閑話6 「私たちらしい朝だった」
閑話6 私たちらしい朝だった
家が。庭が。地面まで。
全部まとめて、スゥの亜空間へ引っ越した。
そんな、とんでもない一日が終わって――。
唯:「…………疲れたぁ」
エマ:「私も……」
クロエ:「……同意」
私たち三人は、揃って机へ突っ伏した。
家そのものは無事だった。基礎も。庭も。
家具も。ただし。移動の衝撃で――。
唯:「片付けに三時間……」
エマ:「誰かさんが『家ごと持っていけたら便利なのに』なんて言うから」
唯:「私!?」
クロエ:「……唯」
唯:「キャピ……」
言い返せない。そして。
今回最大の功労者はというと。
スゥ:「……スゥ……」
ソファの上。毛布に包まれて、ぺたーん。
大量の魔力を使ったスゥは、家を移動させてからずっと眠っている。
つん。ぷに。……反応なし。
もう一回。ぷに。
エマ:「唯」
唯:「はい」
怒られる前に手を引っ込めた。
それにしても。家まで持ち運べるなんて。
これからどれだけ遠くへ行っても――。
ここへ帰ってこられる。私たちの家に。
唯:「……すごいね」
エマ:「うん」
クロエ:「……スゥ、頑張った」
だから。今日はもう終わり!
唯:「お風呂入ろ!」
◇
唯:「はぁぁぁぁぁ……」
肩までお湯に沈む。
唯:「生き返るぅぅ……」
エマ:「おばさんみたい」
唯:「誰がおばさん!」
クロエ:「……おばさん」
唯:「クロエ!?」
くすくす。エマが笑う。
クロエまで、ほんの少し口元を緩めている。
久しぶりだった。三人だけで。
こうして、何も考えずにお風呂へ入るのは。
唯:「…………」
湯気の向こう。エマが髪をまとめている。
濡れた髪から水滴が落ちて、肩を伝っていく。
その隣では。いつも高く結っている銀髪を下ろしたクロエ。
こっちはこっちで妙に大人っぽい。
唯:「…………」
エマ:「唯?」
唯:「はいっ!」
エマ:「どこ見てたの?」
唯:「どこも見てません!」
クロエ:「……見てた」
唯:「クロエ!」
クロエ:「……エマを」
エマ:「えっ」
唯:「告げ口禁止!」
ばしゃっ!エマがお湯をかけてきた。
唯:「キャピッ!?」
エマ:「もう!」
唯:「だって綺麗だったから!」
エマ:「えっ……」
あ。言っちゃった。
エマの顔が一気に赤くなる。
唯:「…………」
エマ:「…………」
クロエ:「……どやぁ」
唯:「なんでクロエが勝ち誇るの!?」
ばしゃばしゃ。三人で笑う。
くだらない。本当にくだらない。
でも。それが、たまらなく嬉しかった。
世界樹の地下。一人で迷って。
何日も出口が見つからなくて。
眠るたびに思った。エマに会いたい。
クロエに会いたい。帰りたい。
それが今。右を見ればクロエ。
左を見ればエマ。
唯:「……二人とも、いるね」
エマ:「……うん」
クロエ:「……いる」
お湯の中。エマが私の手を握った。
反対側から。クロエも。
唯:「…………」
エマ:「唯もいるよ」
クロエ:「……ちゃんと」
唯:「うん」
胸の奥が、じんわり温かくなった。
◇
唯:「かんぱーい!」
エマ:「かんぱーい!」
クロエ:「……乾杯」
風呂上がり。久しぶりの家。
熟睡中のスゥ。明日は急ぐ必要もない。
そして目の前には、お酒。
唯:「生還祝いだぁ!」
エマ:「家のお引っ越し祝いも」
唯:「スゥが家族になったお祝いも!」
クロエ:「……全部?」
唯:「全部!」
ごくごくごく。
唯:「ぷはぁぁ!」
おいしい!身体に染みる!
今日くらいはいいよね!
