第48話 「私の血で、知らない吸血鬼を進化させちゃいました!?」
# 第48話 私の血で、知らない吸血鬼を進化させちゃいました!?
私の血が少女の中で――。
何かに触れた。
唯:「……え?」
何、この感じ。
私から少女へ流れ込んでいった血と魔力が、身体の奥深く
――胸の辺りにある何かへ触れている。
目には見えない。
でも、分かる。少女の中に、何かがある。
複雑な模様。
幾重にも重なった、魔法陣みたいな――。
――パリッ。
唯:「……ん?」
少女の身体の中から、ヒビ割れた音がした。
――パリッ。
――パリンッ!
唯:「キャピ!?」
エマ:「唯!?」
**魔法陣が壊れる音がした。**
同時に、少女の身体が大きく震える。
唯:「ちょ、ちょっと待って! 何が起きてるの!?」
少女の牙が私の首筋から抜けた。
倒れそうになった身体を慌てて抱きとめる。
その瞬間――。
赤黒い魔力が少女から溢れ出した。
エマ:「唯、離れて!」
唯:「待って!」
危険な感じじゃない。
少女自身の赤い魔力。
その奥に絡みついていた、黒い何か。
そこへ私の血から流れ込んだ銀色の魔力が広がって――。
黒い何かを、完全に砕いた。
唯:「……《鑑定》!」
――――――――――
名前:《クロエ》
種族:《半人半ヴァンパイア》
状態:《衰弱》
特殊状態:
《■■■■■の眷属》
――――――――――
唯:「やっぱり……」
さっき見たものと同じ。
だけど。
文字が揺れている。
《■■■■■の眷属》。
その表示に亀裂が走った。
――――――――――
《■■■■■の眷属》
↓
《消失》
――――――――――
唯:「……消えた」
エマ:「何が?」
唯:「眷属」
エマ:「ええ!?」
唯:「誰かの眷属表示が消えたの!」
自分で言ってて意味が分からない!
でも、本当にそれしか分からない。
そして――変化はそれだけじゃなかった。
――――――――――
種族:《半人半ヴァンパイア》
↓
種族:《ヴァンパイア(月系統)》
――――――――――
唯:「…………」
エマ:「唯?」
唯:「種族まで変わったぁぁぁ!?」
エマ:「ええっ!?」
何したの、私の血!?
血をあげただけだよ!?
いや、確かに私も人の血を吸って種族が変わったことあるけど!
唯:「キャピ……」
少女を見る。
さっきまで死人みたいに青かった頬には、少しだけ血色が戻っていた。
荒かった呼吸も穏やかになっている。
どうやら悪い変化ではなさそうだけど……。
少女:「……ん……」
唯:「あ」
薄く赤い瞳が開く。
ぼんやり私を見て。
エマを見て。
また目を閉じた。
唯:「……寝た?」
エマ:「寝たみたい」
唯:「この状況で!?」
でも。よく見ると、その寝顔は穏やかだった。
あれだけ血を求めて苦しんでいたのが嘘みたいだ。
エマ:「ずっと限界だったんじゃないかな」
唯:「……そっか」
お腹いっぱいになって。
ようやく眠れた。そう考えると――。
唯:「こんなところに置いていけないよね」
エマ:「うん。連れて帰ろう」
◇
私たちはそのままノストへ戻り、泊まっている宿まで少女を運んだ。
幸い、途中で暴れることもない。
というか、一度も起きなかった。
どれだけ疲れてたんだろう。
ベッドへ寝かせてからも、少女は静かな寝息を立て続けた。
そして――。
夕暮れに日が落ちてきた頃。
少女:「……ん」
エマ:「唯」
唯:「うん」
少女がゆっくり目を開けた。
天井を見て。私を見て。エマを見て。
少女:「…………ここ」
唯:「宿だよ。森から連れてきたの」
少女:「…………」
身体を起こそうとしたので、エマがすぐに支える。
エマ:「ゆっくりでいいよ」
エマが水差しからコップへ水を注いだ。
エマ:「はい。飲める?」
少女:「……水」
エマ:「うん」
少女は少し警戒するようにコップを見てから、両手で受け取った。
こくっ。こくっ。
最初はゆっくり。
でも、途中から少しずつ飲む速度が上がっていく。
気づけば一杯を全部飲み干していた。
エマ:「もう一杯いる?」
少女:「……ほしい」
エマ:「はい」
二杯目。今度はもっとゆっくり飲んだ。
ようやく落ち着いたのか、小さく息を吐く。
唯:「大丈夫?」
少女:「……たぶん」
それから少女は、自分の口元に触れた。
小さな牙。何かを思い出したらしい。
少女:「……血」
唯:「あ」
少女:「私……あなたの血……」
唯:「飲んだね」
少女:「…………」
少女の顔が僅かに強張る。
少女:「……殺してない?」
唯:「私を!?」
思わず自分を指差した。
唯:「生きてるよ! めちゃくちゃ生きてる!」
エマ:「見れば分かると思うよ……」
少女:「……よかった」
心底安心したように、肩から力が抜けた。
最初に心配するの、そこなんだ。
唯:「じゃあ……改めて」
ベッドの横に座る。
唯:「私は唯。よろしく!」
エマ:「私はエマ。よろしくね」
少女:「…………」
