第72話 「唯さん、世界樹探索中に滑落」
## 第72話 唯さん、世界樹探索中に滑落
翌朝、私たちは世界樹の根元に集まっていた。
メンバーは私、エマ、クロエ、ファル。
そして――。
レオン:「ファル様。本当に行かれるのですか?」
ファル:「行きます」
レオン:「……そうおっしゃると思いました」
レオンが小さくため息をつく。
昨日から思ってたけど、苦労してそうだなぁ。
ファル:「世界樹の異変を調べるのに、エルフである私が行かなくてどうするのです」
レオン:「ですから、私も同行します。絶対に一人で先へ行かないでください」
ファル:「分かっています」
クロエ:「……たぶん分かってない」
レオン:「私もそう思います」
ファル:「二人とも!?」
うん。仲良くなれそう。
こうして五人で、世界樹の地下へ向かうことになった。
◇
入口は、世界樹の根元にできた大きな亀裂だった。
中へ入ると、景色が一変する。
唯:「……すご」
太い。とにかく、根が太い。
私の身体なんて比べものにならない。
下手したら家より太い根が、地面や壁を突き破りながら地下深くへ伸びている。
ところどころから淡い緑色の光が漏れ、薄暗い地下を照らしていた。
ファル:「本来なら、ここにもたくさんの精霊がいるはずなんです」
唯:「いないの?」
ファル:「少ないですね……」
確かに昨日の《精霊の泉》と比べると、ほとんど見えない。
世界樹なのに。そのとき。
ピクッ。足元から小さな振動が伝わった。
(一、二……五匹)
唯:「止まって」
全員が足を止める。
唯:「前から五匹来る。結構速い!」
レオン:「ファル様、私の後ろへ」
ファル:「私も戦えます!」
レオン:「知っています。それでもです」
言い争ってる場合じゃないよ!
暗闇の向こう。ガサガサガサッ!
巨大な根を乗り越え、四つ足の魔物が飛び出してきた。
黒い毛。大きく裂けた口。五匹!
唯:「来た!」
先頭の一匹が飛びかかってくる。
私は踏み込んだ。
唯:「せいっ!」
ドゴッ!拳が顔面に直撃。
魔物が後ろへ吹っ飛び、そのまま二匹目を巻き込んだ。
唯:「二匹!」
クロエ:「……三匹目」
いつの間に!?
私の横を通り抜けようとしていた一匹の首筋へ、クロエの一撃が入る。
魔物が崩れ落ちる。
残り二匹。
一匹がファルへ向かう。
レオン:「させるか!」
キィン!レオンの剣が牙を受け止めた。
そのまま身体を捻る。
ザンッ!魔物が地面を転がった。
(おおっ! レオン強い!)
最後の一匹が跳ぶ。
ファル:「捕まえて!」
地面から伸びた蔓が魔物の脚へ絡みついた。
空中で姿勢を崩す。
エマ:「唯!」
唯:「はいっ!」
そこへ――。 ドゴンッ!
私の拳。 終了。
唯:「よし!」
クロエ:「……ほとんど唯」
唯:「ちゃんとみんな戦ったよ!?」
ファル:「ですが……おかしいですね」
ファルが倒れた魔物を見る。
ファル:「世界樹の根元まで、これほど魔物が入り込むことはほとんどありません」
レオン:「世界樹の力が弱っている影響かもしれないな」
さっきまでの空気が少しだけ重くなる。
私たちはさらに奥へ進んだ。
◇
十分。二十分。
下へ進むほど、景色が変わっていく。
最初は淡い緑色に光っていた根。
それが少しずつ茶色くなり――。
さらに進むと、灰色。
そして。
エマ:「……これ」
エマが足を止めた。
目の前を横切る巨大な根。
半分ほどが黒く変色している。
表面も乾燥して、ひび割れていた。
ファル:「……こんな」
ファルが根へ手を当てる。
顔が曇った。
ファル:「ほとんど生命力を感じません」
レオン:「ここまで酷かったのか……」
静かだ。さっきまで時々聞こえていた魔物の鳴き声もない。
虫すらいない。
唯:「……精霊もいなくなった?」
ファル:「はい」
ファルが周囲を見回す。
ファル:「一体も感じません」
精霊王が言っていた。
地下には、精霊から見えない場所がある。
(ここから……?)
クロエ:「……唯」
唯:「ん?」
クロエがしゃがんでいる。
一本の根を指差した。
クロエ:「……これ」
近づく。黒ずんだ根に、小さな穴が開いていた。
唯:「穴?」
クロエ:「……自然にできたものじゃない」
クロエの指が、その周囲をなぞる。
少し離れた場所にも。さらに向こうにも。
同じくらいの大きさの穴。
エマ:「何のために?」
クロエ:「……たぶん」
一瞬。クロエの表情が消えた。
クロエ:「中に、何かを入れるため」
唯:「……え?」
クロエ:「……こういう跡、知ってる」
その声が、いつもより低い。
私はクロエを見る。
詳しく聞こうとして――やめた。
クロエがどこで見たのか。
なんとなく分かってしまったから。
ファル:「では、本当に誰かが世界樹へ……」
レオン:「何かを注入している?」
クロエ:「……可能性は高い」
昨日の精霊王の言葉が頭をよぎる。
何者かが、意図的に世界樹を傷つけている。
(本当だったんだ……)
誰が?なんのために?
もう少し調べれば――。
ピクッ。
唯:「……ん?」
《振動感知》に何か引っかかった。
私は足を止める。
エマ:「どうしたの?」
唯:「下……」
足元を見る。何もない。普通の地面。
でも。
唯:「この下、すっごく広い空洞がある」
ファル:「地下に?」
唯:「うん。かなり深――」
ミシッ。
唯:「……え?」
エマ:「唯?」
ミシミシミシッ!
クロエ:「……離れて!」
遅かった。足元に亀裂が走る。
唯:「うそっ!?」
バキバキバキバキッ!!
地面が――消えた。
唯:「キャピィィィ!?」
エマ:「唯っ!!」
身体が落ちる。上からエマの手が伸びる。
私も手を伸ばした。
唯:「エマ!」
届かない。
でも!私、飛べる!
背中に力を込める。
人化した身体から、コウモリの翼を一気に広げた。
バサッ!落下が止まる。
唯:「よしっ!」
エマ:「唯!」
大丈夫!このまま上へ――。
バサッ!翼を大きく羽ばたかせる。
その瞬間。
ズンッ!!
唯:「ぐぇっ!?」
身体が下へ引っ張られた。
(なに!?) もう一度。
バサッ! バサッ!
唯:「上がれぇぇぇ!」
飛んでる。ちゃんと飛んでる!
なのに――。上へ行こうとするほど、身体が重くなる。
翼に岩でもぶら下げられたみたいに、どんどん下へ引っ張られる。
唯:「なにこれ!? 重い! 重いんだけどぉぉぉ!」
エマ:「唯! 待って!」
エマの声が遠くなる。
クロエ:「唯!」
ファル:「唯さん!」
レオン:「唯さん!」
唯:「ちょ、待って!待って!まっ」
必死に羽ばたく。それでも。
ズルッ。また少し落ちる。
唯:「キャピィィィィ!!」
上を見る。エマたちの姿が、どんどん小さくなっていく。
唯:「エマぁぁぁぁぁ!!」
エマ:「唯ぃぃぃぃ!!」
次の瞬間。私の身体は――。
世界樹の地下深く。
光さえ届かない暗闇へ、引きずり込まれた。
第72話 唯さん、世界樹探索中に滑落 完




