第41話 「三か月かけて魅了を消したら、エマが倒れました」
# 第41話 三か月かけて魅了を消したら、エマが倒れました
私がガリアに吹き飛ばされ、森で魔物を狩り続けていた三か月。
当然――エマも遊んでいたわけじゃない。
むしろ。
私よりずっと、厄介なものと戦っていた。
◇
一か月目。
ルクレシア:「もっと薄く。自分の身体を包むように、魔力を広げて」
エマ:「はい……!」
龍の里にある、ルクレシアの修練場。
エマの身体を淡い魔力の膜が覆っていく。
目的は一つ。
エマの中に入り込んでいる――唯の魅了を隔離すること。
ルクレシア:「そのまま維持して。急いで押し出そうとしないで」
エマ:「はい……このまま……」
膜がゆっくりと内側へ。
自分の魔力。
唯から入り込んだ魅了。
その境界を探して――。
パリンッ!
エマ:「あっ!」
膜が砕け散った。
エマ:「……また」
ルクレシア:「焦らない。もう一度よ」
エマ:「はい!」
作る。
破れる。
作る。
また破れる。
原因は、エマの中にある唯の魅了だった。
長い間ずっと身体に馴染んでいたせいで、
単純に外から囲おうとしても、自分の魔力と絡み合って膜を崩してしまう。
十日。
二十日。
一か月。
それでもエマは、毎日同じことを繰り返した。
◇
二か月目。
ルクレシア:「今日はここまで!」
エマ:「……もう一回だけ」
ルクレシア:「駄目。立てないでしょう?」
エマ:「立て……ます」
ふらっ。
ルクレシア:「ほら!」
倒れかけたエマを、ルクレシアが抱き止める。
この頃になると、修行は《魔力制御》だけじゃなくなっていた。
結界術。
薬草の調合。
龍巫女が使う簡単な治癒術。
ついでに料理まで。
エマ:「ルクレシアさん。これ、塩どれくらいですか?」
ルクレシア:「適当」
エマ:「一番困る答えです!」
最初は先生と生徒だった二人も、いつの間にかずいぶん仲良くなっていた。
でも。
肝心の修行だけは――。
パリンッ!
エマ:「…………」
今日も膜が砕ける。
床に膝をついたエマは、しばらく動かなかった。
ルクレシア:「エマ?」
エマ:「……悔しい」
ぽつり。
目元から、一粒だけ涙が落ちた。
エマ:「唯は毎日、前より強くなってるのに……私、ずっと同じところで失敗してる」
ルクレシア:「三か月も経ってないでしょう」
エマ:「でも……」
エマが袖で目元を拭う。
ルクレシア:「一つ聞いていい?」
エマ:「……はい」
ルクレシア:「そこまでして、確かめたい?」
エマが顔を上げる。
ルクレシア:「このままでも唯を好きだと思えるなら、それで幸せという考え方だってあるわ」
少しの沈黙。
エマは自分の胸に手を当てた。
エマ:「……怖いです」
ルクレシア:「うん」
エマ:「魅了がなくなったら、唯を好きじゃなくなるかもしれない」
それはずっと、エマの中にもあった恐怖だった。
それでも。
エマ:「でも――分からないまま唯の隣にいる方が、もっと嫌です」
エマが顔を上げる。
エマ:「ちゃんと私の気持ちで、唯のことを好きって言いたいから」
ルクレシア:「……そう」
ルクレシアは少しだけ笑った。
ルクレシア:「なら、付き合うわ。分かるまで何度でも」
エマ:「……はい!」
◇
そして三か月目。
森の木々が、少しずつ色づき始めた頃。
ルクレシア:「今日の修行は終わりです。今晩の食材を取ってきてください。」
エマ:「わ、わかりました…」
今日も進歩できたのか、不安になる日々
焦ってもダメだと自分に言い聞かせながら、
里の配給所まで移動する。
途中で...
エマ:「なんだろ……」
エマが里を歩いていると、何人かの女性が軒先に集まっていた。
木製の機織り機。
縦に張られた糸の間を、別の糸が行ったり来たりしている。
一本なら、細い。
引っ張れば簡単に切れる。
でも。縦に。横に。
何本も重なっていくと――一枚の丈夫な布になる。
エマ:「…………糸?」
足が止まった。
今まで、自分は何をしていた?
