第37話 「龍の里に来たら、いきなり熊にボコられました」
# 第37話 龍の里に来たら、いきなり熊にボコられました
龍の里に来た翌日。
私とエマは、森の中で草をむしっていた。
唯:「…………」
エマ:「…………」
唯:「異世界に来てまで、どうして私は草をむしってるんだろう」
エマ:「初依頼も薬草採取だったもんね」
唯:「キャピ……」
冒険者になって初めての依頼が薬草採取。
そして龍の里に来て、最初にやっていることも薬草採取。
もしかして私、草から逃げられない運命なの?
もちろん、遊んでいるわけじゃない。
ルクレシアさんがエマの状態を詳しく調べるために、《月雫草》という薬草が必要らしい。
魔力の流れを一時的に見やすくする薬を作るんだとか。
だったら自分たちのことだし、採ってこよう!
――ということで、鑑定持ちの私とエマで里の東側にある森へ来ていた。
出発前、レグルスさんからは何度も言われた。
レグルス:「街道から大きく外れないでください。この辺りは比較的安全ですが――龍族にとって、ですからね」
最後の一言がちょっと怖かったけど。
今のところ出会ったのは小さな魔物くらい。
唯:「あった!」
青白い葉っぱを《鑑定》。
――――――――――
《月雫草》
魔力の流れを整える薬草。
魔力と相性が良い。
――――――――――
唯:「これで五本目!」
エマ:「必要なのは六本だから、あと一本だね」
順調順調。
今日は平和に終わりそう――。
そのとき。
足元から、かすかな振動が伝わってきた。
……ん?
《振動感知》
ドン。
ドン。
ゆっくり。
でも、重い。
かなり大きな何かが歩いている。
唯:「エマ、ちょっと待って」
エマ:「どうしたの?」
唯:「なんかいる。でっかいやつ」
周囲を見回す。
少し先の木。
幹が途中からへし折れている。
さらに別の木には、私の腕より太そうな爪痕。
唯:「…………帰ろっか」
エマ:「うん」
満場一致。
月雫草は五本で勘弁してもらおう。
静かに来た道を戻ろうとして――。
ガサッ。
前方の茂みが大きく揺れた。
唯:「……キャピ?」
ぬうっ、と。
巨大な熊が姿を現した。
でかい。
私の知ってる熊じゃない。
四つ足なのに、目線が私の胸くらいまである。
灰黒色の毛。
その下から岩みたいに盛り上がった筋肉。
前脚には、短剣みたいな爪。
額から頬にかけて、硬そうな甲殻まで生えている。
即、《鑑定》。
――――――――――
《ゴル・グリズリ》
種族:魔獣
Lv:38
危険度:B+
能力:《剛力》《硬化》《嗅覚強化》
状態:警戒・興奮
――――――――――
唯:「び、Bプラス……」
エマ:「唯、ゆっくり下がろう」
唯:「うん」
戦う必要はない。
洞窟にいた頃なら、危ない相手から逃げるなんて毎日のことだった。
一歩。
二歩。
熊もこちらを見る。
そして――鼻を鳴らした。
視線が、エマへ向く。
ゴル・グリズリが一歩踏み出した。
帰り道を塞ぐように。
……まずい。
私は飛べる。
でも、エマは飛べない。
私だけ逃げるなんて選択肢は――ない。
唯:「エマ、私の後ろにいて」
エマ:「唯、一人でやるつもり?」
唯:「逃げ道を作るだけ。できたらすぐ逃げる!」
エマ:「……分かった。無茶はしないで」
無茶はしない。
倒す必要もない。
それに私は、洞窟でずっと格上と戦ってきた。
今は人化もできる。
スキルだって増えた。
B+でも、逃げ道くらい――!
ゴル・グリズリが地面を蹴った。
唯:「速っ!?」
《弱点感知》!
脇腹。
毛と甲殻の薄い場所。
見えた!
横へ跳び、《魔力制御》で脚を強化。
そのまま懐へ――。
爪が来た。
唯:「っ!」
ギリギリで後ろへ飛ぶ。
頬を風圧が抜けた。
危なっ!
なら上!
背中の翼を広げ、一気に浮く。
上から回り込んで――《隠密》!
気配を消す。
ゴル・グリズリの視線が私を見失った。
今!
弱点へ――!
ブンッ!!
