第49話 「助けたヴァンパイア、冒険者デビュー」
# 第49話 助けたヴァンパイア、冒険者デビュー
――どこか遠く離れた場所。
薄暗い部屋で、男が不意に目を開いた。
?????:「……ん?」
違和感。
自分から伸びる無数の繋がり。その一つが――消えた。
?????:「誰かが……私の眷属契約を解除した?」
男の表情が止まる。
?????:「……ありえない」
眷属が死んだのではない。
契約そのものが、何者かによって外側から破壊された。
?????:「私より上位の血……」
眷属契約は血によって結ばれる。
それを強引に解除できるとすれば――。
?????:「真祖ヴァンパイア……
あるいは、それに準ずる存在が解除したのか?」
男の目が鋭く細められる。
?????:「誰だ……誰が解除した?」
どの眷属との繋がりが消えたのかまでは分からない。
だが、問題はそこではない。
自分の血を上回る何かが、どこかにいる。
?????:「……調査する必要があるな」
◇
――王都、王城。
国政の中枢にある宰相執務室。
宰相:「……《影衆》の頭を呼べ」
しばらくして、黒装束の男が音もなく現れ、片膝をついた。
影衆頭:「お呼びでしょうか」
宰相:「この国で最近、頭角を現しつつある冒険者を洗い出せ。それに準ずる者もだ」
影衆頭:「範囲は?」
宰相:「王国全土。突然現れた強者、急激に力を伸ばした者、正体不明の存在――
異変、異常、変化。どれほど些細なものでも構わん」
影衆頭:「承知いたしました」
宰相:「ただし、冒険者ギルドには決して悟られるな」
影衆頭:「御意。仰せのままに」
次の瞬間、影衆頭の姿は消えていた。
宰相:「さて……調査報告を待つとしよう」
男の口元が僅かに歪む。
宰相:「上位存在の血が採取できれば……因子研究も、さらに進むかもしれんな」
王国の中枢で。 唯たちの知らないところで――何かが静かに動き始めていた。
◇
――翌朝。
クロエ:「……おはよう」
唯:「…………」
クロエ:「?」
唯:「キャピ!?」
エマ:「唯、朝からうるさいよ……」
そうだった。
昨日、森でヴァンパイアの女の子を拾ったんだった。
血を吸われて、なぜか種族まで変えちゃって、宿へ連れて帰った。
名前は――クロエ。
クロエ:「……私、出ていった方がいい?」
唯:「なんで!?」
クロエ:「私を見て驚いたから」
唯:「違う違う! 寝起きで一瞬忘れてただけ!」
クロエ:「……それもどうなの?」
唯:「朝から鋭い!」
◇
朝食のあと、まずクロエの服を買いに行くことになった。
森をさまよっていたせいで、今の服はあちこち破れている。
クロエ:「……でも、私、お金ない」
唯:「貸すよ?」
クロエ:「昨日の宿代も、払ってもらった」
唯:「それくらい気にしなくていいって」
クロエ:「気にする。借りたものは、ちゃんと返す」
エマ:「じゃあ、貸すってことにしよっか」
クロエ:「……うん。必ず返す」
真剣そのものだ。
◇
買った服は二着。
一着は素朴な村娘風の普段着。
もう一着は黒を基調にした冒険用の軽装。
動きやすいパンツに革のブーツ、腰ベルト、フード付きの上着。
唯:「おおー! クロエ、似合ってる!」
エマ:「うん。可愛いよ」
クロエ:「……そう?」
すん。無表情。
でも、ほんの少し胸を張った。
(喜んでる……!)
