第74話 「唯さん、遭難四日目に枕を拾いました」
第74話 唯さん、遭難四日目に枕を拾いました
――遭難四日目。目を覚ます。
唯:「…………」
最初に見えたのは、黒ずんだ世界樹の根。
次に岩。右を見ても岩。
左を見ても岩。
唯:「……夢じゃないかぁ」
昨日は少しだけ期待していた。
朝起きたらエマがいて、
エマ:「唯、こんなところで何してるの?」
とか言ってくれるんじゃないかって。
もちろん、そんなことはなかった。
唯:「……よし!」
両頬をぱんっと叩く。昨日は泣いた。
でも、今日は泣かない。
(探そう)
エマたちが私を探しているなら、私も止まっているわけにはいかない。
絶対に帰る。私は立ち上がった。
◇
昨日までに通った道は、できるだけ《振動感知》で覚えている。
だから今日は、まだ進んでいない通路を選んだ。
《暗視》のおかげで移動速度も初日とは全然違う。
唯:「右は……行った。左も行った。じゃあ真ん中!」
細い岩の隙間を抜ける。その先は上り坂。
唯:「おっ!」
ちょっと期待する。登る。登る。さらに登る。
そして――。
唯:「…………」
空洞。
唯:「またぁ!?」
もう何個目!?
この地下、空洞多すぎない!?
しかも、その先にはまた複数の通路。
上。下。横。
どれも好き勝手な方向へ伸びている。
唯:「世界樹の地下、迷路すぎるよ……」
それでも止まらない。
《振動感知》を広げながら、上へ続きそうな道を探す。
しばらく進んだところで――。ピクッ。
唯:「……水?」
少し先から、細かな振動が伝わってくる。
水が流れている音。唯はそちらへ向かった。
◇
唯:「おお……!」
洞窟の奥に、小さな水辺があった。
岩の隙間から地下水が流れ込み、浅い泉を作っている。
《暗視》越しでも水底が見えるくらい澄んでいた。
手ですくって確認する。
唯:「冷たっ」
でも、ちょうどいい。
顔を洗う。
唯:「ぷはぁ!」
少しだけ気分が戻った。
昨日泣いたせいで、なんとなく目の周りも重かったから助かる。
水を飲み、立ち上がろうとして――。
ぷるん。
唯:「……ん?」
水辺の端。何かが動いた。
ぷるっ。
唯:「……何?」
近づいてみる。半透明。
丸い。手のひらより少し大きいくらい。
ぷるぷるした小さな身体が、水際をゆっくり動いている。
唯:「スライム?」
こんな地下にもいるんだ。襲ってくる様子はない。
むしろ、私が近づいてもほとんど反応していない。
(生きてるよね?)
とりあえず。
唯:「《鑑定》」
《幼体スライム》
《Lv.1》
《生まれて間もないスライム》
《魔物の死骸や魔石などを吸収し、成長する》
《取り込んだものによって性質が変化する場合がある》
唯:「へぇー」
生まれたばっかりなんだ。
だからこんなに小さいのかな。
そのとき。
《規定使用回数に達しました》
《スキル《鑑定》の熟練度が上昇しました》
《《鑑定》Lv.6に上昇しました》
唯:「おっ!?」
こんなところで上がった!