唯:「え?」
振り向きざまの前脚。
読まれた!?
咄嗟に翼を畳む。
爪そのものは避けた。
でも。
ドゴッ!!
唯:「――っ!」
腕が腹に入った。
身体が吹き飛ぶ。
地面。
空。
木。
地面。
何回転したか分からない。
エマ:「唯!!」
息が、できない。
痛い。
洞窟を出てから、ここまでまともに殴られたのは初めてだった。
立て。
まだ動ける。
吸血すれば回復できる。
近づいて、牙を――。
ゴル・グリズリが突っ込んでくる。
《振動感知》で分かってる。
《弱点感知》も反応してる。
《隠密》もある。
飛べる。
魔力だって使える。
なのに――。
唯:「なんで……!」
全部使おうとすると、間に合わない。
飛んで。
隠れて。
弱点を見て。
攻撃する。
その一つ一つの間に、ゴル・グリズリが追いついてくる。
もう一度、爪。
避ける。
着地。
その瞬間、巨体が身体ごとぶつかってきた。
唯:「ぐっ……!」
背中から木に叩きつけられた。
エマ:「唯!」
エマが私の前へ出ようとする。
唯:「来ないで!」
ダメ。
エマが食らったら、私みたいには耐えられない。
ゴル・グリズリが立ち上がった私へ迫る。
脚に魔力。
翼を開く。
隠密――。
ダメ。
間に合わない。
巨大な爪が振り上げられた。
死――。
その瞬間。
ガリア:「そこまでじゃ!」
ドンッ!!
横から何かが飛び込んだ。
ゴル・グリズリの巨体が、私の目の前から消えた。
唯:「……え?」
数十メートル先。
ゴル・グリズリが地面を転がり、慌てて起き上がる。
私の前に立っていたのは――。
唯:「ガリア……?」
ガリア:「ガハハ! 派手に負けたのう!」
唯:「見てたの!?」
ガリア:「最初からな!」
唯:「助けてよ!!」
ガリアが笑いながらゴル・グリズリを見る。
低く唸ったものの、もう近づいてこない。
ガリア:「今日は帰れ。また相手をしてもらうからの」
通じたのか知らないけど、森の奥へ消えていった。
ガリア:「さて」
ガリアが私を見る。
さっきまでの笑顔が、少しだけ消えた。
ガリア:「どうじゃ。強かったか?」
唯:「……強かった」
ガリア:「確かにあいつは強い。だが、それだけが負けた理由じゃない」
唯:「……え?」
ガリア:「お前、目で狙う場所を教えすぎじゃ。《弱点感知》に頼って、見つけた場所へそのまま飛び込む」
言われて、何も返せない。
ガリア:「飛ぶときは魔力が漏れる。気配を消したと思えば、攻撃するときには全部戻る。身体の使い方も甘い」
唯:「…………」
ガリア:「飛ぶ。隠れる。探す。殴る。お前は全部、一個ずつやっとる」
ガリアが指を一本ずつ立てる。
ガリア:「持っているものは悪くない。むしろ多すぎるくらいじゃ」
そして、私を指した。
ガリア:「だが、全部バラバラだ」
胸に刺さった。
ガリア:「お前は強いんじゃない」
一拍。
ガリア:「強いものを、たくさん持っているだけだ」
洞窟では、生き残ることだけ考えていた。
噛みついて。
逃げて。
隠れて。
使えるものを、必死に増やした。
それで生き残ってきた。
でも。
誰かに戦い方を教わったことなんて、一度もない。
私は――戦えるようになったんじゃない。
生き残るのが上手くなっただけだ。
エマ:「唯……」
エマが心配そうに私を見る。
悔しい。
すっごく悔しい。
でも――。
ちょっと、ワクワクしてる。
まだ強くなれる。
今まで集めたものを、ちゃんと使えるようになったら。
私は、もっと――。
唯:「……ガリア」
ガリア:「ん?」
唯:「私に、戦い方を教えて」
ガリアが一瞬だけ目を丸くした。
そして。
ガリア:「ガハハハハハ!」
森中に響くくらい、大きく笑った。
ガリア:「よかろう! ワシが直々に鍛えてやる!」
こうして私は。
龍王に、弟子入りすることになった。
第37話 龍の里に来たら、いきなり熊にボコられました 完




