第54話 「鑑定不能のお宝を見つけたら、猿に盗まれました!?」
# 第54話 鑑定不能のお宝を見つけたら、猿に盗まれました!?
深層へ進むにつれて、人の気配が消えていった。
少し前までは、採掘師のツルハシの音や冒険者たちの声が聞こえていたのに。
今は、七人分の足音だけが洞窟に響いている。
クロエ:「……静か」
ガルド:「ここから先は別物だ。誰でも深層まで来られるわけじゃねぇ」
リン:「この辺りまで来るのは、Bランク以上がほとんどだね」
唯:「昔はそんなこと知らずに普通に住んでたけどね!」
ガルド:「お前は基準にするな」
唯:「キャピ!?」
でも――懐かしい。
壁の形。
天井から垂れ下がった岩。
何度も逃げ込んだ細い横穴。
コウモリだった頃は、この辺りが私の世界のすべてだった。
ぷるっ。
唯:「ん?」
腰の辺りで何かが動いた。
エマ:「どうしたの?」
唯:「今、なんか動いたような……」
腰に下げている魔石へ手を伸ばす。
龍の里を出るとき、ガリアから私とエマがもらった深紅の魔石。
あのときから何度《鑑定》しても――。
《深紅の■■■■■》の魔石
結局、正体は分からないままだ。
唯:「これが、ぷるってした気がする」
クロエ:「魔石が?」
唯:「うん」
手のひらに載せて待ってみる。
十秒。二十秒。
何も起きない。
唯:「……気のせい?」
クロエ:「たぶん」
魔石を腰へ戻して、再び歩き始める。
◇
唯:「あっ! ここ!」
岩と岩の間にある、小さな隙間を指差す。
エマ:「どうしたの?」
唯:「ここ、昔よく隠れてたところ!」
人の姿では腕一本入るかどうか。
唯:「魔物に追いかけられたとき、ここにスポッて入ってやり過ごしてたの!」
クロエ:「……ここに?」
唯:「うん!」
クロエ:「今の唯じゃ、頭も入らない」
唯:「ふっふっふ……クロエ。忘れてもらっちゃ困るね」
クロエ:「?」
私は《人化》を解除した。
ぽふんっ。
視界が一気に低くなる。
小さな身体。翼。
そして、懐かしいコウモリの姿。
唯:「キャピ!」
クロエ:「…………」
どうだ!これが私の元祖スタイル!
エマ:「…………かわいい♡」
唯:「キャピ?」
エマ:「唯、かわいいっ!」
唯:「キャピィ!?」
ひょいっと持ち上げられ、そのまま胸元へ抱きしめられる。
エマ:「懐かしい……! やっぱりこの姿の唯もかわいい♡」
唯:「キャピ! キャピィ!」
違う!昔の生活を紹介するために戻ったの!
愛でられるためじゃない!
クロエ:「……これが、唯?」
エマ:「うん。私が初めて会ったときの唯は、ずっとこの姿だったんだよ」
クロエがじーっと私を見る。
クロエ:「……かわいい」
唯:「キャピ!」
クロエ:「……触っていい?」
エマ:「どうぞ」
唯:「キャピィ!?」
なんでエマが許可するの!?
クロエの指が、そっと頭を撫でる。
クロエ:「……柔らかい」
エマ:「翼もかわいいよ」
クロエ:「……ほんとだ」
唯:「キャピ! キャピ!」
ガルド:「お前ら、何しに来たんだ……」
ガルドの呆れた声で、ようやく解放された。
そのまま岩の隙間へ飛び込む。
スポッ。入れる!
昔と同じだ!