唯:「もう一回!」
スライムを見る。
唯:「《鑑定》!」
《幼体スライム》
《Lv.1》
《生まれて間もないスライム》
《種族特性:《吸収》》
《魔物の死骸・魔石などを体内へ取り込み、自身の成長に利用する》
《稀に高位・特殊な魔石を取り込んだ個体は、その性質に影響され、種族・存在が変化する場合がある》
唯:「なるほど……」
つまり、食べて成長する魔物ってことか。
魔物の死体も。魔石も。
唯:「便利な身体してるねぇ」
ぷるん。分かっているのか、いないのか。
たぶん分かってない。
私はしゃがみ込んだ。指先で触れてみる。
ぷにっ。
唯:「…………」もう一度。
ぷにぷに。
唯:「……おお」柔らかい。
ちょっとひんやりしていて、触り心地もいい。
私はスライムを見る。次に、近くの岩を見る。
もう一度、スライムを見る。
唯:「…………枕」
ぷるん。
唯:「キャピ。採用」
昨日までずっと岩を枕にしてたんだよ。
首も痛いし、頭も痛い。これは仕方ない。
必要な判断です。
◇
とはいえ、まだ寝る時間じゃない。
目的は出口探し。私は小さなスライムを両手ですくい上げた。
ぷにょん。
唯:「軽っ」
暴れない。手の中で形を変えているだけ。
唯:「一緒に来る?」
ぷるん。
唯:「よし。来るって」
たぶん言ってない。でもいい。
私はスライムを抱えて探索を再開した。
唯:「こっち、上に続いてると思う?」
ぷるっ。
唯:「だよね。私もそう思う」
歩く。
唯:「……あ、下りになった」
ぷるん。
唯:「そっちも分からなかったかぁ」
ぷるぷる。
唯:「キャピ。仕方ないね」
会話は成立していない。分かってる。
分かってるけど。(……ちょっと楽しい)
三日間。何を言っても返事がなかった。
エマの名前を呼んでも。
クロエの名前を呼んでも。
聞こえるのは自分の声だけだった。でも今日は。
唯:「また空洞だよ」
ぷるん。
唯:「多いよねぇ」
ぷるっ。
返事じゃなくても。
動いてくれるだけで、一人で喋っている感じが少し薄くなる。
唯:「……ありがと」
ぷるっ。
唯:「なんでもない」
私は少し笑った。
◇
結局。四日目も出口は見つからなかった。
唯:「……今日もダメかぁ」
だけど、昨日とは少し違う。
近くで魔物を一匹捕まえて吸血。
水も飲んだ。そして――。
唯:「お待ちかねです」
今日拾ったスライムを地面へ置く。
ぷるん。私は横になる。
スライムを頭の下へ。
そっと体重を預ける。
むにゅぅ。
唯:「…………」
頭の形に合わせて、スライムの身体がゆっくり広がった。
柔らかい。ちょっとひんやり。
岩みたいに後頭部へ食い込んでこない。
唯:「…………最高」
なにこれ。四日間で一番感動したかもしれない。
唯:「君、枕の才能あるよ」
ぷるん。
唯:「褒めてるからね?」
ぷるっ。目を閉じる。久しぶりに頭が痛くない。
身体から力が抜けていく。
唯:「明日は……帰れるといいなぁ……」
エマ。クロエ。もうちょっと待ってて。
絶対帰るから。
唯:「……おやすみ」
ぷるん。
唯:「……キャピ」
なんとなく。おやすみ、と返してもらえた気がした。
◇
その夜。唯は、遭難してから初めて深く眠っていた。
唯:「すぅ……すぅ……」
四日分の疲れが一気に出たのかもしれない。
寝返りを打つ。
唯:「んぅ……」
ごろん。腰元に入れていたものが、地面へ転がった。
ころん。深い真紅の魔石。
《深紅のダンジョンコア魔石》。
魔石は、そのままスライムの身体へ触れた。
ぷるっ。
スライムが反応する。魔物の死骸。
魔石。それらを吸収し、自らの成長へ利用する。
それは先ほど《鑑定》で確認した通り、スライムという魔物が元々持っている性質だった。
半透明の身体が、真紅の魔石をゆっくり包み込んでいく。
むにゅ。魔石が沈む。
さらに沈む。やがて――。
完全に体内へ取り込まれた。
それでも、唯は起きない。
唯:「すぅ……すぅ……」
久しぶりの安眠。スライムへ頬を埋める。
唯:「……エマぁ……」
むにゃ。口元から。一滴。
ぽたっ。
よだれが、スライムの身体へ落ちた。
透明な身体が、それも自然に取り込んでいく。
唯は何も知らない。
ただ気持ちよさそうに眠っている。
唯:「すぅ……すぅ……」
その頭の下で。
真紅の魔石と、唯から零れた一滴を取り込んだ小さな幼体スライムが――。
ぷるっ。
ほんの一度だけ。静かに震えた。
第74話 唯さん、遭難四日目に枕を拾いました 完