私たちを交互に見る。
少し迷ってから。
少女:「……クロエ」
唯:「うん」
クロエ:「私の名前。……クロエ」
《鑑定》で先に見ちゃってたけど。
本人の口から聞くと、なんだか違う。
唯:「よろしく、クロエ!」
エマ:「よろしく、クロエ」
クロエ:「……よろしく」
まだ少しぎこちない。
でも、ちゃんと返してくれた。
さて。
聞きたいことは山ほどある。
でも――。
唯:「無理に答えなくていいからね」
クロエ:「……うん」
唯:「クロエは、どこから来たの?」
クロエ:「……分からない」
唯:「分からない?」
クロエ:「あまり……覚えてない」
クロエが膝を抱える。しばらく黙ってから。
クロエ:「……村」
唯:「村?」
クロエ:「小さい村だった……気がする」
クロエ:「おじいちゃんと、一緒に暮らしてた」
エマ:「おじいちゃんと?」
クロエ:「……うん」
クロエが眉を寄せる。
クロエ:「でも……顔が思い出せない」
思い出そうとしている。
だけど、そこだけ霧がかかっているみたいに出てこない。
クロエ:「優しかった……と思う」
そして。
クロエ:「夜になって……村が燃えた」
唯:「え……?」
クロエ:「いっぱい燃えてた」
クロエ:「誰かが叫んでて……みんな、逃げてた」
エマ:「誰に襲われたの?」
クロエ:「分からない」
小さく首を振る。
クロエ:「盗賊だったのか……魔物だったのか……」
クロエ:「分からない」
それ以上を思い出そうとした瞬間。
クロエの身体が僅かに震えた。
クロエ:「次に覚えてるのは……痛かったこと」
エマ:「痛かった?」
クロエ:「うん」
クロエが自分の胸元に手を置く。
クロエ:「身体が……動かなかった」
クロエ:「手も、足も……固定されてて」
ぎゅっ。服を握る。
クロエ:「何かされて……」
クロエ:「いたっ……って……」
ずっと淡々としていた声が、初めて震えた。
クロエ:「やめてって……言った気がする」
クロエ:「でも……何されてるのか分からなくて」
赤い瞳に、薄く涙が浮かぶ。
クロエ:「……こわかった」
エマが何か言いかけて、口を閉じた。
私も聞けなかった。
今は、無理に思い出させちゃダメだ。
クロエ:「それからは……覚えてない」
唯:「……次に気づいた時は?」
クロエ:「森」
クロエが自分の手を見る。
クロエ:「私……死んだと思ってた」
クロエ:「でも、気づいたら森を歩いてた」
クロエ:「どこに行けばいいのかも……分からなかった」
そして。
クロエ:「……お腹が空いてた」
指先が、自分の牙に触れる。
クロエ:「すごく……空いてて」
クロエ:「人がいて……」
クロエの表情が曇った。
クロエ:「気づいたら、飛びついてた。首に噛みついて……」
クロエ:「血を……吸っちゃった」
クロエ:「最初は……なんで!? って思った」
クロエ:「私、そんなことしたくないのに……」
膝を抱く腕に力が入る。
クロエ:「でも……お腹が空くたびに」
クロエ:「聞こえるの」
唯:「……何が?」
クロエ:「襲えって」
背筋が冷えた。
クロエ:「血を飲め」
クロエ:「襲え……襲えって……」
エマ:「誰かの声?」
クロエ:「……分からない」
首を横に振る。
クロエ:「耳から聞こえるんじゃない」
クロエ:「頭の中なのか……身体の中なのか……分からない」
そして、目元を袖で拭った。涙は落ちなかった。
クロエ:「……こわかった」
ヴィオラの言葉が頭をよぎる。
あれほど飢えたヴァンパイアなら、普通は途中で止まれない。
なのにクロエは止めた。冒険者を殺さなかった。
森でもエマから離れようとした。
私の血を差し出した時だって、最後まで「止まれなくなる」と拒んだ。
(この子……)
人を襲いたかったんじゃない。
むしろ逆だ。
**人を殺さないために、ずっと一人で自分と戦ってたんだ。**
唯:「……クロエ」
クロエ:「?」
唯:「今、お腹空いてる?」
クロエ:「…………」
クロエが自分のお腹に手を当てた。
不思議そうに首を傾げる。
クロエ:「……空いてない」
唯:「そっか」
クロエ:「こんなの……久しぶり」
唯:「そんなに?」
クロエ:「……うん」
そして。じーっと私を見る。
唯:「……なに?」
クロエ:「唯の血……変」
唯:「キャピ!?」
そこは私も否定できない!
何しろ半分人間だった子を、完全なヴァンパイアに変えちゃったし!
しかも、謎の《眷属》まで消えた。
何が起きたのか。
まだ私にも分からない。
ただ――。
クロエの赤い瞳から、あの飢えた光は消えていた。
代わりに浮かんでいるのは。
戸惑いと。ほんの少しの安心。
この時の私は、まだ知らなかった。
私がクロエに飲ませた血が。
彼女の身体だけじゃなく――。
**遠く離れた場所にいる“何か”との繋がりまで、壊してしまったことを。**
# 第48話 私の血で、知らない吸血鬼を進化させちゃいました!? 完




