の——いや、三つの国の未来に影響を与える。


(……社畜時代は、どの案件を優先するかで悩んでたけど。まさか、どの王子様を選ぶかで悩む日が来るとは)


麗良は、秋の空を見上げた。


高く、澄んだ空。


答えは——まだ、見つからなかった。


第十話「灰かぶりの新しい服」——了


第十一話「花の冠と、紅茶の午後」に続く

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