第44話 「龍になったので、嫁を背中に乗せて帰ります」
# 第44話 龍になったので、嫁を背中に乗せて帰ります
温泉から上がった翌朝。
三か月暮らした部屋で、私とエマは荷物をまとめていた。
エマ:「忘れ物ない?」
唯:「大丈夫! たぶん!」
荷物はそれほど増えていない。
なのに部屋を見回すと、少し寂しかった。
三か月。
私はガリアに吹っ飛ばされながら修行して、熊にリベンジした。
エマはルクレシアと修行して、自分の力で魅了を消した。
そして血判を結び――私は《ルナブラッドラゴン》になった。
唯:「……濃かったなぁ」
エマ:「うん」
エマも部屋を見回して、小さく笑う。
今日――私たちは龍の里を出る。
◇
ルクレシア:「本当に、もう行くのね」
エマ:「はい。三か月間、本当にありがとうございました」
里の入り口。
ルクレシアも少し寂しそうだった。
ルクレシア:「私は方法を教えただけ。《魔力布結界》を考えて、最後までやり遂げたのはエマよ」
エマ:「でも、私一人だったら……」
ルクレシア:「できたわ」
即答だった。
ルクレシア:「だから、もっと自信を持ちなさい。《月龍巫女》さん」
エマ:「……はい!」
二人が抱き合う。
ルクレシア:「また来なさい」
エマ:「絶対、来ます」
……いいなぁ。
ちゃんと師弟っぽい。
私もガリアと感動的な別れを――。
ガリア:「唯! 最後に一戦やっていくか!」
唯:「やらない!」
ガリア:「なんじゃ、つまらんのー」
唯:「帰る日に吹っ飛ばされたくないの!」
結局、三か月修行しても。
私は一度もガリアにまともな一撃を入れられなかった。
唯:「……次に来た時は、絶対一発入れるから」
ガリア:「ガハハハハハ! 言ったな!」
ガリアが私の頭をぐしゃぐしゃ撫でる。
ガリア:「なら宿題じゃ。次に来るまでに、もっと強くなれ!」
唯:「うん!」
最後までガリアはガリアだった。
◇
ガリア:「それと唯。手を出せ」
唯:「ん?」
右手を差し出す。
ガリアの指先が手の甲に触れた瞬間、熱い魔力が流れ込んだ。
唯:「キャピ!?」
一瞬だけ龍を象った紋様が浮かび、溶けるように消えていく。
ガリア:「《龍王の紋章》じゃ。ワシの魔力を残した」
唯:「龍王の紋章……」
見えない。
でも意識を向けると、確かにガリアの魔力を感じる。
ガリア:「本当にどうにもならん時だけ、そこへ魔力を流せ。ワシに届く」
唯:「……呼んだら来てくれるの?」
ガリア:「飛んでいってやる!」
唯:「ガリア……」
ちょっと感動する。
ガリア:「まあ、距離によっては時間がかかるがの!」
唯:「そこは瞬間移動じゃないんだ」
ガリア:「無茶を言うな!」
バンッと肩を叩かれる。
ガリア:「その時は酒でも奢れ!」
唯:「高いやつ?」
ガリア:「当然じゃ!」
唯:「キャピ……」
助け代、高そう。
◇
ガリア:「――そうじゃ。エマ。お前にもある」
エマ:「私にも?」
ガリアが取り出したのは、一本の古い杖だった。
細身で派手な装飾はない。
けれど丁寧に手入れされ、先端には淡い光を宿す魔石が埋め込まれている。
エマ:「……綺麗」
ガリア:「昔、ワシの友が使っておった杖じゃ。人族の龍巫女でな」
エマ:「人族の……龍巫女」
ガリア:「もう随分前に死んでしもうたがな」
いつもの口調。
だけど、杖を見る目だけは少し優しかった。
ルクレシア:「結界術に関しては、歴代の龍巫女でも一番と言われていた人よ」
エマ:「一番……」
エマが杖を見つめる。
三か月間、ずっと向き合ってきた結界術。
自分で生み出した《魔力布結界》。
ガリア:「ルクレシアから聞いたぞ。お前、自分で新しい結界術を作ったそうじゃな」
エマ:「……はい」
ガリア:「なら、こいつを使ってみろ」
エマ:「でも……そんな大切な形見、私には」
ガリア:「だから、お前に渡すんじゃ」
ガリアが杖を差し出す。
ガリア:「ずっとワシが持っておった。じゃが、飾っておくために残したわけではない」
その声は、いつもより少しだけ静かだった。
ガリア:「結界を張る者の手にある方が、こいつも喜ぶじゃろ」
エマ:「…………」
エマは両手を伸ばし、本当に大切なものを預かるように杖を受け取った。
エマ:「……大切に使います」
ガリア:「大切にするだけでは駄目じゃ! 使い倒せ!」
唯:「言うと思った!」
ルクレシア:「ふふっ」
エマが杖を握る。
先端の魔石が、ほんのりと光った。
エマ:「……あったかい」
ルクレシア:「相性も良さそうね」
ガリアの亡き友。人族の龍巫女。
歴代でも随一の結界術師が使っていた杖。
それ以上のことを、私たちは聞かなかった。
◇
ルクレシア:「それから――最後に、これは二人へ」
唯:「私たちに?」
差し出されたのは、綺麗な組み紐。
その中央に、直径五センチほどの深紅の球体が包まれている。
継ぎ目一つない透き通った魔石。
内部では赤い魔力が、炎のようにゆっくり揺らめいていた。
唯:「……綺麗」
エマ:「ほんとだ……」
ルクレシア:「組み紐は私が編んだの。石を選んだのはガリアよ」
ガリア:「血判の祝いと、修行を終えた餞別じゃ!」
ガリアが私とエマを見る。
ガリア:「唯は龍の縁者となり、エマは《月龍巫女》となった。二人がここで過ごした証じゃ。持っていけ!」
エマ:「二人の……」
目が合う。
そう言われると、急にものすごく大切なものに思えてきた。
唯:「ところで、これ何の魔石?」
ガリア:「知らん!」
唯:「えっ」
エマ:「えっ」
ガリア:「ガハハハハハ!」
唯:「そこ一番大事じゃない!?」
……またそれ!?
