閑話2 「異世界の初お風呂で「にぎにぎ」」
# 閑話2 異世界の初お風呂で「にぎにぎ」
ガルドたちが冒険者ギルドで報告をしている間。
宿を決め終えた私とエマには、依頼達成の祝賀会まで少し時間ができた。
エマ:「まだ時間あるし、服を買いに行かない?」
唯:「服?」
エマ:「うん。唯、自分の服まだ持ってないでしょ?」
唯:「…………」
自分の身体を見る。
今着ている服も、エマから借りたものだ。
そりゃそうだ。
昨日までコウモリだった私が、人間用の服なんて持っているはずがない。
エマ:「普段着と、冒険するときの服。何着かあった方がいいと思うよ」
唯:「なるほど!」
エマ:「それ買ったら、一緒にお風呂も行こっか」
唯:「お風呂!?」
お風呂!
何か月ぶりとかじゃない。
**転生してから初めての、まともなお風呂!**
しかも――。
(エマと一緒に!?)
唯:「行く!」
エマ:「ふふっ。じゃあ決まりだね」
唯:「…………あ」
エマ:「どうしたの?」
唯:「私、お金ない」
所持金。
ほぼゼロ。
元コウモリに貯金などあるはずもない。
エマ:「じゃあ、私が貸してあげるよ」
唯:「えっ!?」
エマ:「冒険者になって稼いだら返してくれればいいから」
入街税。
服代。
ついでに風呂代。
私の頭の中で、借金が積み上がっていく。
唯:「借金増えるキャピぃぃぃ!」
エマ:「あはは! ちゃんと返してね?」
唯:「異世界生活、借金から始まってるんだけど!?」
◇
エマ:「唯! これ着てみて!」
唯:「また!?」
服屋へ入ってからというもの。
なぜかエマの方が張り切っていた。
エマ:「絶対かわいいから!」
あれでもない。
これでもない。
着替えてはエマに見せ、また着替える。
結局。
普段着を二着。
動きやすい冒険者用の服を二着。
さらに下着や細々したものまで買うことになった。
エマ:「うん! これ、すごく似合ってる!」
唯:「ほんと?」
エマ:「かわいいよ!翼も出せるし!」
唯:「キャピ……」
面と向かって言われると照れる。
でも。
女の子と二人で服を選んで。
このあと、一緒にお風呂。
………待って
これって。
デートだよね!?
異世界初デート!
ただし――。
**全額、相手からの借金である。**
◇
買い物を終え、二人で共同浴場へ向かった。
身体を洗う場所と、大きな湯船があるらしい。
人化してからはもちろん。
転生してから初めての、まともなお風呂だ。
(ついに……)
(お風呂ぉぉぉぉ!)
洗い場へ入ると、エマが洗髪用の石鹸を手に取った。
エマ:「唯、髪洗ってあげよっか?」
唯:「いいの!?」
エマ:「うん。座って」
言われるまま腰を下ろす。
エマが私の髪を濡らし、泡立てた指を通していく。
唯:「…………おお」
エマ:「痛くない?」
唯:「うん……気持ちいい」
エマ:「ふふっ。よかった」
優しく頭を洗われる。
さっきまで邪なことを考えていたはずなのに。
なんだろう。
すごく落ち着く。
洞窟では、誰かにこんなことをしてもらうなんて考えもしなかった。
唯:「じゃあ次、私がエマの洗う!」
エマ:「お願いしようかな」
今度は私が後ろへ回る。
長い髪を濡らして、指を通す。
唯:「エマの髪、綺麗だね」
エマ:「唯の髪も綺麗だったよ?」
唯:「……キャピ」
また照れた。
仕上げに、エマが簡単な《生活魔法》を使う。
淡い光が身体を撫で、細かな汚れが落ちていった。
唯:「生活魔法、便利すぎない!?」
エマ:「簡単な汚れを落とすくらいだけどね」
唯:「それでも欲しい!」
洞窟時代にあったら、どれだけ助かったことか。
絶対覚えよう
◇
唯:「ふぁぁぁぁぁ……」
肩まで湯船に沈む。
温かい。
身体の芯まで、じわぁっと熱が染み込んでくる。
唯:「…………幸せ」
エマ:「そんなに?」
唯:「そんなに!」
洞窟では。
食べる。
逃げる。
戦う。
眠る。
ずっと、それだけだった。
こんなふうに何もしないで温かいお湯に浸かるなんて、考える余裕すらなかった。
私、本当に人間の生活に戻ってきたんだ……
ベッドがある。
服がある。
お風呂がある。
隣には――。
エマ:「唯、すっごく嬉しそう」
笑っているエマがいる。
唯:「うん!」
それだけで。
なんだか胸の奥まで温かくなった。
しばらく二人で湯船に浸かっていると。
エマ:「……唯」
唯:「ん?」
エマ:「もうちょっと、近くに行っていい?」
唯:「えっ?」
唯:「い、いいよ」
エマ:「……うん」
すっ。
エマが私のすぐ隣まで寄ってくる。
肩が触れそうな距離。
(近い近い近い!)
