第39話 「龍王の血が欲しすぎて、気絶させられました」
# 第39話 龍王の血が欲しすぎて、気絶させられました
――ドクン。
ガリアの首筋から、目が離れない。
龍王の血。
そう意識した瞬間から、身体の奥がずっと騒いでいる。
唯:「…………ほしい」
…………あれ?
今、私なんて言った?
ガリア:「そんなに欲しいか?」
唯:「……ほしい、みたい」
自分でもちょっと怖い。
なのに身体は正直だった。
――ドクン。
喉が鳴る。
ガリア:「ガハハハハ! なら簡単じゃ!」
ガリアが胸をドンッと叩く。
ガリア:「ワシに一発入れてみろ! まともに入れられたら、ワシの血をやる!」
唯:「本当に?」
ガリア:「龍王に二言はない!」
血をやる。
その言葉を聞いた瞬間、身体がカッと熱くなった。
ガリア:「……ほう。目まで変わったの」
唯:「え?」
水溜まりを覗く。
唯:「……キャピ?」
瞳が赤い。
何これ!?
やっぱり私、ヴァンパイア化が進んで――。
――ドクン!
考えが吹き飛んだ。
唯:「一発入れればいいんだよね!」
ガリア:「来い!」
地面を蹴る。
《魔力制御》
脚から翼へ。
同時に《隠密》。
さっき教わったばかりだ。
一個ずつ使わない。
繋げる!
正面から踏み込み、直前で右へ。
拳!
避けられる。
そのまま翼を開いて旋回。
空中で身体を捻って――蹴る!
ガリア:「おお!」
唯:「まだ!」
着地と同時に《振動感知》。
ガリアの位置を拾いながら《隠密》。
背後へ。
今までなら《弱点感知》を使っていた。
でも、探さない。
拳を囮に――蹴り!
避けられた。
なら翼!
ガリア:「ガハハハ! さっきよりずっといいぞ!」
唯:「当たってないけどね!」
でも、身体が軽い。
スキルを使おうと考える前に、身体が動く。
拳。翼。蹴り。
飛ぶ。隠れる。追う。
全部が少しずつ繋がっていく。
ガリア:「余計なことを考えん分、動きは良くなっとる」
唯:「じゃあ当たる!?」
ガリア:「いや」
唯:「即答!?」
ガリア:「動きが良くても――」
ガリアが消えた。
唯:「え?」
ガリア:「頭まで空っぽにしてどうする」
後ろ!?
振り向いた瞬間。
コツン。
唯:「…………キャピ」
ぷつん。
視界が真っ暗になった。
こうして、龍王への弟子入り一日目。
Cランクの魔物を倒し。
レベルが三つ上がり。
新しいスキルを覚え。
百日越しの《月蜜華》が統合され。
最後は――師匠にのされて気絶した。
…………。
修行初日から濃すぎない?
◇
翌朝。
唯:「……キャピ?」
エマ:「唯!」
目を開けると、心配そうなエマの顔。
どうやら私はガリアに担がれて帰ってきたらしい。
唯:「……ガリア」
ガリア:「ガハハハハ!」
唯:「いるし!」
入口に犯人が立っていた。
そうだ。
唯:「昨日、私の目……赤くなってたよね?」
ガリア:「なっとったの」
唯:「やっぱりヴァンパイア化が進んでるのかな……」
ガリア:「いや。逆じゃないか?」
唯:「……え?」
ガリア:「昨日より薄いぞ。お前から感じるヴァンパイアの気配が」
唯:「キャピ?」
昨日あれだけ血を欲しがったのに?
ガリア:「前は龍、ヴァンパイア、それ以外にも妙なものが混ざっとった。今は少し違う」
唯:「どう違うの?」
ガリア:「知らん!」
唯:「知らんのかい!」
ガリア:「ワシは龍王じゃ! ヴァンパイアの専門家ではない!」
じゃあ自信満々に言わないでよ!
