【第17話】機械仕掛けの悪夢
後藤主任が、重々しく気密扉のロックを解除した。
僕らが一歩足を踏み入れた瞬間、そこは地獄だった。
耳をつんざくような、不規則な駆動音。肌を刺すような、異常な熱気。そして、絶縁体が焦げ付くような、鼻の奥を焼く匂い。かつてジンが完璧に管理していた、整然とした機関室の姿はどこにもなかった。
非常灯の赤い光に照らされた無数のパイプは、まるで巨大な生物の血管のように不気味に脈動し、壁面の計器パネルは、あり得ない数値を表示したまま、狂ったように明滅を繰り返している。
「ひどいな……」
後藤主任が、吐き捨てるように言った。彼の額にも、玉のような汗が浮かんでいる。
「メインフレームはあそこだ。急ぐぞ」
僕らは、床に散乱するケーブルや工具の残骸を避けながら、機関室の中央へと進んだ。酸素が薄いせいか、全身に鉛を詰め込まれたように体が重い。一歩進むごとに、心臓が悲鳴を上げた。
目的のメインフレーム・コンソールにたどり着いた僕らは、その惨状に再び言葉を失った。複数のケーブルが引きちぎられ、パネルの一部は熱で融解している。
「だが、メインCPUは生きているはずだ」
後藤主任は、生き残ったサブコンソールを指さした。「星島、お前がやれ。私が指示を出す」
僕は、震える指でコンソールに触れた。酸素供給システムの制御シーケンスを呼び出す。だが、画面には、真っ赤な文字で『ACCESS DENIED』と表示されるだけだった。
「セキュリティプロトコルが、異常なレベルまで引き上げられている……。パスコードを要求しているぞ」
「予備のマスターコードを入力しろ!」
後藤主任の怒号を受け、僕は予備のコードを打ち込む。しかし、返ってきたのは、無慈悲なエラー音だけだった。
「ダメです! 何者かが、リアルタイムでコードを書き換えている……!」
「くそっ!」
僕らがアクセスを試みるたびに、システムはまるで知性を持っているかのように、その防御壁をさらに厚くしていく。それは、人間のハッカーによる妨害とは、明らかに質が違っていた。もっと根源的で、本能的な拒絶。まるで、機械そのものが「触るな」と、僕らを嫌がっているような、不気味な感覚だった。
僕らがコンソールとの格闘に没頭していた、その時だった。
僕らの真上にあった、一際太い冷却パイプが、ギリ、ギリリ、と、金属が限界に達する嫌な音を立て始めた。
「……!」
後藤主任が、危険を察知して顔を上げた。
「伏せろ!」
彼が僕を突き飛ばすのと、パイプの接続部が轟音と共に破裂したのは、ほぼ同時だった。
灼熱の高圧蒸気が、巨大な白い獣のように、僕らがさっきまでいた場所を薙ぎ払う。凄まじい熱風と衝撃波に、僕らは床に叩きつけられた。耳の奥が、キーンと鳴り響いている。
ゆっくりと顔を上げると、蒸気が晴れた後には、無残に破壊されたパイプが、まるで牙のように剥き出しになっていた。もし、後藤主任の警告が一秒でも遅れていたら、僕らはあの蒸気で跡形もなく融かされていたに違いない。
これは、単なる老朽化による事故ではない。
明確な殺意を持った、意図的な攻撃だった。
「……ぐっ……」
後藤主任が、腕を押さえて呻いている。飛び散った破片で、腕を負傷したようだった。
そして、僕らはさらなる絶望を目の当たりにする。今の攻撃で、僕らが操作していたサブコンソールが、火花を散らして完全に沈黙してしまったのだ。
「クソが……!」
後藤主任は、瓦礫を蹴り飛ばすと、壁の向こう側を睨みつけた。その先は、蒸気が渦巻き、剥き出しの電線が火花を散らす、この機関室で最も危険なエリアだ。
そして、その奥に、僕らが目指すべき、最後の希望がある。
後藤主任が、絶望に満ちた声で叫んだ。
「ダメだ、コンソールからはもう復旧できない! 物理的にバルブをこじ開けるしかない!」
彼は、その地獄のような区画を指さした。
「だが、メインバルブは、あの奥だ……!」




