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第3話《crossroad》#1

子供の頃に購入した木の勉強机、小学生のときに使用した教科書は本棚に放置。


紙のマンガに、少し汚れたぬいぐるみ。


過去から時を止めた女の子の部屋で私はへそを出して眠っていた。


小鳥のさえずりが聞こえる。


陽の光が射し込んで、中学生のときに着ていた芋ジャージをパジャマにしており、すぐにぴょんぴょん跳ねる髪はおさえるように結び、前髪はヘアピンでとめていた。


いわゆる残念ズボラ生活だ。

キラキラ女子高生とは程遠い痴態である。


「ぐぅ……」


バァンと破壊力のある音が部屋に響く。


キラキラしたプラスチックの宝石がついたカチューシャをして、鎖骨までの長さの髪をまとめるキリッとした顔立ちの女がいた。


女は眠る私の布団を剥ぎ取り、耳が割れるほど大きな声で怒声をあげる。


「おいコラ起きろ、芽々!!」


「ぴぎゃーっ!? 何事!?」


「早く起きないと遅刻するよ!!」


その言葉にモゾモゾとスマートフォンを探す、が見当たらないので枕元の目覚まし時計を見る。


時間は7時50分を指していた。


「えっ!? やばい遅刻する!! えー、化粧どうしよっ!?」


「え、普通にすっぴんで行きなさいよ」


「いやいやすっぴんで会社行くとか無理すぎる!!」


「は?」


「……あれ?」



私は身体を起こし、眉間に深いシワを寄せ険しく怒る姉・時森 百々を見る。


私より顔立ちのはっきりした華やか女子大生だ。


(なんでお姉ちゃんいるの? しかもなんか若い!! 髪伸びた?)


「金ないと騒いでたくせにヒアルロン酸でも注入したのか? ふざけんなよ!」


謎めいた私の暴言に百々は呆れてため息をつく。


「あんた何言ってるの? 勉強のしすぎで頭おかしくなった?」


勉強というワードが懐かしい。


私は若い姉の百々を見ながら少しずつ頭をクリアにしていった。


「とにかく早く学校行きなよ? 遅刻してもしらないからね」


百々は唇を尖らせて荒々しく部屋を出ていった。


状況に追いつくまでのタイムラグ。

ボサボサ頭からヘアゴムを外し、指に引っかかる傷んだ髪を毛穴ごとビヨンビヨン引っ張った。


「学校……」


私は慌ててベッドから飛び降り、全身鏡を見る。


木魚を三回叩くほどの長さの沈黙のあと、私は夢なのだと思い出す。


寝て起きてをするとはリアルすぎる夢だ。


そして全身鏡に写るはまさに高校生のときの自分であった。


「えっ!? うそ、私若い!!」


割りそうな勢いで鏡を叩き、指紋をこびりつける。


(夢じゃなかった?)


古典的にも頬をひっぱって確認してみると――案の定、痛かった。



「ファンタジーかよ。 それとも走馬灯?」


軽口に冗談を言いながらも私は鏡に映る若い自分に夢中になった。


(ってか私ちょー若~い。 ほうれい線ないじゃん!! ニキビ……もなんか違うぞ?)


大人のあれはもうニキビではない。


吹き出物だ。


頬を触るとザラザラボコボコ、プチプチ感よりボッコリ感。


地味に不快で気にするものだ。


(毛穴きれーい。 ファンデーション詰まってない)


そして大学生になり色気付き、一斉にメイクをはじめる。


だんだんマンネリ化粧となり、肌ノリも悪くなり、やがてメイク落としで落としきれなかったファンデーションが毛穴に詰まり黒くなっていく。


毛穴パックで一時的に喜ぶも結局変わらない。


そんな悲劇を知らない滑らかな肌。


高校生とはそれだけで素晴らしい!!


私は高校生という生き物であることに春を感じていた。


「ん?」


ケータイ電話が着信を鳴らす。


たしかこの音楽はメール用だったはず。


着うたと呼ぶものだ。


当時流行った金髪歌姫の友達を想う歌。


田舎には絶対にいないビジュアルのお姫様みたいな人だった。


「えーっとメール……」


里穂からだった。


絵文字いっぱいのデコデコメールに早く学校来いと寂しさを訴えてきている。


「って、遅刻するじゃーん!!」


私は歯を磨き、顔洗ってヘアピンを外し前髪だけアイロンで整えるとそのまま着替えて家を出た。


髪はいつか結び跡が消えると信じて、ひたすらに走った。


学生というものは走る生き物かもしれない。


走ってこそ青春あり。


だから走る描写のあるアニメは好評価なのだろう。


懐かしいガラガラと音を立てる引き戸を開き、私はつい陸上選手のゴールの瞬間ポーズをとった。


(ギリギリセーフ!!)


