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第4話《Beginner》#2

自宅に帰ってきた私は勉強机にかじりついていた。


ノートを開き、シャーペン片手に固まっている。


言い出しっぺのくせに、星祭りで何をすると言ったアイディアは待ってなかった。


広報といったら無難に画像作ってSNSに流す、と思ったがこの時代はまだガラケーが主流。


スマートフォンはそこまで普及していない。


みんな様子見なのか、この時代にきて他人のスマートフォンを目にしていない。


そうなるとなるとブログが思い浮かぶが、 今からやって人目に触れるものなのか。


考えれば考えるほど迷路に陥り、ぐるぐるとしていた。


太陽を中心に回る惑星になった気分だ。


「ええい! 思いつくことは書き出すのだ!」


シャーペンの芯をゴリゴリ削る勢いでノートにアイディアを書いていく。


ブログ、チラシ、メルマガ、イメージキャラクター、SNS、You○ube、Ti○Tox、ショート動画、ライブ配信、映え、推し活、エモい、メロい……etc


凡人発想に悲鳴をあげ、ノートに黒いぐちゃぐちゃした線の落書きをした。


その悲惨なノートについにはシャーペンを放り投げて頭を抱えながら悶絶する。


(なんてありきたりな発想! しかも自分に出来るのってどれよ!?)


嘆かずにはいられない。

こんな新しさのない人間は会社に首を切られても仕方ないといったレベルの無能さを味わった。


「ぴゃあぁ、私って役立たずだあ」


「芽々、さっきからうっさい。 あたしの部屋にまで聞こえてるよ」


部屋の扉が開き、風呂上がりの姉・百々が機嫌悪そうに眉間に皺を寄せて入ってくる。


モコモコのパーカーとショート丈の羊みたいなパジャマである。


それだけかわいい衣装のわりに、バスタオルを頭に巻いておりズボラさが垣間見えた。


さすが姉、やることが同じであると、ヒアルロン酸を注入しようが根本は血を分けた姉妹だと、やや勝気にニヤァと不気味に笑いかけていた。


百々はゾッとしながらも腕を組み、歩いてきてノートをのぞき込んでくる。


「って、あんた何やってんの? 勉強じゃないよねそれ」


やばい、見られた。


サッと腕でノートを隠す。


この時代にまだ馴染みのない単語がズラズラと記入されている。


一見ただの呪文を書いた黒歴史である。


私は目を泳がせて笑って誤魔化すしかなかった。


「あー、えーっと」


「落ちても知らないからねー」


そう言って百々はスマートフォンをいじりながら部屋を出ていこうとした。


「スマホ……」


私は立ち上がり、姉の百々の腕にしがみついて木造建築の家をギシギシ鳴らしながら襲撃した。


「おねーちゃん待って!」


「あぎゃーっ! な、何!?」


タックルのように姉の腰に抱きついて拘束すると、百々は生命の危機だとスマホを高く持ち上げて身を引こうとしていた。


そんなことで私が折れるはずもなく、背伸びでなんとかスマートフォンを手にとろうと奮闘しだす。


「おねーちゃんそれ、動画撮れるよね!?」


暴走する私に対し、百々は口角をピクピクさせて早く距離を取りたそうに私を見下ろす。


「はぁ? カメラならついてるけど」


あぁ、ここにはちゃんと希望がある。

星に願いを、とはまた違うけれど人は希望があるから突き進んでいけるんだ。


百々から腕を離し、その勢いのまま大歓喜と両手で勝利のガッツポーズを取った。


(ケータイじゃ難しいこともスマホなら!)


未来でこそケータイを持つ人が物珍しい存在に見えるけれど、スマートフォンはまだこの時代に流行してないだけ。


写真の加工も動画編集も、やろうと思えば出来る。


未来との違いは誰でも手軽に出来るか出来ないかの差でしかない。


ケータイとスマートフォンのユーザー数が逆転する境目の時、便利さに写真加工や動画視聴だって行えてる。



そして何より、スマートフォンでそれが出来なくても制作物に行き着かないユーザーはゼロではない。


YouT●beはパソコンで見る人もいる。


SNSは存在するし、ショート動画を貼り付けることだって出来るはずだ。


ガラケーでもm●xiとかは見れるはずだから画像広告さえ作れば宣伝だって簡単だ。



この時代だからこその新鮮さと、古い媒体を扱う影響は莫大なはず。


これから過疎地になる媒体も、爆発的に伸びる媒体も、今の私は知っているから。



「ニヤニヤしてキモイんだけど」


「おねーちゃん神!」


「え、まじ? 神セブン入りできそう?」


「神セブンどころか、柱だよ! スマホ柱!」


「柱?」


この時代は大人数で人気投票を行い、上位の子がアイドルとしてステージに立つスタイルが確立され、自分好みの子を応援して伸ばしていくスタイルへとアイドルのあり方そのものが変わった。



