第73話 「唯さん、世界樹の地下で遭難中です。」
第73話 唯さん、世界樹の地下で遭難中です。
落ちる。落ちる。
どこまで落ちるの、これぇぇぇ!?
唯:「キャピィィィィィ!!」
背中の翼を必死に羽ばたかせる。
飛べないわけじゃない。翼はちゃんと空気を掴んで、落下速度もかなり落ちている。
だけど、上へ行こうとすると――。
ズンッ!
唯:「ぐぇっ!?」
身体全体を掴まれたみたいに、下へ引っ張られる。
(重力!? 魔法!? なんなのこれ!?)
見上げる。
崩落した穴から差し込んでいた光は、もう小さな点になっていた。
唯:「エマぁぁぁぁぁ!!」
返事はない。
自分の声だけが何度も反響して――やがて、光も消えた。
◇
唯:「……ふぅ」
最後は翼を広げて減速し、なんとか地面へ降りた。
怪我はない。
唯:「……生きてる」
よし。それが一番大事。
(それに私、飛べるし)
さっきは慌てていただけかもしれない。
翼を広げ、もう一度飛ぶ。
一メートル、五メートル、十メートル。
(いける!)ところが――。
ズンッ!
唯:「おっも!」
急に身体が重くなった。
唯:「ぬぬぬぬ……上がれぇぇぇ!」
全力で羽ばたく。少し上がって――。
ズルッ。
唯:「あ」
落ちた。
唯:「キャピィィィ!?」
慌てて減速し、再び着地。
(もしかして身体が大きいから?)
唯:「それなら!」
《人化》を解除。
小さなコウモリ姿になって飛び上がる。
(これなら軽い!)
ぱたぱたぱたぱた!
さっきより軽快。
勝った!……と思った瞬間。
ズンッ!
(重ぉぉぉぉい!)
結局、同じ高さで押し戻された。
人化へ戻り、暗闇を見上げる。
唯:「…………」
飛べる。でも、上へは行けない。
唯:「……ここ、おかしい」
◇
仕方なく別の出口を探すことにした。
《振動感知》。
壁、岩、世界樹の根。
さらに複数の空洞と、そこから伸びる無数の通路。
唯:「……広っ」
ただの縦穴じゃない。
地下に巨大な洞窟が広がっている。
歩き始めて、すぐ別の問題に気づいた。
唯:「……見えない」
真っ暗だ。
《振動感知》で大まかな地形は分かるけど、普通に見えるのとは違う。
そのとき。ピクッ。
右前方から振動。
四足歩行。こっちへ来る!
グルルルル……。
唯:「……キャピ」
地面を蹴る音。私は横へ跳んだ。
ブンッ!何かが目の前を通過する。
(そこ!)
唯:「せいっ!」
ドゴッ!拳が命中。
魔物が岩壁へ叩きつけられた。
暗闇の中、岩壁に叩きつけられた魔物へ《鑑定》を使う。
《ケイブハウンド》
《Lv.12》
《洞窟などの暗所に生息する犬型魔物》
《保有スキル:《暗視》《嗅覚強化》》
唯:「……《暗視》!」
(これ、今すっごく欲しい!)
私はまだ生きているケイブハウンドを押さえ込み、その首筋へ牙を立てる。
ちゅう。血と一緒に、その魔物が持つ何かが流れ込んでくる。
《条件を満たしました》
《血液情報を解析します》
《スキル《暗視》を獲得しました》
唯:「よしっ!」
唯:「おっ!」
視界が変わった。
色まではほとんど分からない。でも岩も、根も、遠くの壁も見える。
唯:「これ便利!」
魔物を倒して、吸血して、新しい能力を覚える。
(なんか懐かしいなぁ)
コウモリだったころみたいだ。
唯:「よし! これなら余裕!」
《暗視》と《振動感知》を使い、上へ続く道を探す。
壁を突き破る世界樹の根も目印にした。
ここまで伸びている根は黒ずみ、触れるだけで表面がボロボロと崩れる。
(根を上へ辿れば帰れるんじゃない?)
唯:「私、頭いい!」
一時間ほど進む。分かれ道。
唯:「右!」
また分岐。
唯:「左!」
さらに三つ。
唯:「真ん中!」
その先で――巨大な空洞へ出た。
天井が見えないほど高い。
そして出口は七つ。
唯:「…………多くない?」
嫌な予感がした。
◇
結局、その日は帰れなかった。
水場は見つけた。魔物もいる。
別の小型魔物を捕まえ、牙を立てる。
ちゅう。
食事もこれで問題ない。
(昔みたい)
一人で洞窟を飛び回って、魔物から吸血して、安全な場所を探して眠る。
唯:「あの頃に比べたら余裕だよね」
今は人化もできる。飛べる。
《振動感知》も《暗視》もある。
唯:「エマとクロエなら絶対探してくれてるし」
ファルとレオンもいる。
上から探してくれているはず。
唯:「明日には帰れるでしょ!」
私は岩壁にもたれて眠った。
◇
二日目。
唯:「……ここ、昨日通った」
横に三本の根が伸びた岩。
間違いない。
唯:「……キャピ」
一周したらしい。
別の道へ。今度は確実に上へ向かう急斜面を見つけた。
唯:「これ絶対、上に続いてる!」
長い坂を登る。どんどん上がっている。
(今度こそ!)