学校近い、これ最高。


片道一時間かけて通勤する私、本当に頑張ってる。


えらい、通勤するだけでえらい。


通勤時間も定時内にしてくれと吐血して言いたい。


「芽々、おはー」


声をかけてきたのは、未来でも連絡をとっていた芝田 里穂。


焦げ茶髪の前長めのボブ頭。


真面目そうな形の良い縁どりの目で私を見ていた。


「里穂、わっっっか!?」


私が若ければ周りも若くなる。


ここにいるのは若い高校生で理解を得られないが、いつか過去の自分を見てそう思う私の心情がわかる日がくる。


親戚のおばちゃん心理のようなものだ。


「何言ってんだ?」


「若いってええのぉ。 なんかそれだけでいいわぁ」


「おじさんみたいなこと言わないでよ」


パパ活するおじさんが言いそうだと思って私は梅を食べたような酸っぱい顔をした。


この時期はまだ援交呼びのはず。


パパ活とはずいぶんとかわいらしい呼び方で、ハードルの低くなったものだ。


この考えですら早くも老害への道へ進んでいる実感。


価値観が変わっているのがよくわかるものの一つだった。


「時森、おはよう」


「黒咲くん!!」


背後からひょっこり黒咲くんが現れる。


陽の光の中の黒咲くんは爽やかで、清く美しい。


ミステリアスな雰囲気はなく、清廉潔白は美男子であった。


「昨日は大丈夫だったか? その……怒られなかった?」


「あーはっはっ、大丈夫。 うちその辺ユルいから!!」


帰って何も言われなかったから少し笑った。


未来では母からよく電話がきていたが、仕事で出られないことが大半だった。


やはり血色が悪くなり、寝る時間も早くなっていく母を知っているだけにこの頃はまだ元気だったのだと痛感した。


家族のゆるさはとてもありがたいものだった。


「そっか、ならよかった」


そこでチャイムが鳴る。


建物の中で聞く生チャイムにほんの少し高揚した。


「それだけ! また!」


黒咲くんがヒラヒラと手を振り、自席に座る。


私も座ろうと思ったが、黙って聞いていた里穂が目を輝かせて遮ってきた。


「え、なになに? 昨日なにがあったの?」


「べ、別になんでもないよ!! 早く座らなきゃ!!」


(うへぇ、里穂って人のことめっちゃ知りたがるタイプだったわぁ)


直視する里穂の性格が懐かしいようで変わってない。


こればかりは安堵した。


「高校生、か」


変わるもの、変わらないもの。


こんなに明確なのにその時を生きる私たちにはそれが全くわからないんだ。


ここにいる人は未来を知らない。


見た目は高校生、中身はアラサー女の私だけが黒咲くんの結末を知っているんだ。



***


「おはよー。 えー、みんな体調は大丈夫かー?」


教師の橋場がオールバックの髪を撫でながら教室内全員を見渡す。


無反応の私たちに先生は決められた連絡事項を告げる。


「来月にはセンター試験もあるから体調管理には気をつけるように」


(センター試験、懐かしい響き。 今ってなんていうんだっけ、共通テスト?)


言葉の変化には本当についていけなくなる。


流行語大賞にノミネートされる言葉でさえ、知らないとなることも増えていった。


「そういえば年末年始、恒例のふたご町星祭りが行われるぞ」


私が住み、学校があるのは地方の片隅にあるふたご町。


ふたごの昔話が由来だろうがよくわからない。


そんなふたご町では年末年始にお祭りが行われ、屋台やちょっとした伝統行事が行われ、プチイベントとなっていた。


「まー、毎年のことだけどボランティア募集してるからよろしくな。 詳しいことは先生たちか、黒咲に聞いてくれればいいから」


(黒咲くんに?)


妙にその言葉が引っかかった。


黒咲くんは立ち上がり、みんなにサービススマイルを振りまく。


アイドル級に眩しく、素晴らしかった。


「あー、みんな今年もよろしくな! なんでも聞いてくれ!」


(そっか、黒咲くんって地元の復興会会長さんがお父さんなんだっけ)


「……地元、か」


ふと私は感傷に浸る。


未来にいた私はもう何年も帰ってきてない。


だけどこれからどんな風に変わっていくかを知っている。


この町はどんどん人が過疎化していき、商店街は潰れ、やがて隣町の大型ショッピングモールに人は流れていく。


(星祭りって、いつまでやるんだったかな?)


今、盛り上がろうと準備をしている星祭りの結末も知る身としては切なく悲しいものだった。




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