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第3話《crossroad》#2

授業と授業のあいまの休み時間に、クラスメイトの山村 拓司がしょんぼりとした顔をして黒咲くんへ近づいていく。


そういえば小さくて能天気な顔した騒がしい男子がいたなと思い出し、ついつい二人の様子を注視してしまった。


「どうした? 拓司」


「由利、ごめん。 今年の祭りは手伝いに行けんわ」


拓司は毎年祭りの手伝いに参加していた。


私たちが小学生の頃はもっとたくさんの人がボランティアにきていたが、今では昔からの住人と高校生ボランティアだけ。


その頼りの高校生ボランティアも参加人数は年々下降続きであった。


「母親が受験勉強に専念しろって」


「あー、そっか。 それは仕方ないよな」


黒咲くんは何でもなさそうに歯を見せて笑うと、少し雑に拓司の背中を叩く。


「勉強がんばれよ」


その言葉に拓司はバツが悪そうに泣き真似をしながらも黒咲くんに励ましをもらっていた。


雑に叩いてるように見えて、拓司に気負わせないための最大限の配慮。

断られたことで本当に励まされたかったのは黒咲くんではないだろうか、と思ってしまった。


人集めの苦労はよくわかる。

余計なことに関わりたくない人が多いからだ。


そして大人になるほど私たちはみんなで協力し合う無償の行為から遠ざかっていく。


儚く、切なく、ノスタルジックなものだった。



(そういえば黒咲くんって進学しないで家業継いだんだっけ?)


「芽々ってば見すぎ~」


「ええ?」


「さっさと告白しちゃいなよ。 もうずっと片想いしてんじゃん」


「告白……はしないかな」


「えーっ!? なんでぇ!?」


笑って誤魔化す私に里穂は納得せずにオーバーに腹を立てている。


告白をしたいとは思っていた。

当時の私は、の話になるけれど。


だがいざやれと言われて中々出来ないあたり、生粋の臆病者だった。それはアラサーになった今でも変わらない。


どうせ私は来年の春、ここを去る。


そうやって告白しないための言い訳ばかりを探していた。


高校生だろうが、アラサー女だろうが、根本の性格は変わらない。


大人になったら出来るようになるなんてものは幻想で、理想論に過ぎなかった。


(それに黒咲くんにはもっとお似合いな……)


「黒咲くーん」


ロングポニーテールをし、ピンクのシュシュで飾りつけをした女の子が私の横を通過して黒咲くんへと向かっていく。


細くて長い足を惜しみなく出している。


パッチリ二重の大きなつり目。


美人寄りのアイドル顔をしたこの学校で一番かわいいと評判の女の子・北島 麻理子だ。


カースト上位の麻理子は自信満々にキャピキャピとしながら黒咲くんに話しかけていた。


「北島、どうした?」


「あのさぁ、クリスマスイヴって予定ある?」


麻理子の言葉にドキッとする。


クリスマスという単語は意識せざるを得ない。


黒咲くんがどういう答えを出すか気になってしまい、年甲斐もなく耳をすまして横目に見てしまった。


黒咲くんは困ったように目をぱちぱちとさせて口を開く。


「な、ないけど……」


「よかったー! ならさ、みんなでクリパしよって話しててー! 黒咲くんも来てほしーなって!」


(うわ、リア充やん。誰かとクリスマスなんて陽キャか)


麻理子は陽キャだった。


自分にはない圧倒的光属性を前に自滅してしまう。


この頃は彼女のようなタイプをキャピ系と呼んでいた覚えがある。


後にこの学校独自のものと判明するが、陰キャは闇系とグルーピングされていた。


「あー。 うん、じゃあ行こうかな」


「やった! あとで詳細メールするね!」


黒咲くんの返事にご機嫌な様子でかわいらしくガッツポーズをとり、顔を赤らめてガラケーを握りしめる。


そして胸の前で小さく手を振り、女子グループのところへ戻っていった。


「ほーら、ウカウカしてるから女王様にとられちゃったじゃん」


(そういえば女王様って呼んでたわ)