最初の一杯でやめておけばよかった。
唯:「エマぁ……近いぃ……」
エマ:「唯が寄ってきたんでしょぉ……」
唯:「そうだっけ?」
エマ:「そうだよぉ♡」
酔ってる。エマが完全に酔ってる。
頬は真っ赤。私の肩に頭を乗せて、離れようとしない。
唯:「クロエぇ……助けてぇ」
クロエ:「……無理」
唯:「なんでぇ?」
クロエ:「……私も酔った」
唯:「全滅じゃん!」
クロエまで私の反対側へ。
右にエマ。左にクロエ。
唯:「ちょ、近いって……」
クロエ:「……唯」
唯:「ん?」
クロエ:「……飲みたい」
唯:「えっ」
赤い瞳。見ている場所は――。
私の首。
唯:「……血?」
クロエ:「……うん」
唯:「いいけど……優しくね?」
クロエ:「……善処する」
唯:「そこは約束して!」
髪を横へ退けられる。
冷たい指先が首筋を撫でて。
唯:「ひゃっ……!」
ぴくっ。
クロエ:「……まだ何もしてない」
唯:「そこ弱いの!」
クロエ:「……知ってる」
唯:「えっ!?」
直後。ちくっ。
唯:「んっ……!」
クロエの牙が入った。
痛みは一瞬。そのあと。
背筋を、ぞくぞくした感覚が駆け上がる。
唯:「あっ……クロエぇ……」
クロエ:「……ん」
唯:「ちょ、長くない……?」
クロエ:「……もう少し」
唯:「んっ……」
肩が勝手に跳ねる。
クロエの服を掴んだ。
唯:「も、もう……」
ようやく離れたクロエの唇に。
ほんの少しだけ赤が残る。
クロエ:「……おいしい」
唯:「その顔で言うのずるい……」
エマ:「…………」
唯:「エマ?」
エマ:「クロエばっかり……」
唯:「え?」
エマ:「ずるい♡」
唯:「えっ!?」
ぐいっ。
唯:「わっ!」
今度はエマに抱き寄せられた。
唯:「ちょ、待って♡」
エマ:「待たない」
唯:「エマまで!?」
頬が触れる。吐息が近い。
エマ:「唯……」
唯:「な、なに?」
エマ:「帰ってきてくれて、よかった」
唯:「…………」
その一言で。ふざけていた気持ちが、一瞬だけ止まった。
エマ:「本当に……怖かったんだから」
唯:「……ごめん」
エマ:「謝らないで」
ぎゅっ。
エマ:「今、ここにいて」
唯:「……うん」
クロエ:「……私も」
反対側からクロエまで抱きついてくる。
唯:「ちょ、二人とも……」
右から。左から。ぎゅうぎゅう。
頬。髪。首筋。
あちこち触れられて。
唯:「んっ……もう……!」
さっきから私ばっかり。からかわれて。
抱きつかれて。吸血されて。
お酒まで入って。頭はとっくにふわふわ。
唯:「もう知らない……」
エマ:「え?」
唯:「二人が悪いんだからね……!」
ぷつん。理性の糸が切れた。
その瞬間。ぞわっ――。
エマ:「……っ!」
クロエ:「……唯?」
身体の奥から。甘い魔力が溢れた。
《夢魔因子が活性化しました》
唯:「今ぁ!?」
部屋の空気が変わる。甘く。
熱く。息をするだけで酔いが深くなるような――。
エマ:「唯ぃ……」
ドクンッ。
エマ:「なんか……ドキドキする……」
クロエ:「……魔力が、共鳴してる」
ドクンッ……。
ドクンッ……。
私の鼓動。
エマの鼓動。
クロエの鼓動。
近すぎて。どれが誰の音なのか分からない。
唯:「……あっつい」
エマ:「え?」
もう無理!風呂上がりなのに。
身体が熱い!唯は服を脱ぎ捨てた。
エマ:「唯!?」
唯:「だって暑いんだもん!」
エマ:「じゃあ……」
エマが頬を赤くしたまま。ふにゃっと笑う。
エマ:「……私も♡」
唯:「えっ!?」
さらり。布が落ちる。
風呂上がりの、さらさらした素肌。
まだ少し湿った髪。すぐ近くから。
ドクンッ……。
ドクンッ……。
大きな鼓動が聞こえる。
唯:「エマ……」
エマ:「聞こえる……?」
唯:「……うん」
エマ:「唯のも……聞こえるよ♡」
ドクンッ!
唯:「んっ…あっ…」
クロエ:「……まって」
反対側。衣擦れの音。
クロエ:「……私も」
唯:「クロエまで!?」
銀髪がさらりと落ちる。
そして。三人の距離が。また縮まった。
唯:「ちょ、待って……♡」
肌が触れる。ぴくっ。
エマ:「あっ……」
クロエ:「……んっ」
誰が動いたのか。分からない。
柔らかな温度が重なる。
肩を寄せて。額を寄せて。
手を絡める。
ドクンッ。
ドクンッ。
ドクンッ。
クロエ:「……共鳴、強くなってる」
唯:「えっ……これ、大丈夫なの?」
エマ:「わ、分かんない……」
なのに。離れられない。
離れたくない。地下で。
あれだけ欲しかった二人の温度。
今は。触れれば、ちゃんとそこにある。
唯:「……もっと」
エマ:「唯……?」
唯:「もっと、くっついてたい……」
エマ:「……うん♡」
クロエ:「……私も」
三人で。
ぎゅっ。
その瞬間。
――ドクンッ!
