第47話 「腹ペコ美少女に血を吸われたら、なんか変な扉が開きそう……!」
第47話 腹ペコ美少女に血を吸われたら、なんか変な扉が開きそう……!
ヴィオラの家を出た私とエマは、そのまま森へ向かった。
三か月ぶりにノストへ帰ってきたと思ったら、今度はヴァンパイア探し。
我ながら忙しい。
エマ:「この辺りで、冒険者が襲われたんだよね?」
唯:「うん。首を噛まれて、血を吸われたって」
でも――死んではいない。
ヴィオラは、それを妙だと言っていた。
極度に飢えたヴァンパイアなら、血を前にして途中で止まる方が難しい。
それなのに、その吸血鬼は冒険者を殺さずに逃げた。
唯:「本当にいるのかなぁ」
エマ:「いるんじゃない? ヴィオラさん以外のヴァンパイア」
唯:「できればヴィオラみたいなタイプじゃありませんように……」
いきなり眷属にしようとしてこない人がいい。
いや。
そもそも普通のヴァンパイアってどんなの?
そんなことを考えながら、《振動感知》を広げる。
龍の里へ行く前なら、こういう時は一つの能力に頼っていた。
今は違う。
《振動感知》で動きを拾い、《弱点感知》で生き物の気配を探す。
魔力は《魔力制御》で必要な分だけ流す。
……ガリアに三か月も吹っ飛ばされた成果である。
◇
森へ入ってしばらく。
最初に見つけたのは――血だった。
エマ:「唯」
唯:「うん」
草の葉に、乾きかけた赤黒い染みがついている。
一滴。少し離れて、もう一滴。
その先には、小型の魔物が倒れていた。
唯:「……死んでる」
首元には、小さな穴が二つ。
血が抜かれている。
エマ:「ヴァンパイアかな」
唯:「たぶん」
さらに進む。また血痕。
また別の魔物。
でも、おかしい。
片っ端から襲っているわけじゃない。
痕跡はまばらで、魔物の死骸も少ない。
まるで――。
唯:「……必要な時だけ?」
エマ:「え?」
唯:「ううん。行こう」
奥へ進むにつれ、血痕が新しくなっていく。
そして。《振動感知》に引っかかった。
唯:「……いる」
エマ:「どっち?」
唯:「あっち。動いてる……いや、ほとんど動いてない」
二人で足音を殺して近づく。
木々の隙間。
大きな木の根元に――誰かがいた。
女の子だ。
私たちと、それほど歳は変わらないように見える。
銀色の髪は汚れ、服もあちこち破れていた。
頬は痩せ、唇は乾ききっている。
木にもたれていなければ、立っていることすらできなさそうだった。
唯:「……女の子?」
私の声に反応して、ゆっくり顔が上がる。
赤い瞳。そして唇の隙間から見えた、小さな牙。
エマ:「……ヴァンパイア」
見つけた。
たぶん、この子だ。
銀髪の少女は、ぼんやりと私たちを見た。
次の瞬間。その視線が――エマで止まった。
少女:「…………血」
エマ:「え?」
赤い瞳が、エマの首筋を見つめている。
少女:「血……」
少女の呼吸が荒くなる。
牙が覗く。一歩。
ふらつきながら、エマへ近づいた。
唯:「エマ、下がって」
私が前へ出る。
その瞬間――。
少女:「……っ!」
少女が、自分から後ろへ飛び退いた。
いや。飛び退こうとして、転んだ。
少女:「来ないで……」
唯:「え?」
少女:「お願い……近づかないで……!」
自分の腕を強く掴んでいる。
爪が食い込み、血が滲むほどに。
少女:「血……欲しい……」
赤い瞳が揺れる。
少女:「でも……だめ……」
ヴィオラの言葉を思い出した。
――そこまで衰弱したヴァンパイアなら、普通は血を前にして止まれない。
この子。止めてる。こんなにボロボロなのに。
自分から私たちを遠ざけようとしてる。
唯:「ねえ。あなた――」
少女:「逃げて……!」
その瞬間。少女の姿が消えた。
唯:「っ!」
速い!