狭い岩の隙間。冷たい岩肌。
ここで何度も息を潜めた。
外で魔物の足音が消えるまで、震えながら待ったこともある。
(……懐かしいなぁ)
あの頃は、明日まで生きることだけで精一杯だった。
私は隙間から顔を出す。
エマがいる。クロエがいる。
その向こうには、ガルドたちもいる。
……ずいぶん変わったなぁ
◇
それからも歩いていると――。
魔石が「ぷるっ。」
しばらくして。
また魔石が「ぷるっ。」
やっぱりだ。
唯:「これ、一定間隔に1回動いてない?」
エマ:「私もそう思ってた」
リューク:「一定間隔で魔力に反応しているのか?」
唯:「でも、今までこんなことなかったよ?」
原因は分からない。
ただ、深層へ進んでから始まったのは確かだった。
さらに奥へ進む。
やがて、見覚えのある空間へ出た。
唯:「――あ」
足が止まる。
奥には、岩壁から染み出した地下水が溜まった小さな泉。
そのすぐ近く。
唯:「私の寝床!」
エマ:「ここが?」
唯:「うん! こっちが本宅!」
ガルド:「さっきのは何だったんだ?」
唯:「緊急避難場所!」
クロエ:「……どっちも岩の隙間」
唯:「全然違うよ!」
壁際のくぼみへしゃがみ込む。
何も残ってはいない。それでも間違えない。
ここで眠っていた。 お腹いっぱい血を飲んで幸せだった夜も。
何も捕まえられず、お腹を空かせて丸まっていた夜も。
クロエ:「……本当にここに住んでたんだ」
唯:「だから言ってるでしょ!」
クロエ:「もっと家っぽい場所を想像してた」
唯:「野生のコウモリに何を期待してるの!?」
クロエ:「ベッドとか」
唯:「ない!」
クロエ:「机」
唯:「ない!」
クロエが泉を見る。
クロエ:「……水はある」
唯:「そう! ここが私の水飲み場!」
クロエ:「……急に野生感が増した」
唯:「元から野生だよ!」
エマがくすくす笑う。
ぷるっ。
唯:「まただ」
腰の深紅の魔石が震えた。
そして私は泉へ近づく。
何となく水面を覗き込んで――。
唯:「……ん?」
泉の底で、何かが光った。
唯:「なんかある」
エマ:「え?」
透明な水のさらに下。
岩と岩の隙間に、淡い青色の光が見える。
唯:「魔石……?」
腕を突っ込む。届かない。
唯:「ぬぬぬ……!」
クロエ:「……潜れば?」
唯:「それだ!」
ざぶんっ!
泉へ顔を突っ込み、底へ手を伸ばす。
指先に硬いものが触れた。
(取れた!)
ざばぁっ!
唯:「ぷはっ!」
エマ:「唯、びしょ濡れ!」
唯:「見て見て!」
手の中にあったのは、球体型の魔石。
手のひらに収まるくらいの大きさ。
表面は不自然なほど滑らかで、内部には静かな青い光がゆらゆらと漂っている。
ミレイ:「綺麗……」
リューク:「こんな魔石、見たことないな」
唯:「《鑑定》!」
《静青の■■■■■》の魔石
詳細:現在の《鑑定》では確認できません。
唯:「……また伏せ字!」
クロエ:「唯の魔石と似てる?」
唯:「名前の形は似てる。でも、深紅と静青……」
右手に《静青の■■■■■》の魔石。
腰には《深紅の■■■■■》の魔石。
その瞬間――。ぷるっ。
唯:「あ」
深紅の魔石が震えた。
今度は終わらない。
ぷるっ。ぷるっ。
ぷるぷるっ。
唯:「めっちゃ反応してる!?」
エマ:「やっぱり、その青い魔石に反応してたんじゃ……」
唯:「じゃあ、さっき動いてたのって……」
これ?この魔石が近くにあったから?
私は二つの魔石を見比べる。
唯:「何これ……?」
どちらも《鑑定》不能、名前も伏せ字。
でも、明らかに何かがある。
ガルド:「ギルドに持ち帰れば、何か分かるかもしれんな」
唯:「もしかして……すっごいお宝?」
エマ:「唯の顔がお金の顔になってる」
唯:「だって家代になるかも――」
ひゅっ。
唯:「へ?」右手が軽くなった。
ない。
さっきまで持っていた《静青の■■■■■》の魔石が――ない。
唯:「…………あれ?」
クロエ:「……上」
見上げる。天井近くの岩棚。
そこに、一匹の猿型の魔物がいた。
細長い手足。ぎょろりとした目。
そして――。
私から奪った《静青の■■■■■》の魔石を、持っている。
唯:「…………それ」
猿の魔物:「キキッ!」
唯:「私の!」
猿の魔物:「キキキッ!」
ニヤッ。笑った!?
次の瞬間、猿は岩棚を蹴った。
天井から突き出した岩へ飛び移り、そのまま洞窟の奥へ走っていく。
唯:「あっ!」
待って!
《鑑定》不能!深紅の魔石と共鳴!
正体不明のお宝!
そして何より――。
唯:「家代かもしれないのにぃぃぃ!!」
エマ:「やっぱりそこなの!?」
私は地面を蹴った。
唯:「ちょっ!? 待てぇぇぇ!!」
ガルド:「おい! 一人で行くな!」
リン:「追うよ!」
ミレイ:「見失う!」
リューク:「ったく!」
クロエ:「……唯、速い」
七人が一斉に走り出す。猿は一度だけ振り返った。
青い魔石を抱えたまま――。
猿の魔物:「キキッ!」また笑った。
唯:「絶対バカにしてるぅぅぅ!!」
こうして私たちは。元マイホームのさらに奥へ――。
《静青の■■■■■》の魔石を盗んだ猿を追って、深層を駆け出した。
第54話 鑑定不能のお宝を見つけたら、猿に盗まれました!? 完