三人:「――っ!」
魔力が一気に跳ね上がった。
唯:「あっ……!」
身体が、ぴくっと震える。力が抜ける。
唯:「ちょ……これ……」
エマ:「唯……私も……変……」
クロエ:「……止め、られない……」
共鳴する。一人が震えると。
残り二人へ伝わって。また返ってくる。
何度も。
何度も。
唯:「んっ……あっ……!」
ぴくっ
エマ:「唯……!」
びくっ
クロエ:「……んんんっ……」
ドクンッ――!
唯:「も、もうだめぇ……」
ぱたん。最初に。唯が撃沈した。
エマ:「ちょ!? ……あんっ……まってぇ……」
ぱたん。エマが私の横へ。最後に。
クロエ:「あぁぁ……んっ……」
ぱたん。銀髪を広げて。クロエまで倒れた。
三人そろって。完全に。撃沈。
ぴくっびくっぴくっ
◇
スゥ:「……スゥ?」
そのタイミングで。ソファから。
小さな身体が、むくっと起き上がった。
スゥ:「…………」
深夜。スゥは部屋を見る。
酒瓶。脱ぎ散らかされた服。
床には。毛布に半分埋もれた三人。
唯:「……むりぃ……」
エマ:「ん……」
クロエ:「…………」
スゥ:「?」
右から見る。左から見る。
ぷるぷる。そして。
どうやらスゥなりに理解した。
三人とも。服まで脱ぎ散らかして。
いっぱい遊んで。疲れて寝ている。
スゥ:「アソブ……?」
違う。かなり違う。でも。
訂正できる人間は誰も起きていなかった。
スゥ:「…………!」
身体が震える。
スゥ:「スゥモ!」
ぼふんっ!!
唯:「……へ?」
巨大化。
唯:「えっ」
エマ:「な、なに……?」
クロエ:「……スゥ?」
ぷるんっ!巨大なスゥが。
三人まとめて包み込んだ。
唯:「むぎゃっ!?」
エマ:「きゃあっ!?」
クロエ:「……んっ」
唯:「スゥ!? 待って...」
スゥ:「スゥ!」
唯:「聞いてぇぇ!」
ぷに。ぷるん。もちっ。身体が沈む。
だけど。柔らかい。ひんやりしている。
さっきまで火照っていた身体には――。
唯:「……気持ちいい」
エマ:「ゆいぃ♡」
唯:「無理……もう動けない……」
クロエ:「……」
ずぶっ。
エマ:「きゃっ!」 エマがスゥに沈んだ。
スゥ:「イッショ!」
唯:「……一緒ぉ……」
クロエ:「……一緒」
エマ:「もう……知らない……」
結局。誰も抵抗しなかった。
というか。抵抗する体力なんて。
もう残っていなかった。
スゥ:「ナカヨシ!」
唯:「……うん」
エマ:「……仲良し」
クロエ:「……ん」
巨大なスゥの上で。
四人。ぎゅうぎゅうになって。
そのまま――。眠った。
翌朝。
エマ:「…………」
一番最初に起きたのは。エマだった。
エマ:「…………」
空になった酒瓶。倒れた椅子。
床に転がるクッション。あちこちに散らばった服。
巨大なスゥ。そのスゥに体の半分が埋まったクロエ。
そして。なぜか上半身だけスゥに埋まってる唯。
ぴくぴく動いいている。
エマ:「…………」
スゥ:「スゥ!」
スゥだけ。めちゃくちゃ元気だった。
エマ:「…………ふっ」
肩が震える。
エマ:「ふふ……」
唯:「んぅ……?」
クロエ:「……朝?」
エマが。とうとう耐えきれなくなった。
エマ:「あはははは!」
唯:「……なにぃ?」
エマ:「だって……もう……!」
クロエ:「……水」
唯:「私も……頭痛い……」
スゥ:「ミズ!」
唯:「スゥは元気だねぇ……」
スゥ:「スゥ!」
エマは笑いながら。
ぐちゃぐちゃになった部屋を見回した。
ひどい。本当にひどい。
片付けたばっかりなのに。
また最初からやり直し。
だけど。ここには。
唯がいる。エマがいる。クロエがいる。スゥもいる。
誰一人欠けていない。昨日までなら。
それだけで。こんなに笑える朝が来るなんて思わなかった。
エマが目元を拭う。それから。まだ笑いながら。
エマ:「あはははは……おはよう」
クロエ:「……おはよう」
スゥ:「スゥ!」
唯:「……おはよぉ」
頭は痛い。身体は重い。部屋はぐちゃぐちゃ。
昨日の記憶も。ところどころ怪しい。
でも。悪くない。
いや。むしろ――。
唯:「……キャピ」
最高に。**私たちらしい朝だった。**
閑話6 私たちらしい朝だった 完




