閑話3 「異世界温泉、2人だけの世界」
## 閑話3 異世界温泉、2人だけの世界
――熱い。
身体の奥が、ずっと熱い。
お酒のせい?たぶんそう。
だって私、昨日ガリアの血が入った《龍殺し》を一気飲みして――。
そこから先。
まったく覚えてない。
◇
三日三晩続いた宴が、ようやく終わろうとしていた深夜。
龍の里の広場では、私とエマを含め、大勢の龍族と巫女達が酔いつぶれていた。
その片隅で――。
私の身体だけが、淡い銀色の光に包まれていた。
レグルス:「……龍王様。唯殿が光っています」
ガリア:「さっきから光っとるだけじゃろ」
レグルス:「普通、寝ながら光りません」
ガリア:「唯じゃぞ?」
レグルス:「それで納得しないでください」
ルクレシアが唯のそばにしゃがみ込み、魔力を探る。
ルクレシア:「……唯の魔力そのものが変わってる」
月のように静かな魔力。
その奥で脈打つ、龍の魔力。
二つの力が反発することなく、混ざり溶け込んでいく。
ガリア:「ほう……ワシの血が最後の一押しになったか」
銀色の光に、深い赤が混ざる。
――ドクン。
誰にも聞こえない声が、眠っている私の意識に響いた。
《特殊進化条件を達成しました》
《個体Lv:40/40《MAX》を確認》
《月因子――適合》
《龍因子――適合》
《存在情報を再構築します》
《ヴァンパイアドラ》
↓
《ルナブラッドラゴン》
《存在進化を開始します》
銀と赤の光が弾けた。
ルクレシア:「っ!」
光の中心で、私の身体がふわりと浮かぶ。
唯:「すぅ…びぃ…」
レグルス:「……寝ていますね」
ガリア:「ガハハハハハ! 寝ながら進化しおったわ!」
騒ぎで目覚めた龍族たちから歓声が上がる。
龍族:「進化じゃと!?」
龍族:「めでたい!」
龍族:「進化祝いじゃあああ!」
レグルス:「宴を延長しないでください!」
《存在進化が完了しました》
《種族:《ルナブラッドラゴン》》
《個体Lv:1》
《新たな存在情報を登録しました》
当然。
唯:「すぅ……すぅ……」
本人だけは、何も知らなかった。
◇
唯:「…………うぅ」
頭痛い。喉乾いた。
朝、目を開けて最初に確認する。
唯:「……生きてる?」
よかった。
急性アルコールで死ななかった。
異世界で二度目の人生をもらって、死因がお酒とか絶対嫌だ。
エマ:「…み...ず……」
隣を見ると、エマも布団から顔だけ出していた。
唯:「エマも二日酔い?」
エマ:「……うん」
唯:「キャピ……」
なんとか身体を起こす。
そこで気づいた。
魔力が――違う。
前より静かなのに、ずっと深い。
唯:「……何これ。《鑑定》」
――――――――――
個体名:《唯》
種族:《ルナブラッドラゴン/龍魔人族》
個体Lv:1
特殊因子:
《月因子:12% → 20%》
《龍因子:3% → 40%》
《夢魔因子:5% → 6%》
状態:《二日酔い》
――――――――――
唯:「…………」
目をこする。
もう一回。
《種族:《ルナブラッドラゴン/龍魔人族》》
唯:「…………キャピ?」
エマ:「どうしたの?」
唯:「私、寝てる間に知らない生き物になった」
エマ:「え?」
唯:「しかもレベル1……私の三か月ぁぁぁ!」
エマ:「唯……頭に響く……」
唯:「ご、ごめん」
そこへ。
ガリア:「ガハハハハハ!」
扉が開いた。
ガリア:「起きたか、新種!」
唯:「新種って言うな!」
ガリア:「見事じゃったぞ! 寝ながらピカピカ光って進化しおった!」
唯:「で、これ何なの!? 《ルナブラッドラゴン》って!」
ガリア:「知らん!」
唯:「キャピ!?」
ガリアは私を眺め、指を三本立てる。
ガリア:「まあ、名前だけなら簡単じゃ。
月――ルナ。
血――ブラッド。
龍――ドラゴン」
唯:「うん」
ガリア:「月・龍・ヴァンパイア!」
唯:「おお……?」
ガリア:「簡単に言えば、ただの吸血ドラゴンじゃな!」
唯:「雑すぎるでしょ!?」
ガリア:「ガハハハハハ!」
エマ:「ふふっ」
唯:「エマまで笑わないで!」
ガリア:「コウモリから吸血ドラゴンへ大出世じゃ!」
唯:「もうちょっと神秘的な説明してよ!」
ガリア:「ない!」
唯:「キャピィ……」
新種になった感動が全部消えた。
◇
大量の水と朝食で復活したあと。
私とエマは二人で、龍の里の奥にある露天風呂へ向かった。
唯:「おおおお……!」
岩山を切り開いたような大きな湯船。
