第62話 「私が売った魔石で、四人の人生を変えちゃったみたいです」
# 第62話 私が売った魔石で、四人の人生を変えちゃったみたいです
あの魔石を使って、異世界召喚を行った。
ガルドの言葉が、頭から離れなかった。
唯:「…………」
エマ:「唯……」
さっきまであんなに楽しかったお酒が、急に味のしないものになった。
日本人かな。会ってみたい。
お米や醤油を知ってる人だったらいいな。
そんなことを考えて、私は浮かれていた。
でも――。
(それって……異世界召喚されたのって、私が原因じゃん……)
私があの洞窟で魔石を見つけた。
私たちが持ち帰った。
そして王国に売った。
その結果――四人が、この世界へ召喚された。
(私が見つけなかったら……)
(あの人たち四人は、こっちに連れてこられなかったんじゃ……)
私は死んで、この世界に転生した。
元の世界には戻れない。
でも、召喚された四人は?家族がいたかもしれない。
友達がいたかもしれない。仕事だって、学校だって。
昨日まで普通に暮らしていたのに、突然全部から引き離されたのだとしたら――。
唯:「…………ごめん。今日は帰る」
ガルド:「唯……」
その一言で、楽しかった飲み会はお開きになった。
◇
夜道を三人で歩く。誰も、すぐには口を開かなかった。
エマ:「……私もね」
唯:「?」
エマ:「あの魔石を売ることに賛成したよ」
クロエ:「……私も」
唯:「でも、見つけたのは私で――」
クロエ:「……違う」
クロエが足を止めた。
クロエ:「使ったのは、王国」
クロエ:「唯が四人を召喚したわけじゃない」
エマ:「あのときの私たちは、何も知らなかった」
エマ:「だから、全部唯が背負うのは違うと思う」
分かってる。二人の言っていることは、分かる。
唯:「……うん」
それでも。
唯:「分かってるんだけど……なんか……」
胸の奥が重い。
唯:「……キャピ」
クロエ:「……落ち込んでるのに、それは出るんだ」
唯:「口癖だから……」
エマ:「ふふっ」
ほんの少しだけ、空気が軽くなった。
――そのとき。
イリス:「あら。ずいぶん暗い顔してるわねぇ」
唯:「キャピ?」
振り向く。
そこにいたのは、見覚えのない女性だった。
大人っぽい雰囲気。
綺麗な人。
そして――。
ちょっと酔ってる?
クロエ:「……誰?」
イリス:「怖い怖い。そんな警戒しないでよ」
女性は笑いながら、私を見る。
イリス:「あなたが唯ね?」
唯:「……そうだけど」
なんで私の名前を知ってるの?
イリス:「初めまして。イリスよ。ちょっとギルド関係のお仕事をしてるお姉さん」
クロエ:「……怪しい」
イリス:「ひどいわねぇ」
イリスと名乗った女性は、私の顔を覗き込む。
イリス:「異世界召喚について、知りたいんでしょ?」
唯:「……!」
イリス:「一杯付き合わない?」
クロエ:「……三人で行く」
イリス:「あら」
エマ:「私も行きます」
イリスが楽しそうに笑った。
イリス:「じゃあ、四人で飲みましょ♡」
◇
――本日二軒目。
でも、今度は楽しい飲み会じゃなかった。
イリス:「まず、あなたが聞いた話。だいたい本当よ」
唯:「……四人、召喚されたって?」
イリス:「ええ」
イリスがグラスを傾ける。
イリス:「それでね。今回の召喚、思ってるよりずっと大事になってるわよ」
唯:「どういうこと?」
イリス:「王国が異世界召喚を成功させたことで、各国が焦り始めてるの」
イリスによると、特に警戒しているのは魔国、獣人国、ヴァンパイア領。
王国だけが異世界から強者を呼べるとしたら、国同士の力関係すら変わるかもしれない。
イリス:「だから今、各国が《ダンジョンコア魔石》を探し始めてる」
唯:「……私たちが売ったのと同じものを?」
イリス:「そういうこと」
また胸が重くなる。
私たちが拾った、たった一個の魔石。
それが今度は、国同士まで動かしている。
イリス:「まあ、エルフとドワーフは今のところ静かね。龍たちは……そもそも興味なさそうだけど」
唯:「ガリアなら興味なさそう……」
ものすごく想像できる。
イリス:「でも――妙な国が一つある」
クロエ:「……帝国?」
イリスがクロエを見る。
イリス:「正解」
さっきまでの軽い雰囲気が、ほんの少しだけ消えた。
イリス:「帝国だけ、動きがないのよ」
エマ:「それって、おかしいの?」
イリス:「おかしいわよ。これまで散々、軍事力を周辺国に見せつけてきた帝国が、
