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第4話《Beginner》#1

暗くなった群青の空の下、二人並んで学校脇の道を歩く。


肩にかけたカバンの紐を両手で握りしめ、地面を凝視しながら歩いていた。


(ふあーっ! なんか私、青春っぽいことしてる!)



こんなドキドキしながら男の子と歩くなんて思春期か! ……思春期だった。


こんな若い男の子がおばちゃんの隣を歩いて合法ですか!?


あ、自分でおばちゃんって言って傷ついた。


まだまだ若い、若いんだ私は。


顔を上げて隣を歩く黒咲くんを凝視し、デロデロに顔を崩壊させる。


(黒咲くんが隣にいるぜぃ。 見れば見るほどいいお顔だこと)


「時森、オレの顔に何かついてる?」


あきらか不審者の顔となりニチャア……としていたので、黒咲くんが口角をピクピクさせ困り眉をして視線を返されてしまう。


(ぴゃあー!! バレたーっ!!!!)


「ううん、なんでもない」


それは心臓が飛び出すほどの羞恥心と、穴があったら入りたいという現実逃避。


そんなのは到底表に出せないので、長年で身につけた自衛のへらへら笑顔で平然を装った。



黒咲くんの横顔を見て「おいしい」と感じているあたり十分変態なのだが、頭の中で自虐としてヨダレ垂らした絵文字みたいと予防線を張る。


かわいい顔ってどうやって作るんだろう。


いや、恋する女の子はどんな時よりもかわいいはず。私は人生で一番かわいいんだ。



予防線もとい自滅だったと肩を落とし、気を取り直してアラサー女的全盛期に喝を入れる。


めげるな、頑張ってみようではないか。


「それより黒咲くんはこんな時間まで何してたの?」


黒咲くんはポカーンとして口を開いている。


空気が読めずに派手に滑っただろうか。

それはもののみごとにペンギンが氷の上でスライダーに流されるが如く……。


黒咲くんは苦笑いをして目を逸らし指をソワソワと動かすので、つい肩を竦めて口だけは微笑みの形を作り身体を揺らしてしまった。



「あー、星祭りのことでちょっとな」


(星祭り……。 この年の星祭りはどんな感じだったのかな?)


2010年の年末年始恒例、ふたご町星祭り。


年末年始、私は受験勉強のため星祭りに参加せず、初詣に行った程度だ。


正直、お祭りのことなんて全く気にしてなかった。


どんな風に行われて、あの未来に繋がったのかの過程を知らない。


誰がどんな風に開催していたかの裏側も知らず、私は故郷を去ったのだった。


黒咲くんが関わっているというのに、何も知らずにただキャーキャーしてただけの小娘だった。


「その……大変なの?」


「大変というか、人手が足りなくて。 みんな受験勉強で忙しいからなぁ」


そうなるよなと納得してしまう。


どうしても現実方向に諦めた考えをしてしまった。


「下の学年はそういうの参加しないし」


このふたご町の人口は年々減少し、若者が特にいなかった。


いわゆる過疎化というもので、未来では老人ばかりの寂れた町としてポツンと残っていた。


過疎化は人手不足に直結する。


人を増やすための努力も難しいのが現実。


歯止めの利かない衰退だった。


(あの時は考えもしなかったけど、黒咲くんは大変な立場だったのかも)


