第38話 「龍王に弟子入りしたら、狩りまで仕事になりました。」
# 第38話 龍王に弟子入りしたら、狩りまで仕事になりました
龍王ガリアに弟子入りした翌日。
私は龍の里の外れにある広場で、ガリアと向かい合っていた。
ガリア:「まずはワシに一発入れてみろ!」
唯:「一発でいいの?」
ガリア:「おう! 拳でも蹴りでも、好きに来い!」
ガリアは人の姿。
武器なし。防具なし。
というか、構えてすらいない。
相手は龍王だけど、倒せと言われてるわけじゃない。
一発。
一発当てるだけなら――。
唯:「じゃあ、遠慮なく!」
地面を蹴る。
《魔力制御》!
脚に魔力を集中。
一気に間合いを詰め、ガリアの腹へ拳を――。
ひょい。
唯:「キャピ?」
いない。
いや、横!?
ガリア:「遅い!」
唯:「まだぁ!」
振り向いて蹴る。
避けられる。
拳。
避けられる。
なら――上!
翼を広げて飛び上がる。
《隠密》!
気配を消して背後へ回り――。
ガリア:「そこじゃな」
唯:「なんで!?」
振り向きもしないまま、ひょいっと避けられた。
拳は空振り。
勢い余って地面に着地する。
ガリア:「昨日も言ったじゃろ。全部バラバラじゃ」
唯:「……分かってるけど、どうすればいいの?」
ガリア:「まず、その目じゃ」
唯:「目?」
ガリア:「腹を殴る前には腹を見る。蹴る前には脚へ目が動く。お前、狙う場所を教えすぎじゃ」
唯:「…………」
そんなところまで見てるの?
ガリア:「《弱点感知》だったか? 便利な力なんじゃろうが、お前は弱点を探して、見つけて、それから攻撃しとる」
……図星。
洞窟ではずっとそうだった。
弱点が分かる。
だから、そこを狙う。
ガリア:「便利な力を使うのはいい。じゃが、便利な力に戦い方を決めさせるな」
ガリアが私の翼を指差す。
ガリア:「飛ぶときも魔力が漏れすぎじゃ。『今から飛びます!』と叫んどるようなもんじゃぞ」
唯:「そんなに!?」
ガリア:「《隠密》も同じじゃ。隠れる。近づく。隠密を切る。殴る」
ガリアが指を一本ずつ立てていく。
ガリア:「飛ぶ。隠れる。探す。殴る。一個ずつ使うな」
そして、最後の指を握った。
ガリア:「繋げろ」
……繋げる。
私はもう一度構える。
今度は腹を見ない。
ガリアの顔を見たまま、脚へ魔力を流す。
踏み込む。
途中で《隠密》。
完全に消えようとしない。
走りながら気配を薄くする。
脚から翼へ魔力を繋ぎ、そのままガリアの横へ。
拳!
ガリアが半歩下がる。
でも、これは囮。
身体を沈めて――足払い!
ガリア:「ほう!」
ガリアが片脚を上げた。
避けられた。
また当たってない。
だけど。
唯:「今、反応した!」
ガリア:「ガハハハ! 少しはマシになったの!」
初めてガリアが、私の攻撃に合わせて動いた。
なんか――分かったかも。
スキルを順番に使うんじゃない。
全部まとめて、私の戦い方にする。
ガリア:「よし! では実戦じゃ!」
唯:「もう!?」
ガリア:「待っとれ!」
ガリアが森へ消えた。
……嫌な予感しかしない。
数分後。
ドドドドドドドドッ!!
地面が揺れ始めた。
唯:「……キャピ?」
ガリア:「連れてきたぞぉぉぉ!」
森からガリアが飛び出してくる。
そして、その後ろから――。
ワイルドン・ボア:「ブヒィィィィィ!!」
巨大な猪が猛然と追いかけてきた。
唯:「めっちゃ怒ってる!」
即、《鑑定》。
―――――――――
《ワイルドン・ボア》
種族:魔獣
Lv:24
危険度:C
能力:《突進》《嗅覚強化》
状態:激怒
――――――――――
唯:「なんで激怒してるの!?」
ガリア:「寝てるところを捕まえてきた!」
唯:「そりゃ怒るよ!!」
ガリア:「昨日の《熊》は、今のお前にはまだ早い!」
ガリアが私の横を通り過ぎる。
ガリア:「まずはこいつを一人で倒してみろ!」
唯:「修行の段階が雑すぎる!」
ワイルドン・ボア:「ブヒィィィィ!!」
来た!真正面からの突進。
《振動感知》
地面から動きを拾う。
《弱点感知》
首の下。
でも――そこを見ない。
ボアの顔を見たまま横へ走る。
《隠密》
同時に翼へ魔力。
直前で飛ぶ!
巨体が真下を通り過ぎた。
そのまま旋回。
着地と同時に地面を蹴る。
止まらない。
切らない。
全部、繋げる!
