第36話 「すごい速さで龍の里に着きました!」
# 第36話 「すごい速さで龍の里に着きました!」
ギルドでの用事を全部終えた私たちは、ガリアと合流した。
場所は――酒場。
ガリア:「ガハハハハ! やはり人間の酒も悪くないな!」
唯:「めちゃくちゃ楽しんでる……」
テーブルの上には空になったジョッキが何個も並んでいた。
私たちがギルドで大変な話をしていた間、この龍王様はずっと飲んでいたらしい。
エマ:「ガリアさん、これ全部飲んだんですか?」
ガリア:「ん? まだ大した量ではないぞ?」
唯:「龍族の大した量、怖っ」
この人と飲み比べだけは絶対にしない。
……いや。
ちょっとだけしてみたい気もする。
でも今はそれどころじゃない。
私たちはこれから、エマにかかっている《魅了》について調べるため、
龍の里へ向かうのだ。
酒場を出て、街の外へ。
昨日とは比べものにならないほど人の増えたノストを抜け、
しばらく歩いたところでガリアが立ち止まった。
ガリア:「よし。この辺りでいいだろう」
唯:「?」
何が?
そう思った直後――。
ガリアの身体から、とんでもない魔力が溢れ出した。
唯:「キャピ!?」
身体が膨れ上がる。
腕が、脚が、胴体が。
人の姿が一瞬で崩れ、巨大な翼が広がった。
昨日、森で見たあの姿。
巨大なドラゴン。
龍王ガリアだ。
ガリア:「乗れ!」
唯:「…………え?」
ガリア:「龍の里まで飛ぶぞ!」
なるほど。
そういう移動手段!?
◇
ガリアの背中は、想像していたよりずっと広かった。
私とエマが乗っても余裕がある。
ガリア:「落ちるなよ!」
唯:「はーい!」
エマ:「えっ、ちょ、ちょっと待っ――」
バサァッ!!
巨大な翼が羽ばたいた。
エマ:「きゃああああああ!?」
唯:「キャピ!?」
身体が一気に浮き上がる。
いや、速っ!?
私だって空は飛べる。
洞窟を出て初めて青空を飛んだときは、めちゃくちゃ感動した。
でも――これは別物だ。
ひと羽ばたきで景色が吹き飛んでいく。
森が小さくなる。
ノストの街が、あっという間に模型みたいになっていく。
エマ:「唯ぃぃぃ!」
唯:「エマ!?」
ぎゅうううっ!
後ろから抱きしめられた。
というか、しがみつかれた。
エマ:「高い! 速い! 怖い!」
唯:「だ、大丈夫だって!」
エマ:「離れないで!」
唯:「離れない! 離れないから!」
腰に回された腕へ手を重ねる。
……近い。
背中にエマの体温を感じる。
ちょっと嬉しい。
いや、かなり嬉しい。
――でも。
《魅了侵食:63%》
頭の中に、あの数字が浮かんだ。
「…………」
この「離れないで」も。
私にこんなにしがみついてくれるのも。
どこまでが、本当のエマなんだろう。
エマ:「……唯?」
唯:「ううん。なんでもない」
今は考えても分からない。
だから、確かめに行くんだ。
魅了をなくして。
それでもエマが私を好きだと言ってくれたら――。
そのときは。
ガリア:「ガハハハハ! どうだ! 速いだろう!」
唯:「速すぎるよ!」
エマ:「もう少しゆっくりお願いしますぅぅぅ!」
ガリア:「何を言っている! まだ全然飛ばしておらんぞ!」
唯:「これで!?」
龍族の基準、おかしくない!?
◇
山を一つ。
さらに、もう一つ。
私ならどれだけかかるか分からない距離を、ガリアはものすごい速度で越えていく。
やがて前方に巨大な山脈が見えてきた。
ガリア:「見えてきたぞ!」
唯:「どこ!?」
山しか見えない。
というか、山しかない。
けれどガリアは、そのまま岩壁へ向かっていく。
唯:「ちょ、ガリア!? 壁! 壁あるよ!?」
ガリア:「分かっておる!」
唯:「分かってて突っ込むの!?」
逃げ場のない巨大な岩壁が迫る。
エマ:「唯ぃぃ!」
唯:「私にしがみついてぇぇ!」
そして――。
ガリアが岩壁の隙間を通り抜けた。
唯:「…………へ?」
景色が変わった。
山々に囲まれた、巨大な盆地。
その中に広がっていたのは――。
森。
畑。
川。
石造りの家々。
遠くには湯気まで上がっている。
唯:「…………村?」
いや、待って。
道を歩いているのは人。
……だけじゃない。
家より大きなドラゴンが普通に寝ている。
畑の横を、小さめのドラゴンが歩いている。
その隣では人型の誰かが手を振っていた。
角の生えた人もいる。
尻尾のある人もいる。
何あれ。
めっちゃファンタジー。
ガリア:「ここが龍の里だ!」
唯:「本当にあった!」
ガリア:「ワシが嘘をつくと思っていたのか!?」
唯:「だって龍の里だよ!?」
もっとこう……。
岩山!