ちらっと横を見る。
エマの頬も少し赤い。
お風呂のせい。
……だよね?
エマ:「唯の手って、綺麗だね」
唯:「そう?」
エマ:「私とどっちが大きいかな」
唯:「比べてみる?」
ぺたっ。
手のひらを合わせる。
エマ:「……唯の方が少し小さい」
唯:「ほんとだ」
指の長さまで比べていると。
するっ。
エマの指が、私の指と指の間へ入ってきた。
きゅっ。
唯:「…………!」
え。
これ。
(恋人つなぎ!?)
にぎ。
唯:「キャピ……」
にぎ、にぎ。
唯:「キャピぃ……」
エマ:「唯の手、柔らかいね」
唯:「エ、エマも///…」
なんだこれ。
恥ずかしい。
めちゃくちゃ恥ずかしい。
なのに――。
離したくない。
エマも手を離さなかった。
◇
エマ:「……唯」
唯:「ん?」
つないだ手を見つめたまま、エマが呟いた。
エマ:「あのとき……助けてくれて、ありがとう」
唯:「急にどうしたの?」
エマ:「ちゃんと言ってなかったなって」
エマの指に、少しだけ力が入る。
エマ:「あのとき、本当に死ぬと思った。でも唯が来てくれたから、今もこうしていられる」
唯:「…………」
エマ:「それに……唯にも会えた」
照れたように笑う。
エマ:「だから、ありがとう」
その言葉が。
お湯よりも温かく感じた。
唯:「……私もだよ」
エマ:「え?」
唯:「エマが庇ってくれなかったら、私、ガルドにやられてたかもしれないし」
血までくれた。
そのおかげで、私は人間の姿になれた。
そして今。
こうして一緒に街を歩いて、お風呂に入っている。
唯:「私も、エマに会えてよかった」
エマ:「…………うん」
きゅっ。
もう一度。
つないだ手が強く握られた。
――ドクン。
エマ:「…………」
唯:「エマ?」
エマ:「ううん。なんでもない」
なぜかエマの顔が、さらに赤くなっていく。
エマ:「……なんか、のぼせてきたかも」
唯:「大丈夫?」
エマ:「うん。でも……もうちょっとだけ、このまま」
唯:「…………」
にぎ。
唯:「……うん」
にぎ、にぎ。
まあ。
お風呂だしね
顔くらい赤くなるよね。
◇
お風呂から上がり。
買ったばかりの服に着替える。
唯:「おお……私の服!」
借り物じゃない。
正確には借金で買った服だけど。
そこは考えないことにする。
荷物をまとめていると、今まで借りていたエマの服が目に入った。
唯:「あ、エマ。これ洗って返すね!」
エマ:「洗わなくてもいいよ」
唯:「…………えっ?」
エマ:「…………えっ?」
沈黙。
私を見るエマ。
エマを見る私。
唯:「なんで?」
エマ:「…………」
エマが自分の言った言葉を理解したらしい。
ぼんっ、と顔が赤くなった。
エマ:「な、なんでだろう!?」
唯:「私に聞かれても!?」
エマ:「や、やっぱり洗って!」
唯:「どっち!?」
エマ:「洗って!」
唯:「はい!」
エマが両手で真っ赤な顔を隠す。
エマ:「…………私、どうしたんだろ」
唯:「お風呂でのぼせた?」
エマ:「……たぶん」
唯:「そっか」
なるほど。
お風呂、恐るべし。
こうして私たちは。
なぜか最後まで顔を赤くしたまま――。
ガルドたちの待つ、依頼達成祝いへ向かった。
もちろん。
ついさっきまで手を**にぎにぎ**していたことには。
二人とも触れなかった。
**――閑話2 異世界の初お風呂で「にぎにぎ」 完**