アイドル戦国時代。

一つの巨大アイドルグループが台頭したことをきっかけに地下アイドルの増加や売上の出し方が一変した。


上位アイドル七名のことを神セブンと呼んでいたが、未来でその言葉は消失し、それ代わる言葉として「〇〇柱」が定着していた。



と、時代がこれだけ変化したと脳内で比較してしまったが、今は目の前のことに全集中だ。


そんなこんなで姉に事情を説明し、星祭りに人を集めて盛り上げたいと旨を伝えた。


ボランティアを増やしたい。

黒咲くんのことは伏せてやりたいことを暴走気味に語ると、最初は嫌がっていた百々も次第に真面目に聞いてくれるようになっていた。


「うーん。ショート動画をとって毎日アップするねぇ……」


あまりピンと来ないのだろう。


バスタオルを頭に巻き直しながら考え込んでいた。


「編集とかどうするの? 写真はプリクラみたいに出来るけどさぁ」


百々の言葉に私は唸る。


(この時代のアプリってよくわからない。 気軽に編集ってのは難しいかぁ)


自分もスマートフォンを使うとはいえ、どこまで技術が変化したかの実感がない。


ましてやアラサーになり、ショート動画を撮ったこともない。


自分を映像に残してSNSにアップすることは自殺行為に思えてならなかった。



人から聞いた話では毎日投稿することがアルゴリズムになんちゃらかんちゃらと言っていた気がするが、とにかく毎日発信が大事なのだろう。


偏見というより、自分がやらなかっただけの話で、これから未知の世界に飛び込もうとしているだけだ。


(まぁパソコンがあればなんとかなるか)


この時代に来てから妙に楽観的だ。


未来ではこんな思考をしなかったのに不思議なものである。


非現実的な状況にある種、理性が飛んでいるのかもしれない。



これも恋する乙女の力?

なーんで、その思考の方が恥ずかしいわと逆に割り切って至極冷静に頭は回っていた。


「おねーさま、一生のお願いです。 スマホを私めに貸してください」



実際、社会人の謝罪はこんなものと全く別物だ。


肌を突き刺す責めの空気の中で、声のトーンを変えて、女優のように表情をつけてひたすら低姿勢に相手が力尽きるのを待つ。


場から解放された途端に脂汗が毛穴という毛穴から吹き出してハンカチがびっしょり濡れてしまう。



頭の痛くなる謝罪の日々は疲労を蓄積し、目元はどんよりとしていって、定時後に人が去っていく空間でキーボードの音がやけに鼓膜を震わせるようになる。


指先は動くのに腕だけは鉛みたいな重さだったと、鼻で笑い飛ばしたくなる記憶だった。


それに比べたら身内相手、ましてや勢いのつく土下座なんて楽勝……だが思惑通りといかず、プライドを捨てて頼み込む私に百々はドン引きして後ずさっていた。


「はぁ!? やだよ! ぜーったいやだ!!」


「何故に!?」


「いやいや、友達とLI●E出来んやん!?」


「ガラケーでも連絡はとれますぅ!」


LI●Eなんて今は盛り上がるけどこれからは連絡が億劫に感じるようになる。



別にLI●Eにこだわる必要はないだろうと、社会人的価値観で百々の足にしがみついた。


「やめろあほんだら!」


妹だからと甘くはない百々は、あまりにしつこいと目くじらを立てて私を蹴り飛ばす。


そしてウジ虫を見るかのように蔑んだ目をして睨んだあと、ドタバタと部屋から逃げていった。


「あぅ……」


希望は逃げ去った。


絶望だけが残された部屋で私は床に倒れ込み、膝を抱えて丸くなる。


絨毯を敷いているとはいえ、畳の上で丸くなるのは久しぶりな気がした。


前途多難。

姉のケチ。


若き乙女が好きな人のためにがんばろうとしているというのになんたる冷酷さ。


心の中でブチブチと悪態をつくことで癒そうとしたが、必死だっただけに虚しさが襲ってくる。


「世の中うまくいきませんなぁ」


ボヤいても誰にも届くことはない。

人の心なんて、みんな器用に隠してしまうから気づかれず、悲しみばかりを蓄積させていくものだった。



***


翌日、百々との交渉は決裂して撃沈の朝を迎えた。


登校するやそうそうに現実逃避に走り、机に突っ伏して項垂れる。


顔を横にしてポチポチとガラケーをいじるも、いまだに使い方が思い出せない。


●モードとか、なんだっけ。


すっかり心はメゲており、いつもはしつこいアホ毛まで垂れていた。



「みんなおは~。 ねー、これ見てー!」


キャピキャピ代表・北島 麻理子もとい女王様。


ポニーテールをシュシュでまとめ、アイドル顔負けの美人顔で笑う姿は同性でも心臓をわしづかみにされる。


チート顔面の持ち主はクラス内で優位な立ち位置におり、誰の目を気にすることもなく軽快な足取りで仲良しグループのもとに向かった。


その様子を私はボーッと眺めていたが、麻理子が手に持つスマートフォンを見つけたことで状況は大きく変化していく予感がした。

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