華やかな容姿にクラスの中心人物。


優しく見えて陰キャを見下す黒い一面があったので、勝手に女王様と命名していた。


そんな麻理子も卒業してしまえば、女王様の殻から出ていき1エキストラへと世の中に溶け込んでいった。


短大卒業して、県外出て結婚したと里穂が連絡をくれた覚えがあるが何年も前の話なので曖昧だ。


縁もない人間関係だが、地元の同級生の話題は稀に出てくるものだ。


そうやって過去編登場人物を酒のツマミにする。

過去に思いを馳せる行為に酔いしれるのだ。


田舎は結婚が早い。


都会に飛び出した私だけ奥手のままで、みんな高校を卒業したら派手に恋愛して、性の解放をしていた。


いまだ年齢=彼氏なしの私より高度なスキルを身につけていく年下たちになるわけだ。


「高校卒業したらみんな開放的になっちゃうもんなぁ。奥手とか嘘やん」


「芽々、独り言多くない?」


感傷に浸りたくもなる。


誰も好きにならなかったとはいえ、どうしようもない寂しさはある。


だが長年の拗らせと素直になる機会を逃したアラサー女には今さらどうしたらよいかわからなかった。


勢いだけでは生きていけないがんじがらめである。


だから里穂の突っ込みさえ流せるスキルくらいは身につけていた。



***


時間は流れ、放課後。


オレンジ色と群青色のグラデーションが美しい広い空が窓越しに見える。


都会ではなかなかお目にかかることのない絶景である。


誰もいない教室で私はようやく帰る準備をしていた。


(あーもー、先生に捕まったぁ。 タダ働きかよぅ)


頭の中で時給換算してしまうあたり、損得ばかり考えてしまう癖が見える。


働くようになって嫌な仕事も金のためと言い聞かせてきた結果、具体的な数字に置き換えるようになっていた。


(でも教師って大変だもんな。 大学の友達が教師になったけど、ハードすぎて疎遠になったし)


それでも色んな仕事への理解を示すようになり、どう接するべきかの理性はあった。


とにかく迷惑をかけないよう、客であろうとスマイルは固定して適度に相槌を返す。


クレーマーや口調の荒い大人が多く、対応に病んでしまうと反面教師としてしまっていた。


気づけば八方美人の完成。


中身が伴わなくて結局職場不和を起こしたり、見下されるのが常々でもあった。


まわりは仕事を辞めたいと言いながらマッチングアプリが流行り出すと、ひたすらに条件選別をするようになっていく。


出会いがないというのが大きな理由だが、下心として仕事から解放されたいという思いもあった。


すると必然的に条件で写真をスライドさせていく作業を繰り返す。


(私は面倒くさくてやめたけど)


誰にあっても気を使って、疲れてしまった。


興味のない相手にさえいい顔をして、ぶりっ子を演じてしまう。


そして付き合った人数はテキトーに言って、大学卒業してから余裕がなくなったと程よく相手なしと嘘をつく。


同じように相手も品定めをしているからマッチングなんてしない。


ヘラヘラ笑っていい顔してただけなのに、一回きりで二度と連絡をとらなくなる現実に落ち込む。


自分が好意を抱いていないのに、会った相手にサイレントさよならをされるとダメージはある。


結果、疲れて放置。


思い出した頃に退会手続きをしてアンインストール。


無条件にただ惹かれて好きなんて夢は叩き割れてしまうのだ。


そう、私は誰と会ってもいい顔をして、ヘラヘラして、自分から好きになることはなかった。



(誰にも惹かれなかった。 結局、誰と出会っても黒咲くんと比較しちゃったんだよなぁ)


黒咲くんへ思いを募らせた日々。


そして黒咲くんを好きになった瞬間のトキメキが強すぎて、それより大きいものを感じたことがなかった。


黒咲くんのことを何も知らないくせに、ただ存在そのものが好きで好きでたまらなかった。


皮肉にも、何も知らないくせにだ。


未来の世界にあなたはもういない。


「あれ? 時森まだ残ってたの?」


教室の引き戸が開く。


(黒咲くん!)


現れたのは少し疲れ気味の青白い黒咲くんだった。


私はドキドキしながら火照り出す自分を誤魔化すためにヘラっと笑った。


「先生にプリント整理頼まれちゃってさ」


断らない顔なんだろう。


さすがに諦めの域だ。


それでも優しい眼差しで見てくれるのが黒咲くんだった。


「時森えらいよな。 勉強も頑張ってるし、困ってる奴は助けるし」


「そんなこと……」


よく手伝いしてたな、と思い出す。


同時に優しさや良心ではなかったと心の中で毒を吐いた。


全部、打算的な行動。


進学への内申点目当てだったのは建前でしかなかった。


(みんなにいい顔してただけだから)


何も変わっていない。


大人って、何をもって大人というのだろう。


私は私を生きていないし、誰も私を内側まで見てはくれない。


渋谷の交差点を歩いていると、すれ違う人々に歴史があるのに見えてこない。


私もまたその一人に過ぎず、誰からの関心も得られないものなのだ。


センチメンタルな気分は表情を暗くさせた。


「もう帰る?」


机に手を置いて、にっこりとしながらこちらを見てくる黒咲くん。


見透かすような瞳に頬が固くなった。


「う、うん。もう終わったから」


「よかった。 なら一緒に帰ろうよ」


「え?」


何を言われた、と考えて理解に至るとゆでダコのように顔が染まる。


心の中で叫び、驚きに走り回っていた。


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