第31話 「私、冒険者になります!」
# 第31話 私、冒険者になります!
――異世界で初めてお酒を飲んだ、翌朝。
エマ:「唯、そろそろ行こっか」
唯:「う、うん」
エマ:「ふふっ//」
唯:「…………キャピ」
エマは朝からご機嫌だった。
昨日、私たちは――。
(好きって言って、キスして、一緒のベッドで寝たんだよね……)
思い出しただけで顔が熱い。
しかも朝から、もう一回キスされた。
(これって……付き合ったってことでいいんだよね!?)
ちらっ。
エマ:「ん?」
唯:「な、なんでもない!」
にこっと笑うエマ。
(かわいい!)
危ない。
このままだと一日中エマのことしか考えられない。
でも今日は、それどころじゃない。
目の前には――冒険者ギルド。
唯:「冒険者になりに行こう!」
エマ:「もう目の前だけどね」
◇
ガルドたちは洞窟調査を終え、今日は休養。
ということで。
私とエマは二人で冒険者ギルドへやってきた。
昨日も来たけど、今日は違う。
今日から私自身が――冒険者になる!
受付へ向かうと、栗色の髪をきっちりまとめた若い女性が笑顔を向けてきた。
フィーネ:「おはようございます。冒険者ギルドへようこそ」
胸元には名札。**フィーネ。**
めちゃくちゃ普通に仕事できそうな人!
フィーネ:「本日はどのようなご用件でしょうか?」
唯:「冒険者になりに来ました!」
フィーネ:「新規登録ですね。では、お名前、年齢、種族をお願いします」
唯:「唯です! 年齢は――」
…………。
(あれ?)
転生してからの年齢?
前世込み?
というか、この身体って何歳なんだ?
フィーネ:「……年齢は?」
唯:「…………たぶん二十代!」
フィーネ:「たぶん?」
フィーネのペンが止まった。
エマ:「唯、事情があって正確な年齢が分からないんです」
フィーネ:「なるほど」
少し考えたあと、フィーネは普通に頷いた。
フィーネ:「年齢と種族は基本的に自己申告です。事情がある場合は、見た目の年齢で登録する方もいますよ」
(助かった!)
フィーネ:「では、種族をお願いします」
唯:「…………」
来た。
最大の難関。
昨日、ガルドから言われた。
**ヴァンパイアだと絶対に言うな。**
人間と魔族の間には長い因縁がある。
特に、人間の血を吸うヴァンパイアへの警戒は強い。
正体が知られれば、最悪――討伐対象。
フィーネ:「種族は?」
エマ:「人族です」
唯:「人族です!」
フィーネ:「はい。人族ですね」
さらさら。
普通に書かれた。
(いけたぁぁぁ!)
嘘をついた罪悪感はある。
でも、
『ヴァンパイアドラです! 昨日までコウモリでした!』
なんて正直に言ったら大騒ぎになる。
(ごめんなさい! 生きるための嘘です!)
◇
フィーネ:「こちらが冒険者証になります」
登録そのものは、思っていたより簡単だった。
冒険者は最下位ランクから始まり、依頼を達成して実績を積めば昇格。
ランクが上がれば、より難しく報酬の高い依頼を受けられる。
フィーネ:「最初のうちは無理をせず、ご自身の実力に合った依頼を選んでくださいね」
唯:「はい!」
フィーネ:「特に新人の方は、簡単な依頼で経験を積むことをおすすめしています」
にこっ。完璧な営業スマイル。
私は渡された冒険者証を見る。
**唯。**
私の名前がある。
唯:「…………」
昨日まで、この世界で私は何者でもなかった。
洞窟にいた一匹の魔物。
お金もなければ、仕事もない。
自分がここにいることを証明するものすらなかった。
でも今は違う。
この世界に。
ちゃんと私の名前が刻まれた。
唯:「私……冒険者になったんだ」
エマ:「うん。おめでとう、唯」
唯:「ありがとう!」
嬉しい。
めちゃくちゃ嬉しい!
ここから私の華々しい冒険者生活が始まる!
唯:「エマ!」
エマ:「なに?」
唯:「ドラゴン討伐しよう!」
エマ:「死ぬよ?」
唯:「即答!?」
フィーネが依頼掲示板を指す。
フィーネ:「まずはこちらの採取依頼などはいかがでしょう?」
◇
――数十分後。
唯:「…………地味」
森。
草。
手には籠。
記念すべき初依頼。
その内容は――。
**薬草採取。**
エマ:「新人なんだから」
唯:「ゴブリンとかは?」
エマ:「まず薬草」
唯:「魔物討伐……」
エマ:「薬草」
唯:「ドラゴン……」
エマ:「論外」
唯:「はい」
私の華々しい冒険者生活。
初日から地味だった。
◇
エマ:「唯、それ違うよ」
唯:「え?」
摘もうとしていた草を見る。
唯:「似てるじゃん!」
エマ:「こっちは薬草じゃないの」
唯:「むぅ……」
草なんて全部同じに見える。
(……そうだ)
唯:「《鑑定》!」
――――――――――
《ニガ草》
食用には適さない雑草。
非常に苦い。
――――――――――
唯:「雑草!」
エマ:「だから言ったでしょ?」
なら、こっちは。
――――――――――
《ノスト薬草》
止血薬などの材料として使用される。
――――――――――
唯:「あった!」
エマ:「え?」
唯:「こっち薬草!」
《鑑定》。
洞窟では魔物を調べるために使っていたけど――。
(これ、採取依頼でもめちゃくちゃ便利じゃん!)
唯:「これ!」
ぶちっ。
唯:「こっちも!」
ぶちっ。
エマ:「唯、ちょっと待って!」
視界に入る草を次々と鑑定。
しばらくすると――。
エマ:「……もう必要数集まったよ?」
唯:「え?」
籠を見る。
いっぱい。
エマ:「すごいね。初めてなのに」
唯:「私……」
剣でもない。
魔法でもない。
薬草の詰まった籠を見つめる。
唯:「採取職の才能ある?」
エマ:「あるかも」
唯:「複雑!」
◇
森は穏やかだった。
木漏れ日。
鳥の声。
洞窟とはまるで違う。
隣にはエマ。
エマ:「もう少し集めたら、お昼にしよっか」
唯:「キャピ!」
(これ、ほぼピクニックじゃない?)
好きな人と森を歩いて。
仕事をして。
一緒にお昼を食べる。
思っていた冒険者生活とは違うけど――。
(こういうのも悪くないかも)
そう思った、そのとき。
――ふっ。
唯:「…………?」
鳥の声が消えた。
虫の音も聞こえない。
エマ:「唯?」
唯:「……静かじゃない?」
エマも周囲を見回す。
エマ:「ほんとだ……」
洞窟で何度も経験した。
こういうときは。
(何かいる)
《振動感知》へ意識を向ける。
木々の向こう。
ゆっくり。
こちらへ近づいてくる何か。
人……?でも。
人間とは少し違う。
???:「あら?」
女の声。
木々の向こうから、一人の女性が姿を現した。
銀色の髪。白い肌。赤い瞳。
息を呑むほど綺麗な女性だった。
なのに。
私の本能が全力で警鐘を鳴らしている。
(この人――ヤバい)
女性の赤い瞳が、まっすぐ私を捉える。
そして。
楽しそうに細められた。
???:「やっと見つけた♡」
唯:「…………」
(初依頼、薬草採取だよね?)
なんで。
(絶対、薬草よりヤバいの来たんだけど!?)
**――第31話 私、冒険者になります! 完**




