第42話 「魅了は消えたのに、エマが目を覚ましません」
# 第42話 魅了は消えたのに、エマが目を覚ましません
唯:「エマ!!」
扉を開けた瞬間、頭が真っ白になった。
ルクレシアに抱きかかえられたエマが、床に横たわっている。
顔色が悪い。額には汗。意識もない。
なのに――身体から溢れる魔力だけが、異常なほど濃い。
唯:「何があったの!?」
ルクレシア:「魅了の分離には成功したの! でも、そのあと――」
唯:「《鑑定》!」
話を最後まで聞く余裕なんてなかった。
――――――――――
《エマ》
状態:《魔力中毒》
特殊状態:《魔力暴走》
《魅了侵食:0%》
魔力許容量を超過しています。
――――――――――
唯:「…………ゼロ?」
魅了が。消えてる。
ずっと怖かった数字が、本当にゼロになっている。
なのに。
唯:「魔力中毒……?」
ルクレシア:「分離したあなたの魔力を――この子、自分に取り込んだのよ!」
唯:「…………え?」
思わずエマを見る。
唯:「なんで!?」
ルクレシア:「『捨てるのがもったいない』って!」
唯:「エマぁ!?」
何してんの!?
いや、ちょっと分かるけど!
私も洞窟にいた頃、使えそうなもの片っ端から食べたり血を吸ったりしてたけど!
エマは私じゃない!
唯:「どうすればいい!?」
ルクレシア:「今、魔力を外へ逃がそうとしてる。でも――」
ルクレシアがエマの胸元へ手をかざす。
淡い光がエマを包む。
直後。バチンッ!
ルクレシア:「くっ……!」
弾かれた。
唯:「ルクレシア!?」
ルクレシア:「駄目……もうエマ自身の魔力と混ざり始めてる」
分離するために三か月かけたのに。
その魔力を自分から取り込んで。
今度は、エマ自身の魔力と混ざってしまった。
唯:「……私の魔力」
喉が詰まる。
最初から。
エマを魅了したのも。
今、エマを苦しめているのも。
――私の魔力だ。
唯:「私が……」
ルクレシア:「唯」
唯:「私のせいで――」
ルクレシア:「今それを考えてる場合じゃない!」
唯:「……っ!」
強い声に顔を上げる。
ルクレシア:「後悔するなら、この子を助けてからにしなさい!」
その通りだ。
今やることは一つ。
唯:「……うん!」
エマの手を握る。
熱い。
唯:「エマ。絶対助けるから」
返事はなかった。
◇
ガリア:「どけ!」
しばらくして、ガリアが飛び込んできた。
後ろにはレグルスもいる。
ガリア:「ルクレシア、状況は!」
ルクレシア:「魔力中毒。しかも外から入った魔力を、自分の魔力として吸収しかけています」
レグルス:「抜けないのですか?」
ルクレシア:「無理に抜けば、エマ自身の魔力まで一緒に傷つけるかもしれない」
ガリア:「…………」
ガリアの顔から、いつもの笑いが消えた。
エマの額。
胸。
腹部。
順番に手をかざしていく。
長い沈黙。
唯:「……ガリア?」
ガリア:「方法はある」
唯:「本当!?」
思わず身を乗り出した。
でも、ガリアはすぐには続けなかった。
ガリア:「ただし、簡単な話ではない」
唯:「何でもする!」
ガリア:「先に聞け」
低い声。
いつものガリアとは違う。
ガリア:「《龍の血判》を結べ」
唯:「……血判?」
知らない言葉だった。
隣でレグルスの表情が変わる。
レグルス:「龍王様。それは……」
ガリア:「分かっとる」
唯:「何なの、それ?」
ガリアが私を見る。
ガリア:「龍族に古くから伝わる契約じゃ。互いの血を交換し、魔力を繋ぐ」
唯:「魔力を……」
ガリア:「血判を結んだ者同士は、互いの魔力が強く共鳴するようになる。今のエマは、自分の器以上の魔力を抱えて暴れとる状態じゃ」
ガリアがエマを見る。
ガリア:「お前と繋げば、その余剰をお前側へ逃がし、安定させられる可能性が高い」
唯:「じゃあ、やる!」
ガリア:「最後まで聞けと言っとるじゃろう!」
唯:「キャピッ!」
怒られた。
でも、そんなことどうでもいい。
ガリア:「《龍の血判》は治療法ではない」
ガリアの声が重くなる。
ガリア:「一度結べば、治ったから終わりとはならん」
唯:「…………」
ガリア:「龍族にとって血を交わし、命と魔力を繋ぐというのは――伴侶に結ぶものじゃ」
唯:「…………え?」
伴侶。
その意味を理解するまで、少しかかった。
唯:「それって……」
ルクレシア:「人間の言葉に近づけるなら、結婚に近いわ」
唯:「け、結婚!?」
思わずエマを見る。
いや。
エマのことは好きだ。
好きだけど!
