第46話 「危険な吸血鬼は友達が欲しいみたいです。」
# 第46話 危険な吸血鬼は友達が欲しいみたいです。
吸血鬼が出た。
ガルドからそう聞いて、真っ先に思い浮かんだ人物がいる。
唯:「……ヴィオラに聞いてみよっか」
エマ:「うん。吸血鬼のことなら、私たちより詳しそう」
初依頼で出会った、謎の吸血鬼。
私を眷属にしようとして、ついでにエマまで欲しがった危険な美女。
ちょっと会うの怖いけど。
話を聞くなら、たぶんヴィオラが一番だ。
◇
ノストを出て、森の中へ。
以前、出会った場所まで来た……はずなんだけど。
唯:「……いないよ?」
エマ:「この辺りだよね?」
木。
木。
木。
どこを見ても森。
家なんて影も形もない。
唯:「道、間違えた?」
エマ:「でも、場所は合ってると思うよ」
その時。
ヴィオラ:「ふふっ♡」
唯:「キャピ!?」
突然、背後から声がした。
振り返る。誰もいない。
代わりに目の前の景色が、ゆらりと揺れた。
木々が歪み、道が現れ――。
その先に一軒の家が姿を現す。
唯:「……家、生えた」
ヴィオラ:「失礼ね。最初からあったわよ」
家の前にヴィオラが立っていた。
相変わらず綺麗で、相変わらず楽しそうな笑顔。
ヴィオラ:「また会いに来てくれたの?」
ヴィオラが嬉しそうにこちらへ近づく。
ヴィオラ:「もう来ないかと思ったわ」
唯:「ちょっと龍の里に行ってて」
ヴィオラ:「龍の里?」
ヴィオラが一瞬だけ考える。
ヴィオラ:「……ああ。あの龍王ね」
唯:「知り合い?」
ヴィオラ:「少しだけね♡」
絶対、少しだけじゃない顔をしてる。
そういえば、前に会った時もガリアが現れた途端、ヴィオラは引いていった。
ヴィオラ:「三か月も一緒にいたの?」
唯:「うん。エマの治療とか、私の修行とか」
ヴィオラ:「ふぅん……」
ヴィオラが唯を見る。
上から下まで。
じーっと。
唯:「なに?」
ヴィオラ:「変わったわね」
唯:「分かる?」
ヴィオラ:「ええ。前より吸血鬼の気配は薄くなってるのに……存在そのものは、ずっと濃くなってる」
今度はエマへ視線が移る。
ヴィオラ:「そっちのお嬢さんも」
エマ:「私も?」
ヴィオラ:「魔力の流れが別人みたい」
エマ:「三か月、修行しましたから」
ヴィオラ:「へぇ……♡」
なんだろう。この顔。
嫌な予感がする。
ヴィオラ:「そういえば前は、龍王に邪魔されちゃったのよね」
唯:「……何を?」
ヴィオラ:「決まってるじゃない♡」
ヴィオラの赤い瞳が細くなる。
ヴィオラ:「今回は、私の眷属になりに来てくれたんでしょう?」
唯:「違うよ!?」
その瞬間。景色が歪んだ。
唯:「っ!」
来た!前にもやられた幻術!
反射的に身構える。
ヴィオラの姿が増える。
一人。
二人。
三人――。
エマ:「唯、大丈夫だよ!」
唯:「え?」
エマが私の前へ出た。
エマ:「――《魔力布結界》」
細い魔力の糸が広がる。
縦に。
横に。
何重にも。
エマを中心に編み上げられた魔力が、私たちを布のように包み込む。
そして――。パキン。
ヴィオラの姿が砕けた。
歪んでいた森が、一瞬で元に戻る。
ヴィオラ:「…………えっ?」
ヴィオラが固まっていた。
ヴィオラ:「……私の幻術が、解かれたの?」
エマ:「はい」
エマが私の隣で微笑む。
エマ:「もう大丈夫だよ、唯」
唯:「エマすごっ!」
三か月前は、何をされたのかすら分からなかった。
気づいた時にはヴィオラの術中。
それが今は、一瞬。
ヴィオラ:「…………」
ヴィオラがエマを見る。
私を見る。またエマを見る。
口元が、ゆっくり吊り上がった。
ヴィオラ:「……素敵」
ぞくり。ほんの一瞬だけ。
楽しそうな笑顔の奥に、別の何かが見えた。
ヴィオラ:「ますます欲しくなっちゃった♡ 二人とも」
唯:「怖い怖い怖い!」
エマ:「お断りします」
ヴィオラ:「残念♡」
唯:「ヴィオラ!」
ヴィオラ:「なあに?」
唯:「じゃあ、もう来ないからね!」
ヴィオラ:「…………え?」
笑顔が止まった。
唯:「会うたびに眷属にされそうになるんだもん!