ところが、その先には――。
唯:「…………」
巨大な空洞。
そこから伸びる道は全部、下向き。
唯:「なんで!?」
ずっと上ってたよね!?
別の道を探す。上へ。分岐。
空洞。下へ。また上へ。
また空洞。迷路。空洞。
迷路。空洞。
唯:「…………」
地下だから朝も夜も分からない。
身体の感覚だけを頼りに水場へ戻った。
唯:「まあ……二日くらいなら」
まだ大丈夫。
魔物を捕まえて吸血する。
唯:「エマだったら、こういう食事嫌がるだろうなぁ」
……。
唯:「クロエなら普通に隣で吸血してそう」
……。
唯:「それで『……悪くない』とか言いそう」
……。
返事がない。笑い声もない。
唯:「…………キャピ」
自分の声だけが、洞窟に響いた。
◇
三日目。帰れない。
上へ続く道は何本も見つけた。
でも全部、途中で別の空洞へ繋がっている。
そして、ようやく見つけた縦穴。
遥か上に亀裂が見えた。
唯:「今度こそ……!」
飛ぶ。十メートル。二十メートル。
また身体が重くなる。
唯:「まだぁぁぁ!」
翼が痛い。それでも羽ばたく。
亀裂が近づく。
(帰れる!)
(エマたちのところに帰れる!)
唯:「あとちょっと!」
その瞬間。 ズンッ!!
唯:「――っ!」
一気に身体が落ちた。
唯:「うわぁぁぁぁ!?」
必死に翼を広げて減速。着地と同時に膝をついた。
唯:「はぁ……はぁ……」
上を見る。亀裂は、もう遠い。
唯:「…………なんで」
三日間。歩いた。飛んだ。
登った。《暗視》まで手に入れた。
なのに。
**帰れない。**
私は強くなった。ドラゴンにもなった。
ヴァンパイアの力もある。空だって飛べる。
それなのに、出口一つ見つけられない。
唯:「……帰れない」
口にした途端、胸の奥がぎゅっと縮んだ。
胸へ手を当てる。
(エマ……)
精霊の泉では、離れていたエマが私を見つけてくれた。
あのときは確かに繋がっていた。
なのに今は。何も感じない。
唯:「……エマ?」
返事はない。
唯:「クロエ……」
当然、返ってこない。
《暗視》のおかげで、洞窟は見える。
でも見えるのは岩と、枯れた根と、どこまでも続く穴だけ。
唯:「……やだなぁ」
声が震えた。
唯:「三日だよ……?」
誰に言ってるんだろう。
唯:「そろそろ見つけてよ……」
返事はない。
唯:「私も……ずっと探してるんだけどなぁ」
目の奥が熱くなる。袖で拭う。
唯:「……キャピ」
三日だけ。水はある。吸血もできる。
怪我もない。昔の私なら、これくらい普通だった。
一人で起きて。一人で飛んで。
一人で食べて。一人で眠って。
一人で生きていた。
それなのに。
唯:「……エマに会いたい」
ぽろっ。涙が落ちた。
唯:「クロエに……会いたい」
もう一粒。
唯:「みんなと……帰りたい」
止まらなくなった。大声で泣くわけじゃない。
ただ、涙だけがぽろぽろ落ちていく。
(私、こんなに寂しがりだったっけ)
違う。昔は知らなかっただけだ。
一緒にご飯を食べること。
くだらない話をすること。
エマが笑うこと。
クロエが得意そうに「……どやぁ」ってすること。
三人で同じ家に帰ること。
知らなかったころは、一人でも平気だった。
でも今は――。
唯:「……寂しい」
帰りたい場所がある。会いたい人がいる。
それを知ってしまったから、一人がこんなに寂しい。
◇
しばらくして、私は立ち上がった。
唯:「……寝よ」
明日また探そう。絶対に帰る。
エマとクロエのところへ。
壁際に横になる。ごつっ。
唯:「痛っ」
位置を変える。
ごりっ。
唯:「……痛い」
反対側。
じめっ。
唯:「…………」
三日間、すぐ帰れると思っていたから、まともな寝床なんて作っていない。
今日は泣いたせいか、余計に疲れていた。
唯:「……枕ほしい」
第73話 唯さん、世界樹の地下で遭難中です。 完