こんな状態のエマを前にして、私だけで決めていいことじゃない。
唯:「……勝手にはできない」
ガリア:「そうじゃ」
ガリアが頷いた。
ガリア:「助けるためだからと、本人の意思も聞かず結ぶものではない」
唯:「でも……」
エマは目を覚まさない。
時間だけが過ぎていく。
唯:「他に方法は?」
ルクレシア:「今のところは……」
その表情だけで分かった。
エマの手を握る。
唯:「…………エマ」
お願い。
一回でいい。
目を開けて。
私の声を聞いて。
唯:「エマ……!」
握った手に力を込めた、その時。
エマ:「…………ゆ……い?」
唯:「!」
小さな声。
唯:「エマ!?」
薄く。
本当に薄く、エマの目が開いた。
エマ:「……うるさい」
唯:「ご、ごめん!」
エマ:「ふふ……」
笑った。
弱々しいけど。
ちゃんと、いつものエマだ。
ルクレシア:「エマ。聞こえる?」
エマ:「……はい」
ルクレシア:「大事な話をするわ」
ルクレシアは誤魔化さなかった。
今の状態。
魔力を無理に抜く危険。
そして――《龍の血判》。
魔力を安定させられる可能性があること。
一度結べば、それで終わる契約ではないこと。
龍族では伴侶同士が交わすほど重いものだということ。
全部。
エマは目を閉じたまま聞いていた。
私は何も言えない。
助かってほしい。
でも。
だからって「私と結婚して」なんて言えるわけがない。
エマ:「……唯」
唯:「うん」
エマ:「嫌?」
唯:「え?」
エマ:「私と……血判するの」
唯:「嫌じゃない!」
反射だった。
唯:「全然嫌じゃない! むしろ私は……!」
そこで口が止まる。
魅了。そうだ。
エマは三か月かけて、それを消した。
今のエマが私をどう思っているのか。
まだ聞いていない。
エマ:「……じゃあ」
エマがほんの少し笑う。
エマ:「いいよ、唯」
唯:「…………」
エマ:「私に唯の血、頂戴」
弱々しく手を持ち上げる。
私の頬に触れた。
エマ:「唯は……私の血、飲んで」
唯:「……本当にいいの?」
エマ:「うん」
迷いはなかった。
エマ:「私が決めたの」
その一言で。私は頷いた。
唯:「……分かった」
◇
方法は単純だった。
互いの血を。
互いの身体へ。
私は指先を少し傷つけ、エマの口元へ。
エマも同じように指先を傷つける。
ほんの一滴。
私はその血を舐め取った。
――ドクン。
唯:「キャピ……!」
身体の奥で何かが繋がった。
今までの吸血とは違う。
取り込むんじゃない。
奪うんでもない。
向こうからも――私へ繋がってくる。
エマの魔力。私の魔力。
二つが触れ合う。
混ざるのではなく、互いを行き来する道ができていく。
ガリア:「そのままじゃ。唯、受け止めろ!」
唯:「うん!」
エマから溢れていた魔力が流れ込んでくる。
熱い。でも、耐えられる。
私の身体なら――。
唯:「大丈夫……!」
少しずつ。
少しずつ。
荒れ狂っていたエマの魔力が静まっていく。
呼吸も。表情も。
やがて――。
ルクレシア:「……安定した」
唯:「…………」
全身から力が抜けた。
唯:「よかったぁ……」
エマの目は、もう閉じている。
でも。
さっきまでとは違う。
苦しそうじゃない。
ただ眠っている。
ガリア:「今夜は起こすな。魔力が馴染むまで休ませろ」
唯:「……うん」
私はベッドの横に座った。
エマの手を握る。
その手から、ほんのわずかに魔力を感じる。
私じゃない。エマの魔力。
でも、その奥に。
確かに私へ繋がる何かがある。
唯:「…………」
魅了は、もうない。
エマが三か月かけて、自分で消した。
それでもエマは――。
『私が決めたの』
そう言って。
私と血を繋いだ。
唯:「……エマ」
聞きたいことがある。
三か月前から。
ずっと怖くて、聞けなかったこと。
でも。それは――。
唯:「明日、ちゃんと聞こう」
今はただ。
眠るエマの手を握ったまま。
朝を待った。
第42話 魅了は消えたのに、エマが目を覚ましません 完




