第29話 「異世界の街、テンション上がる!」
# 第29話 異世界の街、テンション上がる!
街道を進むにつれて、遠くに見えていた城壁がどんどん大きくなっていく。
馬車。
旅人。
荷物を山ほど積んだ商人。
剣を腰に下げた冒険者。
そして――。
唯:「…………!」
猫耳!
今、猫耳いた!
しかも尻尾まで生えてた!
唯:「キャピ……!」
エマ:「唯、楽しそうだね」
唯:「だって獣人だよ! 本物だよ!」
リン:「珍しい?」
唯:「珍しいに決まってる!」
洞窟を出ただけでも感動したのに。
人が増えるほど、異世界感まで増していく。
ああ。
やっと来た。
これだよ、私が想像してた異世界!
思わず駆け出しそうになったところで。
ガルド:「唯。街に入る前に、一つ話がある」
唯:「ん?」
ガルドの声が、少し低くなった。
◇
ガルド:「街じゃ、自分がヴァンパイアだって言うな」
唯:「……そんなにまずいの?」
ガルド:「まずい」
数百年前。
人間と魔族の間では、大きな戦争があったらしい。
今は普通に交流している地域もあるけれど、魔族を嫌う人間はまだ多い。
ガルド:「亜人ならノストにもいる。だが魔族となると話は別だ」
ミレイ:「特にヴァンパイアはね」
人の血を吸う。
拉致する。
催眠で操る。
眷属を増やす。
そんな話が昔から残っているらしい。
ガルド:「ヴァンパイア種だと知られりゃ、討伐対象として扱われてもおかしくねえ」
唯:「…………」
さっきまでの浮かれた気分が、少しだけ引っ込んだ。
私にとって《ヴァンパイアドラ》は、念願の人化を手に入れた進化先だ。
でも人間から見れば。
私は――魔族。
リューク:「必要以上に怖がるな。魔力を抑えていれば、普通の人間にはまず分からない」
ガルド:「ただし、さっきみてえに魔力を撒き散らすなよ」
唯:「…………はい」
読まれてる。
ガルド:「俺たちは、お前がエマを助けたのを知ってる。だから信用するし、正体も黙ってる」
ガルドが真っ直ぐ私を見る。
ガルド:「だから、お前も無茶すんな」
唯:「……うん」
怖がらせるためじゃない。
私が人の街で生きていくために教えてくれている。
(ガルド、いい人だな)
ガルド:「最悪、問題起こしたら俺が止めるからな」
唯:「そこは怖い!」
ガルド:「がははは!」
……前言撤回。
ちょっと怖い。
◇
そして。
ついに城門へ到着した。
門兵:「入街税、小銀貨一枚」
唯:「…………」
…………。
唯:「エマ」
エマ:「なに?」
唯:「私、無一文だった」
エマ:「知ってる」
唯:「キャピ……」
チャリン。
エマが代わりに払ってくれた。
エマ:「貸しだからね?」
唯:「はい……」
街に入る前から借金。
異世界、世知辛い。
門を抜けた瞬間。
唯:「おおおおお……!」
石畳の道。
左右に並ぶ建物。
行き交う馬車。
大声で客を呼ぶ商人。
武器屋。
服屋。
雑貨屋。
そして屋台から漂ってくる――。
唯:「いい匂い!」
肉!
絶対なんか焼いてる!
唯:「エマ! あれ食べたい!」
エマ:「あとでね」
唯:「あっ、武器屋!」
エマ:「先にギルド」
唯:「本屋もある!」
エマ:「唯」
唯:「ちょっとだけ――」
エマ:「ダメ」
唯:「…………はい」
リン:「もう完全に保護者ね」
唯:「違うから!」
エマ:「唯、置いてくよ」
唯:「待って!」
…………。
(違うよね?)
やがて、一際大きな建物が見えてきた。
扉の上には、剣と盾を組み合わせた看板。
出入りする武装した人たち。
これは――。
唯:「冒険者ギルド……!」
扉をくぐる。
掲示板いっぱいに貼られた依頼書。
受付に並ぶ冒険者。
剣。
鎧。
杖。
奥には酒場まである。
唯:「…………!」
すごい。
本当にある。
ゲームでも漫画でもない。
本物の冒険者ギルドだ。
(私もここで依頼を受けたりするのかな)
薬草採取。
魔物討伐。
護衛。
そして、いつかは――。
(ドラゴン討伐とか!)
ガルド:「唯。キャピキャピうるせえぞ」
唯:「しゃべってないよ!」
ガルドたちは受付へ向かった。
今回の目的は、洞窟の異変調査。
そこで確認した二体の巨大魔獣。
グランガとアビスラの死。
さらに縄張りが崩れたことで、洞窟内の魔物が動き始めていること。
話が進むにつれて、受付嬢の顔から笑顔が消えていった。
受付嬢:「……少々、お待ちください」
受付嬢が奥へ消える。
しばらくして戻ってくると。
受付嬢:「ギルド長が、直接お話を伺いたいとのことです」
ガルド:「……やっぱりそうなるか」
どうやら、思っていた以上に大事らしい。
ガルド:「長くなるぞ。エマ」
エマ:「うん?」
ガルド:「唯と宿でも取ってこい。終わったら合流する」
唯:「宿!」
ベッド!
ついに岩の上じゃない!
◇
再びエマと街へ出る。
宿を探しているだけなのに、視線があっちこっちへ吸い寄せられる。
パン屋。
雑貨屋。
本屋。
そして――。
唯:「…………酒屋」
エマ:「ダメ」
唯:「まだ何も言ってない!」
なんで分かるの!?
やがてギルドから近い宿を見つけた。
エマが受付横の料金表を眺める。
エマ:「一人部屋が二つだと……」
少し考えてから。
エマが私を見る。
エマ:「ねえ、唯」
唯:「ん?」
エマ:「私と……同じ部屋にしない?」
唯:「…………」
…………はい?
エマ:「ほら! 相部屋の方が安いから!」
唯:「あ、ああ。なるほど」
確かに私は無一文。
さっき入街税まで借りたばかりだ。
合理的。
ものすごく合理的。
ただ――。
エマの頬が、ほんの少し赤い。
(…………なんで照れてるの?)
女の子。
二人。
同じ部屋。
…………。
(いやいやいや。落ち着け私)
エマ:「……嫌?」
唯:「全然! 一緒にしよう!」
エマ:「……うん!」
ぱっと笑うエマ。
その顔を見て。
私の心臓まで、少しだけ跳ねた。
(…………まあ)
異世界で初めての宿。
一人じゃないっていうのも――。
(悪くないか)
こうして。
洞窟しか知らなかった私に。
異世界で初めての街と――。
**初めて帰る部屋ができた。**
**――第29話 異世界の街、テンション上がる! 完**