洞窟!
ドラゴンが「グオオオ!」ってしてる!
みたいなのを想像してた。
普通に生活してるんだけど。
畑まであるんだけど。
ドラゴンが畑の横で昼寝してるんだけど!
ガリアが地面へ降りる。
私たちも背中から下りた。
エマ:「…………地面ん」
エマがしゃがみ込んだ。
エマ:「地面って素敵ぃ……」
唯:「お、お疲れさま」
その気持ちは私には分からない。
空、楽しいのに。
すると――。
???:「……ガリア様?」
男の声がした。
振り向く。
背の高い男が立っていた。
見た目は人間に近い。
だけど頭には二本の角。
腰の後ろからは、太い尻尾が伸びている。
そして――ものすごく険しい顔をしていた。
???:「昨日から姿が見えないと思えば……どちらへ行かれていたのですか?」
ガリア:「おお、レグルス! ちょうどいいところに!」
レグルス:「質問に答えてください」
ガリア:「人間の街だ!」
レグルス:「…………なぜ?」
ガリア:「酒を飲みに!」
レグルス:「…………」
あ。
この人、苦労してる人だ。
なんとなく分かる。
レグルス:「龍王が何も告げずに里を空け、人間の街まで酒を飲みに?」
ガリア:「細かいことを気にするな! ワシがいなくても里は回っておっただろう!」
レグルス:「誰のおかげだと思っているのですか」
ガリア:「お前だな!」
レグルス:「分かっているなら一言くらい残してください!」
うん。めちゃくちゃ苦労してる。
するとレグルスさんが、ようやく私たちを見る。
レグルス:「……それで、そちらの二人は?」
ガリア:「客だ!」
レグルス:「客?」
ガリア:「森で拾った!」
唯:「拾われてない!」
レグルス:「…………」
唯:「…………」
エマ:「…………」
なんだろう。
ものすごく気まずい。
レグルス:「……最初から説明してください」
◇
ガリアが説明した。
森で私たちに出会ったこと。
私から龍族の気配を感じたこと。
そして、エマが私の魔力による影響を受けているらしいこと。
話を聞くにつれて、レグルスさんの表情が変わっていく。
レグルス:「なるほど……それで連れてきたのですか」
ガリア:「そういうことだ!」
レグルス:「それを先に言ってください」
ガリア:「ガハハハハ!」
レグルス:「褒めていません」
強い。
この人、龍王相手にめちゃくちゃ強い。
レグルス:「魔力干渉なら、私より適任がいます」
エマ:「適任……?」
レグルス:「妻です。ルクレシアといいます」
レグルスさんは里の奥へ視線を向けた。
レグルス:「この里で龍巫女を務めています。魔力の流れや精神への干渉についても、私たちより遥かに詳しい」
唯:「じゃあ……エマのことも?」
レグルス:「診てみなければ何とも言えません。ただ――」
レグルスさんが、エマを見る。
レグルス:「ここまで連れてきた判断は正しいでしょう」
「…………!」
よかった。
少しだけ、胸の奥が軽くなった。
まだ何も解決してない。
エマの《魅了》が消せるかも分からない。
それでも。
やっと、解決できるかもしれない場所まで来た。
ガリア:「よし! ではルクレシアのところへ行くぞ!」
レグルス:「その前に」
ガリア:「ん?」
レグルス:「ガリア様」
レグルスさんが笑った。
笑ったはずなのに――なぜか怖い。
レグルス:「前から溜まっている仕事について、お話があります」
ガリア:「…………」
唯:「龍王様?」
ガリア:「……唯」
唯:「なに?」
ガリア:「先に行っておれ」
レグルス:「行かせません」
ガリア:「レグルス!?」
龍王が捕まった。
龍の里に到着して、まだ十分も経っていない。
エマの魅了。
龍巫女ルクレシア。
私の中にある龍の力。
気になることは山ほどあるけど――。
とりあえず一つだけ分かった。
この龍の里で一番強いの。
もしかしてレグルスさんなんじゃない?
唯:「キャピ……」
私たちの龍の里での生活は、こうして始まった。
第36話 「すごい速さで龍の里に着きました!」 完




