タイトル未定2026/02/09 09:55
「クソッ!重い!」
「真剣はもっと重いぞ?そんなんじゃじゃ実戦で使えないな」
孤児院に移り住んで半年がたった。
徐々にここでの生活にもなれていき、野宿していた頃には戻れないほど居心地の良さを感じていた。
今日は休日で「俺も冒険者になりたいから!」と言って指導を頼み込んで来たミリアに剣術を教えていた。
基礎的な素振りをやった後に手合わせをしてみるもミリアの剣はいまいち形になっておらず、剣を振ると言うよりも、剣に振り回されている。
「クソッタレが!ぜんぜん上手くいかねぇ!」
ミリアは運動神経がよく覚えも早いが長物は向いていないようで、なかなか上達しなかった。
自主練にも励んでいるようだが、それでも成長が見られず、本人もそれを感じているようで大分焦っている様子だ。
「剣をやめてナイフにしてみるか?」
「ナイフ?」
木刀を置いて懐のナイフを取り出す。
小さな刃を見たミリアは心なしか嫌そうな表情を浮かべた。
剣に比べてナイフは、見るからに小さく見劣りするため納得の反応だ。
「俺も元々はナイフの方が得意なんだ。剣よりも詳しく教えられる」
「りんごの皮でもむけってか?」
「それもいいな」
「…バカにしてんのか?」
「いや。剣よりもナイフの方が使い勝手がいいんだよ。コンパクトで軽量。手入れも剣に比べればかなり楽だし、戦い以外の用途にも使える。」
「だがリーチが短いだろ?それに軽いってことは一発一発が弱くなる」
「一撃に威力を出すのも大事だが急所を狙うなり手数を増やすなりすれば剣にも引きを取らない強力な武器になるぞ」
「……」
「いずれにせよ、サブウェポンとしてナイフの使い方は覚えなきゃいけないんだ。やって損は無い」
「…わかったよ」
木製のナイフを手渡して隣に並んで構えてみせる。
「まずは握り方と構え方だ」
早速訓練を再開しよとしたその時、アドレナの呼び声が聞こえてきた。
「その前に休憩をはさんだらどうですか?」
「シスター!飯か!」
ミリアの目つきが一瞬で代わった。
声のした方を振り返るなり、子犬のようにアドレナの元へ駆け寄っていく、その口元に涎が垂れていた。
無理もない。朝からぶっ通しで体を動かし続けいるのだ。そろそろエネルギーが底をついたとこだろう。
「昼食にするか」
*
剣からナイフに持ち替えると途端にミリアは頭角を表した。
ハンデだった小さな体は、小回りが効くナイフと相性が良く、柔らかい手首を活かした自由自在な刃の動きはしなやかで予測不能。
ミリアはたった数ヶ月で教えた技、その全てをものにしてしまった。
出来の良い弟子を持てて幸せに思う。
後は最後の仕上げだけだ。
*
その日、リインカの仕事は休みで朝から晩までみっちり稽古をつけられた。
大量に汗をかいて、身体中筋肉痛で、腹ペコ。
そんな状態でもアドレナの料理は美味しい。
頬張って食事を堪能していると真剣な眼差しでリインカから命じられた。
「飯を食べ終えたら飼育小屋に来い」
「なんでだ?」
「来れば分かる」
リインカに示された通り飼育小屋に入る。
孤児院の飼育小屋には鶏が数匹飼育されており、子供達で当番を決めて餌やりや清掃をして、たまに戯れることで命の大切さを学ぶ。
ミリア自身もここの鶏の面倒を見てきたため愛着が湧いていた。
「これは俺からのプレゼントだ」
リインカは黒い刃のナイフを差し出した。
「これは古い友人からもらったものだ。刃は黒曜石で、切れ味は抜群にいい。問題の耐久力も半永久的に続く強化魔法がカバーしている…らしい」
「マジか!すげぇ!ありがとう!!」
ナイフを受け取ると師匠は冷徹な表情で命じた。
「コイツを殺せ」
「え?」
師匠は鶏の中からミリアが最も可愛がっていた個体を指さしていた。
「なんの冗談だよ?」
「冗談だと思うか?」
冷徹な声色だった。
冗談ではない。この命令を本気で言っている事がわかる。
「殺せるわけないだろ?コイツはヒヨコの時から面倒を見てきたんだぞ!!」
「殺せないならナイフを返せ。そして冒険者になるのは諦めろ」
「なんでだよ?なんの意味があってこんなことすんだよ?!」
「魔物も人間もその辺の虫も皆、命があり、意思があり家族を持っている。冒険者ってのは時にその命を奪わなければならないんだ。命を育てることで命の『尊さ』を学ぶことはできたかもしれないが、殺さなければ殺しの『重さ』を知ることは出来ない」
「…命の重さ…」
鶏を膝で押さえつけてナイフを首元に押し当てる。あと数ミリ動かせば簡単に命を奪える。なのにその数ミリが果てしなく遠く感じる。
その時飼育小屋の扉が開いた。
「何をしてるの?!ミリア!やめなさい!!」
血相を変えたアドレナが怒鳴り、静止させようとした。しかし、その行手を師匠は止めてしまう。アドレナの乱入で有耶無耶になったてほしいと言う願いは儚く散ってしまう。
「……」
「まさか!?あなたがミリアにこんなことを?」
「そうだ。俺が命じた。だがやるかやらないかを決めるのはミリア自身だ」
「俺は…」
シスターは必死に止めようと踏み出したが師匠はシスターの肩を掴み首を横に振った。
「これはミリアが決めることだ。たとえ育ての親であるあんたでもそれを止める権利は無い」
「そんな…ミリア…」
「覚悟を決めろ」
鶏を押さえつけて、深く深呼吸をした。
ほんの数秒の時間に鶏と過ごした記憶を思い出し、泣きそうになったが、それでもここで引き下がるわけにはいかない。
「俺は前に進みたいんだ!」
覚悟を決めて、黒色のナイフを鶏の首へ向けて振り下ろした。
生々しい感触と温もりが命の重さを感じさせる。
今日、俺は初めて命を奪った。
一生忘れることのできない光景が脳裏に焼きつき、強い吐き気がした。
「それが命を奪うと言うことだ。その感情と感触をよく覚えておけ」