その向こうには山と森が広がり、さらに上空を何頭もの龍が悠々と飛んでいる。
肩まで浸かる。
唯:「はぁぁぁ……最高……」
エマ:「気持ちいいね」
聞こえるのは、お湯の流れる音と鳥の声。
あれだけ騒がしかった三日間が嘘みたいだ。
それからしばらくして
修行の日々を思い出す。
唯:「……三か月かぁ」
エマ:「うん」
唯:「長かったような、短かったような」
エマ:「私は長かったかな。毎日、結界壊してたから」
唯:「毎日ガリアに吹っ飛ばされてた」
エマ:「ふふっ」
お互い笑い合う。
少し沈黙しても、気まずくない。
エマが私の隣へ少しだけ寄ってきた。
エマ:「ねえ、唯」
唯:「ん?」
エマ:「昨日のこと、覚えてる?」
唯:「……告白?」
エマ:「うん」
唯:「忘れるわけないよ」
エマ:「キスも?」
唯:「…………覚えてる」
エマ:「そっか」
お湯の中で、指先に何かが触れた。
エマの手。
そのまま指が絡む。
エマ:「今は……魅了、ないんだよね」
唯:「うん」
エマ:「ゼロ?」
唯:「ゼロ」
エマ:「じゃあ――」
エマ:「これも、私がしたいからしてる」
唯:「…………キャピ」
エマ:「ふふっ」
唯:「それ、ずるいよ」
繋いだ手を握り返す。
顔が近づく。
唇が、ほんの少し触れた。
離れる。目が合う。
唯:「……もう一回、いい?」
エマ:「うん」
もう一度。
今度は少しだけ長く。
唇が離れても、距離はそのまま。
額を合わせる。
ずっと心のどこかにあった。
エマが私を好きなのは、私の魔力のせいなんじゃないか。
そんな小さな棘が――もうない。
エマが三か月かけて、自分で確かめてくれたから。
唯:「…エマ…好き」
エマ:「私も」
今だけは。
世界に二人しかいないみたいだった。
ガリア:「おっ?」
唯:「………!?…」
エマ:「………!?…」
入り口から聞き覚えのある声。
ガリア:「なんじゃなんじゃ! ワシらが来るまで待てんかったか!」
唯:「ち、違う!」
ガリアが豪快に笑いながら入ってくる。
その後ろにはルクレシア。
ガリア:「ガハハハハハ! さかっておったか!」
唯:「さかってない!!」
エマ:「~~~~っ!!」
エマが鼻の下までお湯に沈む。
唯:「ルクレシア! なんとか言って!」
ルクレシア:「ガリア、その言い方はやめなさい」
唯:「そうそう!」
ルクレシア:「せっかく唯とエマが二人きりの世界に入ってたのに」
唯:「そっち!?」
ルクレシア:「ふふっ」
裏切られた!
ガリア:「血判を結んで三日目から熱いのう!」
唯:「だから違うって!」
ガリア:「何が違うんじゃ?」
唯:「それは……」
エマを見る。
エマも唯を見る。
唯:「…………キャピ」
ガリア:「答えになっとらんわ! ガハハハハハ!」
◇
それから四人で湯船に浸かった。
ガリアは相変わらずうるさくて、ルクレシアはそれを笑いながら窘めている。
私は岩に背中を預け、空を見上げた。
青い空を龍が飛んでいく。
この景色を見るのも、あと少しか。
ルクレシア:「エマ」
エマ:「はい?」
ルクレシア:「帰ったら寂しくなるわね」
エマ:「……私もです」
三か月。
私はガリアに何度も吹っ飛ばされ、熊に勝てるようになった。
エマは自分の力で魅了を克服した。
血判を結んだ。
そして私は――。
唯:「……吸血ドラゴンになった」
ガリア:「ガハハハ! そうじゃ!」
唯:「そこ拾わなくていい!」
笑ったあと。
少しだけ、寂しくなる。
ガリア:「なんじゃ。帰るのが寂しくなったか?」
唯:「……ちょっとだけ」
ガリア:「なら、また来ればよい!」
唯:「簡単に言うね」
ガリア:「簡単じゃろ!」
ガリアが当たり前のように言った。
ガリア:「ここは逃げん!」
唯:「…………そっか」
また来ればいい。
この里も、いつの間にか。
私たちが帰ってきていい場所になっていた。
その時。
お湯の中でエマの手が、また私の手を握った。
ガリアたちがいるのに。
今度は隠そうともしない。
ガリア:「お?」
唯:「見るな!」
ガリア:「何も言っとらんぞ?」
唯:「顔が言ってる!」
ガリア:「ガハハハハハ!」
私はエマの手を握り返す。
魅了は、もうない。
それでも。
この手は、ここにある。
湯気の向こう。
一頭の龍が大きく翼を広げ、青空へ飛び立った。
私はその姿を見上げる。
そろそろ――。
私たちも、自分たちの場所へ帰ろう。
閑話3 異世界温泉、2人だけの世界 完