ボアが振り返った。
もう一度、突進。
ギリギリまで引きつける。
唯:「今!」
横へ跳ぶ。
翼で身体を捻る。
すれ違いざま――首の下へ拳!
ドゴッ!
ワイルドン・ボア:「ブヒッ!?」
唯:「入った!」
でも、倒れない。
巨体が強引に方向転換する。
速い!
角が迫る。
唯:「うわっ!」
転がって回避。
角が髪をかすめた。
怖っ!
でも。昨日とは違う。
見える。動ける。
ちゃんと――戦えてる!
もう一度。振動。
魔力。隠密。
飛行。弱点。
一個ずつじゃない。
全部、私の身体で――!
ボアが突っ込んできた瞬間、真上へ跳ぶ。
翼を畳む。
落下。拳へ魔力を集める。
唯:「これでぇぇぇ!!」
首の下へ――叩き込む!
ドゴォッ!!
ボアの巨体が地面へ沈んだ。
土煙が舞う。
数秒。
動かない。
――――――――――
《ワイルドン・ボアを討伐しました》
《経験値を獲得しました》
《個体Lv:2→5》
《スキル《突進》を獲得しました》
――――――――――
唯:「……レベル、三つ上がった」
昨日は、何もできずに負けた。
今日は教えてもらったことを使って、自分で倒した。
その事実が、じわじわ胸に広がってくる。
唯:「勝ったぁぁぁ!」
ガリア:「ガハハハハ! まだまだ荒いが、昨日よりはずっとマシじゃ!」
唯:「そこは素直に褒めて!」
でも、嬉しい。
ちゃんと戦って。
ちゃんと勝てた。
私は倒れたボアの横へしゃがむ。
ガリア:「何をするんじゃ?」
唯:「いただきます」
牙を首筋へ突き立てる。
ごくっ。ごくっ。
温かい血が喉を通り、身体の奥へ染み込んでいく。
――――――――――
《ワイルドン・ボアの血液を摂取しました》
《夢魔因子:2%→3%》
――――――――――
唯:「……夢魔?」
猪なのに?なんで?
……まあ。
上がったなら、いっか。
ガリア:「ほう……血を吸うのか」
唯:「私、ヴァンパイアだからね」
牙を抜く。
するとガリアが、倒れたボアと私を交互に見た。
ガリア:「戦えて、肉も持って帰れて、血抜きまでできる」
唯:「……なんか嫌な予感」
ガリア:「便利じゃな!」
唯:「やっぱり!」
ガリア:「決めた! 今日からお前は修行兼、狩り番じゃ!」
唯:「弟子入りしたら仕事増えたんだけど!?」
ガリア:「修行になる! 里の食料も増える! お前も強くなる! 一石三鳥じゃ!」
唯:「絶対いま思いついたでしょ!」
ガリア:「ガハハハハ!」
この龍王。自由すぎる。
そのとき。――ポーン。
頭の中に、久しぶりの音が響いた。
唯:「……ん?」
――――――――――
《統合時間:2400時間に到達しました》
《特殊素材《月蜜華》の統合が完了しました》
《ヴァンパイア因子との完全適合を確認》
《ヴァンパイア因子を《月因子》へ統合します》
《ヴァンパイア因子の性質は《月因子》へ継承されました》
《月因子を獲得しました》
――――――――――
唯:「…………え?」
月蜜華。
洞窟で食べた、あの不思議な花。
確か、統合まで二千四百時間って――。
頭の中で計算する。
二十四時間で一日。
それが百。
唯:「……百日!?」
私、蜜を飲んでからもう百日経ったの!?
ガリア:「……ん?」
ガリアが急に私を見た。
唯:「な、なに?」
鼻をひくひくさせる。
なんで嗅ぐの?
ガリア:「お前……また何か変わったの」
唯:「分かるの!?」
ガリア:「さっきまでと魔力の匂いが違う。何か混ざった……いや、馴染んだのか?」
さすが龍王。
システムは聞こえなくても、変化そのものは分かるらしい。
ガリア:「ガハハハハ! 面白い!」
唯:「私は自分の身体がどんどん分からなくなってるんだけど!」
ヴァンパイアだったはずの因子が、今度は月。
龍因子もある。
夢魔因子もある。
……身体の闇鍋、順調に煮込まれてない?
ガリア:「しかし、お前は本当に血で変わるんじゃな」
唯:「まあ……そうみたい」
ガリア:「なら――」
ガリアが、ニヤッと笑った。
ガリア:「ワシの血もやろうか?」
唯:「…………え?」
――ドクン。
心臓が、大きく跳ねた。
ガリアの血。
龍王の――血。
――ドクン。
――ドクン。
喉が鳴る。
身体の奥が、急に熱くなる。
唯:「…………ほしい」
…………。
あれ?
いま私――。
――ドクン。
唯:「……ほしい」
ガリアの首筋から。
目が――離れなくなった。
第38話 龍王に弟子入りしたら、狩りまで仕事になりました 完