エマ:「洗い替えに、もう一着買う?」
クロエ:「いらない」
唯:「即答!?」
クロエ:「これ以上、借金を増やしたくない。夜に洗えばいい」
唯:「しっかりしてるなぁ……」
私たちの荷物も、今は冒険者ギルドの有料預かり所に置いている。
(家でもあれば、好きなだけ置けるんだけどなぁ)
まあ、今はまだ先の話だ。
◇
クロエ:「二人は、今日は何するの?」
唯:「冒険者ギルドに行くよ」
クロエ:「冒険者ギルド……」
ぴくっ。
エマ:「依頼を受けようと思ってるの」
クロエ:「……私も、ついて行っていい?」
唯:「もちろん!」
クロエ:「……いいの?」
唯:「ダメな理由ある?」
クロエ:「…………ない」
ほんの少し、表情が緩んだ。
唯:「あ! クロエも冒険者になる?」
クロエ:「……私が?」
唯:「うん!」
少し考えて――。
クロエ:「……なる!」
唯:「おおっ!」
クロエ:「たぶん私……少し憧れてた気がする」
エマ:「冒険者に?」
クロエ:「うん。村に、ときどき冒険者が来てた。外の話をしてくれて……私も聞いてた気がする」
そこで首を傾げる。
クロエ:「それ以上は……思い出せない」
唯:「それでもいいじゃん。今、なりたいんでしょ?」
クロエ:「……うん」
唯:「じゃあ、なろう!」
◇
冒険者ギルドは今日も大混雑。
なんとか受付までたどり着く。
フィーネ:「次の方――あれ? 唯さん?」
唯:「フィーネ!」
フィーネ:「今日はちゃんと依頼を受けに来たんですね」
唯:「ちゃんとって何!?」
フィーネ:「登録直後に三か月も消えた新人が何を言ってるんですか」
唯:「キャピ……」
何も言い返せない。
フィーネ:「そちらの方は?」
クロエ:「クロエです」
唯:「冒険者登録したいんだって」
フィーネ:「新規登録ですね。こちらへどうぞ」
名前、年齢、出身地。
覚えていない項目は空欄でもいいらしい。
そして――。
フィーネ:「種族は?」
唯:「――っ!」
まずい!!クロエはヴァンパイア!
唯:「クロエ、それは――」
クロエ:「人族です」
唯:「…………」
エマ:「…………」
フィーネ:「はい。人族、と」
さらさら。何事もなかったように記入された。
唯:「…………え?」
クロエ:「?」
唯:「今、息を吐くみたいに嘘ついたよね!?」
フィーネ:「唯さん、静かにしてください」
唯:「はい!」
反射で返事しちゃった!
◇
受付から離れたところでクロエに詰め寄る。
唯:「クロエ! ヴァンパイアって言っちゃうかと思ったよ!」
クロエ:「言わないよ」
唯:「なんで!?」
クロエ:「ヴァンパイアは嫌われてるからね!」
ふんすっ!なぜか得意げだ。
唯:「知ってたの!?」
クロエ:「昨日、街に入ってから分かった。人の視線と会話を見れば、だいたい分かる」
唯:「一日で!?」
頭いい!
私なんてガルドに『絶対にヴァンパイアって言うな』って教えてもらったのに!
唯:「私、人族って言う時めちゃくちゃ勇気いったのに……」
クロエ:「唯は嘘が下手そう」
唯:「なんで分かるの!?」
クロエ:「顔」
唯:「キャピ!?」
エマ:「ふふっ」
唯:「エマまで笑わないで!」
クロエは澄ました顔をしている。
でも、口元がほんのちょっと上がっていた。
(絶対ちょっと得意になってる!)
◇
フィーネ:「クロエさん、登録完了です」
新しい冒険者証が置かれた。
フィーネ:「本日から冒険者です。最初は低ランクの依頼からになりますので、無理はしないでくださいね」
クロエ:「……はい」
冒険者証を両手で受け取る。
表。裏。
もう一度、表。
唯:「嬉しい?」
クロエ:「……普通」
唯:「ほんとに?」
クロエ:「普通」
そう言いながら、大事そうに胸元へしまった。
私とエマは顔を見合わせる。
唯:「ふふっ」
エマ:「ふふっ」
クロエ:「……なに?」
エマ・唯:「なんでもなーい!」
クロエ:「……変な二人」
唯:「じゃあ、依頼見に行こっか!」
エマ:「うん」
クロエ:「……私は?」
唯:「え?」
クロエ:「私も……一緒に見ていいの?」
何を当たり前のことを。
唯:「三人で見るんじゃないの?」
クロエ:「…………」
一瞬だけ、クロエが止まる。
クロエ:「……うん」
小さく頷いて、私とエマの隣へ並んだ。
昨日出会ったばかり。
仲間になろうなんて話もしていない。
いつまで一緒にいるのかだって、決めていない。
それなのに、この時にはもう――。
**誰もクロエを置いていくなんて、考えていなかった。**
# 第49話 助けたヴァンパイア、冒険者デビュー 完