王国の異世界召喚成功に何の反応も示してない」
しかも。他国が次々とダンジョンコア魔石の捜索を表明する中、帝国はそれすらしていないという。
イリス:「まるで――」
グラスが、コトッと置かれた。
イリス:「最初から何か知ってるみたいじゃない?」
唯:「……すでに持ってるとか?」
イリス:「あるいは――もう使ったことがある、とかね」
唯:「え?」
イリス:「ただの推測よ」
イリスはすぐに笑顔へ戻った。
イリス:「八年くらい前にもね。どこかで異世界召喚が成功した――なんて噂があったのよ」
唯:「八年前……」
イリス:「証拠はなし。私も噂以上のことは知らないわ」
でも今回、王国は本当に成功した。
イリス:「もしかしたら、どこかでは定期的に異世界召喚が行われてるのかもって。私の推測だけどね!」
知らなかった。私以外にも。
この世界には、異世界から来た人がいる。
しかも――ずっと前から。
唯:「今回の四人は……どうなったの?」
イリス:「三人は大当たり」
唯:「大当たり?」
イリス:「とんでもないスキルを持ってるみたい。王国も大喜びでしょうね」
そして。
イリス:「ただ、一人は一般人だったみたい」
唯:「……え?」
イリス:「使えないって判断されて、追放されたらしいわよ」
心臓が、ドクンと鳴った。
イリス:「もう半年前だから――死んでるかもね」
唯:「…………」
追放。知らない世界に勝手に連れてこられて。
何の力もないから、いらない?
(そんなの……)
さっきより、もっと胸が苦しくなった。
そのとき。
イリス:「ところで、唯!」
唯:「な、なに?」
イリス:「あなたも、もしかして異世界召喚者?」
唯:「――キャピ!?」
エマ:「な、なにを根拠に...」
イリス:「異世界召喚者ってね、とんでもない能力でしょ~」
イリス:「すぐに目立って活躍しちゃうのよ~」
唯、エマとクロエを見る。二人とも固まっていた。
イリス:「あははは! 何その顔!」
イリスが楽しそうに笑う。
イリス:「いや、ただの酔っぱらいの勘よ~。気にしないで」
唯:「そ、そう……?」
なんだ、この人。
◇
店を出たあと。イリスは三人の背中を見送っていた。
酔った笑顔が消える。
イリス:「……ありゃ“黒”だな!」
召喚者かどうかまでは分からない。
だが――唯がこの世界の外に由来する可能性は高い。
八年前の噂。今回の四人。そして、唯。
イリス:「異世界人たちが、この世界に集まってる……?」
偶然なのか。それとも――何かが始まっているのか。
イリス:「本部にすぐ報告ね!」
◇
家への帰り道。エマとクロエは少し先を歩いていた。
私はまだ、さっきの話を考えていた。
(追放された人……生きてるよね?)
そうであってほしい。
だって――。
青年:「……唯?」
足が止まった。
唯:「え?」
道の端に、一人の青年が立っていた。
知らない人。なのに、私の名前を知っている。
その瞬間。
――ぞくっ。
唯:「……キャピ?」
胸の奥で、何かが強くざわめいた。
《特殊因子反応を確認》
《夢魔因子が未知の因子を拒絶しています》
(拒絶……!?)
こんなの、初めてだ。
青年:「……お前が、唯?」
唯:「そうだけど……誰?」
青年:「……見に来た」
唯:「私を?」
青年:「ああ」
何、この人。怖い。
なのに敵意とも違う。
青年はしばらく私を見て――。
青年:「……お前、この世界が好きか?」
唯:「え?」
突然の質問。でも。
頭に浮かんだのは、すぐだった。
エマ。クロエ。ガルドたち。ガリア。
そして――三人で帰る、あの家。
唯:「……うん」
青年:「…………」
唯:「嫌なこともあるけど」
唯:「大切な人もできたし、帰る家もできたから」
私は、この世界でたくさんのものをもらった。
唯:「私は――好きだよ」
青年:「……そうか」
唯:「君は?」
青年:「…………」
長い沈黙。
青年:「俺は嫌いだ」
それだけ言って、青年は私の横を通り過ぎた。
《未知の因子反応が消失しました》
振り返る。もう、こちらを見ていない。
唯:「……何だったの、あの人」
名前も知らない。どこから来たのかも。
どうして私の名前を知っていたのかも。
そして――。
私の《夢魔因子》が、初めて誰かを拒絶した理由も。
唯:「……キャピ」
振り返っても。青年の姿は、もう夜の街に消えていた。
結局。
あの人――誰だったんだ?
第62話 私が売った魔石で、四人の人生を変えちゃったみたいです 完