反射的にエマの前へ出る。
銀髪が視界を横切り、爪が迫った。
腕で受け流す。
少女:「血……!」
唯:「ちょ、ちょっと落ち着いて!」
もう一撃。鋭い。
動きだけなら、かなり速い。
だけど――。
唯:「……遅くなった?」
二撃。
三撃。
攻撃するたびに速度が落ちていく。
呼吸も荒い。足元もふらついている。
弱いんじゃない。
身体が、もう動かないんだ。
少女:「血……血……!」
それでも少女はエマへ向かおうとする。
唯:「そっちはダメ!」
進路を塞ぐ。少女が方向を変え――。
私の首筋を見た。
唯:「え」
少女:「…………!」
襲ってくる。そう思った。
でも。少女は歯を食いしばって止まった。
少女:「……だめ」
震える声。
少女:「殺したく……ない……」
そして――。
糸が切れたように倒れた。
唯:「危ない!」
慌てて身体を受け止める。
軽い。びっくりするくらい軽かった。
エマ:「唯! その子は!?」
唯:「待って。《鑑定》!」
――――――――――
名前:《クロエ》
種族:《半人半ヴァンパイア》
状態:
《極度の飢餓》
《衰弱》
特殊状態:
《■■■■■の眷属》
――――――――――
唯:「……半人半ヴァンパイア?」
そんな種族、初めて見た。
それに。
唯:「《眷属》……?」
エマ:「分かるの?」
唯:「ううん。詳細までは出てない」
でも今は、それより。
《極度の飢餓》。
《衰弱》。
少女の顔色は真っ青だ。
呼吸も浅い。
エマ:「このままだと……」
唯:「うん」
血が必要なんだ。だったら――。
エマを見る。
エマ:「私の血を――」
唯:「ダメ」
即答した。
エマ:「え?」
唯:「エマは人間でしょ。止まれなくなったら危ないよ」
エマ:「じゃあ、どうするの?」
唯:「私がいるじゃん」
エマ:「……唯?」
自分の首筋を指差す。
唯:「私の血、飲ませる」
エマ:「ええっ!?」
大丈夫。たぶん。
私、《ヴァンパイアで龍種》だし。
頑丈さには結構自信がある。
エマ:「本当に大丈夫なの?」
唯:「この子を放っておく方が無理!」
少女の身体を起こす。
唯:「ねえ。聞こえる?」
少女:「……う……」
唯:「血、飲める?」
赤い瞳が薄く開く。
そして私の首筋を見た瞬間――大きく揺れた。
少女:「……だめ」
唯:「え?」
少女:「止まれなく……なる……」
こんな状態でも。
まだ私の心配してるの?
唯:「大丈夫だから!」
少女:「でも……」
唯:「死なれる方が困る!」
髪を持ち上げて、首筋を出す。
唯:「ほら!」
エマ:「唯、思い切りよすぎない!?」
唯:「キャピ!?」
言われてみればそうかもしれない。
でも、もう出しちゃったし!
少女:「…………」
少女が震えながら近づく。
吐息が首に触れた。
唯:「ひゃっ」
……くすぐったい。
次の瞬間。ちくっ。
唯:「んっ!?」
牙が刺さった。そして――。
ごくっ。
ごくっ。
唯:「…んっ………」
首筋から血が吸い出されていく。
どくん。どくん。ぴくっ
心臓が妙に大きく聞こえる。
(う、うわ……)
これが――。
(吸われる側……!)
いつも自分がやってたことなのに。
反対になると、なんか全然違う!
ごくっ。
ごくっ。
唯:「ちょ、ちょっと……これ……」
エマ:「唯!? 痛いの!?」
唯:「痛くはないんだけど!」
むしろ。
身体の奥から何かを引っ張られていくような。
力が抜けるような。
変な感じ。
(な、なんか変な扉が開きそう……!)
ドキ。ドキ。
唯:「キャ、キャピ……!」
エマ:「唯、顔赤いよ!?」
唯:「これは違うの!」
何が違うのか、自分でも分からない。
ただ。
さっきまで死にそうだった少女の頬に、少しずつ血色が戻っていく。
なら――まあ、いいか。
ごくん。
もう一度、少女の喉が動いた。
その瞬間。
私の血が少女の中で――。
何かに触れた。
第47話 腹ペコ美少女に血を吸われたら、なんか変な扉が開きそう……!