私もエマも誰のものにもならないから!」
ヴィオラ:「…………」
ヴィオラが黙る。
さっきまでの危険な雰囲気が消えていく。
ヴィオラ:「……それは困るわ」
唯:「だったら眷属にしようとするのやめてよ!」
ヴィオラ:「でも、あなたたちを私の眷属にすれば安全なのよ?」
唯:「安全?」
ヴィオラの表情が少しだけ真面目になる。
ヴィオラ:「唯。あなた、自分が吸血鬼に近い存在だって自覚はある?」
唯:「まあ……今はちょっと違うみたいだけど」
ヴィオラ:「それが余計に面倒なの」
唯:「え?」
ヴィオラ:「ヴァンパイアにはね、古さや血筋を気にする者が多いの」
ヴィオラは軽い口調のまま続ける。
ヴィオラ:「そこへ突然、どこの血筋かも分からない、妙に強い子が現れたら…
…みんなが笑顔で歓迎してくれるとは限らないわ」
唯:「……ヴァンパイア界って、もしかして新参者に厳しいの?」
ヴィオラ:「そうねぇ……」
少し考えて。
ヴィオラ:「新しく越してきたご近所さんの大半は
真っ赤に染まったお花畑ができちゃうわね♡」
唯:「めちゃくちゃオブラートに包んだね!?」
ヴィオラ:「ふふっ♡」
笑ってるけど。
たぶん、その赤って花の色じゃない...
ヴィオラ:「あなたたちが知らないところで目をつけられて、いじめられて――」
一瞬。ヴィオラの赤い瞳から笑みが消えた。
ヴィオラ:「殺されちゃったら、嫌だもの」
唯:「…………」
ヴィオラ:「私の眷属なら、そう簡単には手を出されないわ」
だから欲しがってたの?
唯:「……それ、最初に言ってよ」
ヴィオラ:「もちろん、二人が欲しいのも本当よ♡」
唯:「やっぱ危険じゃん!」
エマ:「唯。この人は信用しすぎたら駄目」
ヴィオラ:「ひどいわねぇ」
唯:「じゃあ眷属はなし!」
ヴィオラ:「……分かったわ」
唯:「え?」
意外。もっと粘ると思った。
ヴィオラ:「もう眷属になれって言わないから……」
ヴィオラが少しだけ視線を逸らす。
ヴィオラ:「たまに、ここへ遊びに来てくれない?」
唯:「遊びに?」
ヴィオラ:「ええ」
森の奥。誰にも見えない家。
ここでヴィオラは、ずっと一人で暮らしている。
ヴィオラ:「できれば……お友達として」
唯:「…………」
この人。もしかして友達の作り方、めちゃくちゃ下手なのでは?
唯:「友達くらいなら――」
エマ:「唯」
唯:「……とりあえず保留で!」
ヴィオラ:「そんなぁ……」
◇
唯:「あ! そうじゃなくて!」
完全に目的を忘れるところだった。
唯:「ヴァンパイアのことを聞きに来たの!」
ヴィオラ:「ヴァンパイア?」
ガルドから聞いた話を説明する。
若い女のヴァンパイア。
冒険者を襲って血を吸った。
でも殺さず、途中で逃げた。
しかも襲った本人がかなり衰弱している様に見えたらしい
ヴィオラが首を傾げる。
ヴィオラ:「……妙ね」
エマ:「やっぱりですか?」
ヴィオラ:「ええ。そこまで衰弱したヴァンパイアなら、普通は血を前にして止まれないわ」
唯:「止まれない?」
ヴィオラ:「飢えていればいるほど、吸血の衝動は強くなるもの。
冒険者を襲えるほど追い詰められていたなら――」
ヴィオラが自分の唇に指を添える。
ヴィオラ:「普通なら、そのまま吸い尽くして殺しちゃうわね♡」
唯:「さらっと怖いこと言った!」
ヴィオラ:「でも、その子は途中でやめて逃げたんでしょう?」
エマ:「はい。冒険者の傷も、命に関わるほどではなかったそうです」
ヴィオラ:「だったら変ね。血が足りなくて衰弱しているのに、
自分から食事を途中でやめたことになるもの」
唯:「……我慢したってこと?」
ヴィオラ:「たぶんね」
ヴィオラの赤い瞳が、わずかに細くなる。
ヴィオラ:「よっぽど人を殺したくないのか――
それとも、まだ吸血鬼として生きることを受け入れられていないのか」
唯:「…………」
ヴィオラ:「実際に会ってみないと分からないけど。少なくとも、
嬉々として人を襲っている子には聞こえないわね」
唯:「探してみようか」
エマ:「うん」
◇
帰ろうとして、ふと気になった。
唯:「ところでヴィオラって、ヴァンパイア事情に詳しいよね」
ヴィオラ:「そう?」
唯:「結構、ヴァンパイア界では偉い人なの?」
ヴィオラ:「…………」
一瞬だけ間があった。 そして。
ヴィオラ:「さぁ~、どうでしょう♡」
唯:「教えてよ!」
ヴィオラ:「次はちゃんと私のお家に遊びに来たら、教えてあげる」
唯:「ここに?」
ヴィオラ:「ええ♡ その時は、百年もののワインも開けましょ♡」
唯:「百年もの……!」
エマ:「唯」
唯:「…………」
エマ:「唯?」
唯:「……友達は保留だからね!」
ヴィオラ:「ふふっ。待ってるわ♡」
危険な吸血鬼との友達関係は――。
とりあえず、まだ保留です。
第46話 危険な吸血鬼は友達が欲しいみたいです。 完