老人ばかりのこの町で、若者代表として、復興会の父親の息子として頑張ってたのだろう。


責任感があり、真面目で人気者の陰ながらの努力であった。


そう、彼は老若男女問わずに優しかった。

奇妙なくらい優しくて、悪口一つ言わない王子様みたいな男の子。



あの頃は夢を見れたが、そんな完璧な人間がいるはずもないと、今なら断言できる。


背景に何があるのかさえ、私は知らないけれど少なくとも目の前にいる男の子は十代の高校生で、もう少し身軽に生きていい立場だ。


大人になると途端に叶わないことが増えていく。


今、私には目の前の彼を諦めることが出来なかった。


「私、何か出来ないかな?」


この行動は、希望なのか絶望なのか。


時計の針が進む度に、排他する価値観と閉塞感が首を締め付けていく。


「え?」


申し出に黒咲くんは目を丸くする。


その驚きはごもっともで、当時の私とはかけ離れた選択だろう。

私はこの手のことに消極的で、極端に人と関わることを避けていた。


今、未来を知りながらも故郷のことは考えていない。


星祭りの未来より、若さに甘えることなく一生懸命がんばる黒咲くんを近くで応援したかった。


力になりたいと欲が出た。


「私に手伝えることってあるかな?」


「でも時森、勉強が……」


「大丈夫! 私はちゃーんと合格するから!」


未来でちゃんと合格して上京しているという不透明な根拠で私は不敵に微笑んだ。


遠巻き高校生だった私が突然接近してくることが面白かったのか、黒咲くんは力を抜いてくすぐったそうに笑みを返してきた。


「ならお願いしようかな」


「まっかせなさーい!」


デタラメな見栄で私はひたすらに膨らみのある胸を叩く。


中身はアラサーでも見た目は高校生。


ちょっとくらい若ぶって、お節介するくらい許されるはずだ。


それに私は黒咲くんの自殺という未来を回避したい。


引きずり続けた初恋は、何もしなかった後悔に繋がっていた。


拗らせた大きな原因は言い訳ばかりのノーアクション。


私はこの初恋にケジメをつけたい。


未来で生きて黒咲くんが幸せになってくれればそれでいい。


夢でも現実でも、なんでもよかった。


社会で否定され続けた私だからこそ、自殺という自己否定に追い詰められた黒咲くんを守りたかった。


好きだったのは眩しい一番星のような笑顔だったのだから。


私はグッと拳を握り、やる気全開に黒咲くんと向き合った。


「何を手伝えばいいかな?」


「そうだなぁ。 力仕事が大半だし、女子に出来る仕事かぁ」


(急に言われて思いつくことでもないか。 私に出来ること……)


「飾りつけとか、広報ならできるかも!」


「え?」


「いつも屋台出して、年越しに小石を川に投げるよね?」


ふたご町の星祭りとは神社に屋台を出す。

そして年越しの瞬間に、神社の横に流れる川に小石を投げるというものだ。


小石を投げるのは、「ふたご町流星群」と願いを込めて新年を迎えることが目的らしい。


ふたご座流星群といったところだろうか。


なんともロマンティックなようで子どもの遊びみたいな行事である。


何年か前に参加して以来だが、変化がないのは分かりきっていた。


「毎年同じじゃ飽きちゃうし。 みんなに来てもらう方法、考えてみてもいいかな?」


「いいけど、大変じゃないか? それに復興会の人が了承してくれるか……」


「だって黒咲くんがこんなに頑張ってるのに何もしないなんて嫌だもん!」


「え?」


「え?」


お互い目を合わせて無言になる。


徐々に自分が何を言ったか自覚し、頬に熱が凝縮され、ついには爆発した。


(ぴゃあー! 私、いま何を口にした!?)


「あー! なんでもない! 今の忘れて! ただ星祭りを盛り上げたいだけだから!」


もうダメだ。これ以上の醜態は晒せない。

そもそもアラサー女に今さら素直になって、無邪気に好きな人のために頑張る思考はむず痒すぎる。


(それでも私は……!)


全速力で走り出し、夜空を背景に腕を広げて黒咲くんに振り返った。


「この町は育った町、大事な場所だから!」


黒咲くんを助けたい。

私が希望を見た一番星を失うわけにはいかない。



(これでいいのかな? なんかめちゃくちゃなこと言ってるけど! ……本心に違いはないから)


黒咲くんはしばらくポカンと口を開いたままだったが、じわじわと浸透するように瞳に光が灯って星を瞬かせて笑っていた。


「ありがと、時森」


その輝きに目を奪われる。


私が好きだった黒咲くんの笑顔。


何年経っても忘れられなかった根強いトキメキ。


胸が熱くなって、つられるように私もくしゃりと熱に浮かされた微笑みを返した。


「星祭り、一緒に盛り上げよう!」


「うんっ!」


こんなにも熱くてこそばゆくて、だけど癖になる幸福をずっと忘れていた。


何かに向き合って、誰かのために全力になる喜びが懐かしくて、愛おしかった。


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