魔力を薄く広げる。
一枚の膜にする。
それで唯の魅了を囲う。
でも、膜は破られる。
だったら。
エマ:「膜じゃなくて……」
一本で駄目なら。
何本も。重ねるだけでも駄目なら――。
エマ:「……織ればいい?」
次の瞬間。
エマは走り出していた。
◇
エマ:「ルクレシアさん!」
ルクレシア:「どうしたの!?」
エマ:「魔力って、糸にできますか!?」
ルクレシア:「……糸?」
ルクレシアが首を傾げる。
エマ:「細く、細く伸ばして……こう!」
エマが指先へ魔力を集める。
《魔力制御》
細く。もっと細く。
淡い光が、一本の糸のように伸びた。
ルクレシア:「……できてる」
エマ:「これを――」
もう一本。
さらに一本。
縦へ。
横へ。
交差させる。
一本では簡単に切れていた魔力が、互いを支える。
エマ:「ここも……こっちも……!」
ルクレシア:「待って。それ……」
魔力の糸が次々と編み込まれていく。
やがてエマの前に現れたのは――。
一枚の、淡く光る布。
ルクレシア:「…………」
エマ:「できた……?」
ルクレシア:「エマ」
エマ:「はい?」
ルクレシア:「あなた、もしかして天才?」
エマ:「えっ?」
その瞬間。
エマの身体の奥で、何かが馴染んだ。
エマ:「……あ」
今まで感覚だけだった魔力の糸が、急にはっきりと理解できる。
エマ:「これ……私、できる」
自分の魔力を糸へ。
糸を織り。一枚の結界へ。
エマが小さく息を吸う。
エマ:「《魔力布結界》」
淡い魔力の布が、今度はエマ自身の内側へ広がった。
一枚の膜じゃない。
無数の魔力糸が、縦横に支え合う。
私の魔力がぶつかる。
一本が揺れる。
でも――破れない。
エマ:「いける……!」
少しずつ。
自分の魔力と、唯の魅了を分けていく。
絡まった糸を一本ずつ解くように。
5分。10分。
額から汗が流れる。
ルクレシア:「エマ、無理しないで!」
エマ:「あと……少しです……!」
最後の一欠片。
唯の魅了を囲い込む。
――ふっ。
エマ:「…………」
身体が軽い。
ずっと当たり前のように存在していた何かが――消えている。
ルクレシア:「……成功よ」
エマ:「…………本当に?」
ルクレシア:「ええ。唯の魅了から、完全に切り離せてる」
エマ:「……やった」
エマの顔が、ゆっくり崩れる。
エマ:「やった……!」
三か月。
何度も失敗して。
何度も膜を壊されて。
それでも諦めなかった。
ようやく――魅了を切り離した。
ルクレシア:「あとは囲った唯の魅了を、純粋な魔力に変換して
ゆっくり体外へ排出すれば――」
エマ:「…………」
ルクレシア:「エマ?」
エマが自分の腹部を見る。
《魔力布結界》の中には、分離した唯の純粋な魔力だけが残っている。
エマ:「……これ、捨てるんですよね?」
ルクレシア:「そうよ」
エマ:「…………もったいない」
ルクレシア:「え?」
エマ:「だって、唯の純粋な魔力ですよ?」
ルクレシア:「うん?」
エマ:「食べて自分のものにすれば……強くなれる?」
ルクレシア:「えっ? エマ? 何をやるつもりなの?」
エマ:「ちょっとだけ――」
ルクレシア:「待ちなさい!」
遅かった。
エマが《魔力布結界》を内側へ縮める。
囲い込んでいた私の魔力が、一気にエマ自身の魔力へ流れ込んだ。
エマ:「――っ!」
ドクン!
全身から魔力が噴き出す。
ルクレシア:「エマ!!」
エマ:「あれ……? 私、いま……なんか……」
膝が崩れた。
ルクレシアが抱き止める。
それでも魔力は止まらない。
むしろ――増えていく。
ルクレシア:「嘘……魔力が膨張してる!?」
意識を失ったエマの身体から、淡い光が溢れ続ける。
◇
その頃。
唯:「キャピ?」
森から戻った私は、里の異変に気づいた。
ルクレシアの家の前に人が集まっている。
嫌な予感がした。
唯:「……エマ?」
走る。
扉を開ける。
唯:「エマ!!」
そこにいたのは――。
意識を失ったまま、ルクレシアの腕の中で苦しそうに息をするエマだった。
第41話 三か月かけて魅了を消したら、エマが倒れました 完