とりあえず《鑑定》。
―――――――――
《■■■■■の魔石》
現在の《鑑定》では、
詳細を確認できません。
――――――――――
唯:「……本当に分かんない」
ルクレシア:「ずっと昔から里にある魔石なの。強い魔力を蓄えていること以外、詳しいことは分かってないわ」
正体不明。
何に使うのかも分からない。
だけど――。
ルクレシアが編んでくれた組み紐。
ガリアが私たちのために選んでくれた石。
三か月過ごした、この里からの贈り物だ。
唯:「……エマ。大事にしよう」
エマ:「うん。二人でね」
受け取って、腰のベルトに括りつける。
深紅の球体が、ころんと揺れた。
◇
いよいよ里を出ようとして。
重大な問題に気づいた。
唯:「……どうやって帰るの?」
エマ:「あ」
来た時はガリアの背中に乗せてもらった。
二人揃ってガリアを見る。
ガリア:「何を言っとる。自分で飛べばよかろう」
唯:「……はい?」
ガリア:「お前、龍じゃぞ」
唯:「…………」
そうだった。
唯:「いやいや! 今、人なんだけど!」
ガリア:「《龍化》してみろ」
意識を自分の奥へ向ける。
進化してから感じていた、新しい力。
それを身体の外へ引っ張り出すように――。
唯:「《龍化》!」
魔力が全身を包む。
唯:「キャピィィィ!?」
エマ:「唯!?」
視界が一気に高くなった。
爪。尻尾。大きな翼。
黒を基調に、月光のような淡い銀色を帯びた鱗。
ガリアほど巨大じゃない。
それでも、人一人を背中に乗せるには十分な大きさだった。
唯:「キャ、キャピ……?」
……あれ?喋れない。
龍になったら、またキャピしか言えないの!?
エマ:「唯……かっこいい」
唯:「キャピ!」
もっと言って!
ガリア:「ほれ! 嫁を乗せろ!」
唯:「キャピ!?」
エマ:「……嫁」
顔を赤くしながらも、エマは少し嬉しそうだった。
身体を低くすると、エマが背中に乗る。
首元に腕が回った。
エマ:「よろしくね、唯」
唯:「キャピ!」
翼を広げる。怖い。
でも――。
三か月前。
私はガリアの背中に乗せてもらって、この里へ来た。
今は、私の背中にエマがいる。
ガリア:「飛べ、唯!」
地面を蹴った。
唯:「キャピィィィィィ!!」
身体が盛大に傾く。
エマ:「唯ぃぃぃ!?」
ガリア:「ガハハハハハ! 下手くそじゃのう!」
コウモリとは飛び方が少し違う。
翼を動かす。
一度。二度。三度。
少しずつ風を掴み――身体が安定する。
そして。飛んだ。
エマ:「……すごい」
高度を上げる。
龍の里が、少しずつ小さくなっていく。
ガリア。
ルクレシア。
レグルス。
里のみんなが、下から手を振っていた。
ガリア:「また来いよ、唯! エマ!」
エマ:「はい! 絶対に!」
唯:「キャピィィィ!」
また来る。絶対に。
三か月前。
ここへ来た時は、ガリアに運んでもらった。
帰る今日は――自分の翼で飛んでいる。
大切な人を、背中に乗せて。
エマを乗せて飛べることが嬉しかった。
目指すのは――三か月ぶりのノスト。
私たちは、自分たちの場所へ向かって飛び始めた。
# 第44話 龍になったので、嫁を背中に乗せて帰ります 完