ガリア:「ただ、消えたというより――何か別のものに馴染んだ感じじゃの」
馴染んだ。
昨日の表示を思い出す。
《ヴァンパイア因子を《月因子》へ統合します》
……もしかして。
私はヴァンパイアに近づいたんじゃなくて。
ヴァンパイアからも、少しずつ違う何かになってる?
コウモリになって。
ドラゴンの血を飲んで。
ヴァンパイアになって。
今度は月。
……私、最終的に何になるんだろう。
ガリア:「まあ、面白いからいいじゃろ!」
唯:「私の身体なんだけど!?」
◇
その日の午後。
今度はエマの修行が始まった。
ルクレシア:「すぐには治りません」
エマ:「……はい」
龍の里の《龍巫女》、ルクレシア。
彼女がエマの胸元へ手をかざす。
ルクレシア:「あなたの中には、唯さんの魔力が深く入り込んでいます。長く馴染みすぎて、身体が異物として認識していません」
エマ:「それって……魅了されてるからですか?」
ルクレシア:「分かりません」
即答だった。
ルクレシア:「唯さんの魔力が気持ちを作ったのか。もともとあった気持ちを強めただけなのか。それを確かめるためにも、まず二つの魔力を分けます」
ルクレシアの手のひらに光が集まる。
薄く広がり、透明な膜になった。
ルクレシア:「《魔力制御》です。自分の魔力で壁を作り、唯さんの魔力と隔てる」
エマ:「……やってみます」
目を閉じる。
魔力を集め、薄く広げる。
身体の内側を覆うように。
ルクレシア:「そう。そのまま、ゆっくり」
エマ:「はい……!」
淡い膜が広がっていく。
そして、唯の魔力へ触れた瞬間――。
パリンッ!
エマ:「あっ!」
膜が砕け、身体が揺れる。
ルクレシアが支えた。
エマ:「……全然、ダメですね」
ルクレシア:「初めてですから」
エマ:「もう一回、お願いします」
再び魔力を集める。
パリンッ!
エマ:「もう一回!」
パリンッ!
◇
エマ:「……もう一回」
ルクレシア:「今日はここまでです」
エマ:「まだできます」
ルクレシア:「できません。魔力がほとんど残っていませんよ」
エマが悔しそうに俯く。
ルクレシア:「一日でできないなら十日。十日で足りなければ一か月。それでも足りなければ――できるまで」
エマ:「…………」
ルクレシア:「《魔力制御》は積み重ねです」
エマが胸元を握る。
エマ:「……やります」
ルクレシア:「ええ」
エマ:「唯の魔力がなくなっても、それでも私が唯を好きなのか……自分で確かめたいです」
ルクレシアが静かに微笑んだ。
ルクレシア:「では、明日も続きをしましょう」
エマ:「はい!」
◇
翌日。
ガリア:「遅い!」
唯:「キャピィィィ!?」
吹っ飛ばされた。
その頃――。
パリンッ!
エマ:「もう一回!」
◇
次の日。
ガリア:「魔力が漏れとる!」
唯:「分かってるぅぅぅ!」
吹っ飛ばされた。
その頃――。
パリンッ!
エマ:「……もう一回!」
◇
さらに次の日。
唯:「今日は当てる!」
ガリア:「ガハハハ! やってみろ!」
吹っ飛ばされた。
……当たらなかった。
その頃――。
パリンッ!
エマ:「…………もう一回」
◇
一週間が過ぎても。
私はガリアに一発も入れられなかった。
エマも、私の魔力を押し返せなかった。
それでも。
次の日も、その次の日も。
私はガリアと戦い、森で魔物を狩る。
エマは魔力の膜を作り、破られて、また作る。
来る日も。来る日も。
初夏の日差しの中で始まった私たちの修行は――。
森の木々が、ほんの少し色づき始める頃まで続く
第39話 「龍王の血が欲しすぎて、気絶させられました」 完




