第24話 「私の名前は唯」
# 第24話 私の名前は唯
人間になった。
……正確には、翼も尻尾も牙も残ってるけど。
それでも。手がある。
言葉が話せる。
そして、感情が昂ると――。
唯:「…………キャピ」
リン:「また言った」
唯:「今のは違う!」
リン:「何が違うの?」
唯:「……なんとなく!」
どうやら「キャピ」との付き合いだけは、まだ続くらしい。
そんな私をしばらく眺めていたガルドが、腕を組んだ。
ガルド:「……で」
唯:「?」
ガルド:「喋れるようになったなら、そろそろ聞かせてもらっていいか?」
ですよね。
巨大なコウモリが女の子を助けたと思ったら、
人間の血を吸って光り始めて、いきなり人型になった。
私が逆の立場でも絶対聞く。
ガルド:「お前、何者なんだ?」
唯:「…………」
何者。
元人間。
異世界から転生してきました。
気づいたらコウモリでした。
……全部そのまま話しても、信じてもらえる気がしない。
(それに、会ったばっかりだし)
だから。
まずは、一番簡単なことから。
唯:「私の名前は――唯」
口にしてから。
少しだけ、胸が熱くなった。
唯。
たった二文字。
ずっと自分の中では分かっていた。
でも、この世界に来てから一度も。
誰かに自分の声で伝えたことはなかった。
エマ:「ユイ?」
唯:「うん。唯」
言えた。ちゃんと。
私の名前。
エマ:「私はエマ。よろしくね、唯」
唯:「うん。知ってる」
エマ:「……え?」
唯:「…………あ」
しまった。
リン:「なんで知ってるの?」
唯:「…………」
そりゃ。隠密しながら、
しばらく後ろをつけてましたから。
みんなの会話も聞いてましたから。
なんて。
(言えるかぁぁぁ!!)
唯:「…………キャピ」
リン:「今のキャピ、絶対何か誤魔化したでしょ」
唯:「誤魔化してない!」
ミレイ:「分かりやすいわね、この子」
唯:「キャピで感情読むのやめて!」
くすっとエマが笑った。
……まあ、いいか。
ガルド:「俺はガルドだ」
ミレイ:「ミレイよ」
リン:「リン」
リューク:「リュークだ。よろしく」
唯:「うん。よろしく」
ガルド。
ミレイ。
リン。
リューク。
そして、エマ。
もう知っていた名前を、今度は本人たちの口から聞く。
私も、自分の名前を伝える。
(なんか……いいな、これ)
ずっと一人だったから。
名前を教え合うだけのことが、妙に嬉しかった。
◇
ミレイ:「そうだ。今なら、もう少し分かるかもしれない」
唯:「何が?」
ミレイ:「あなたの種族」
ミレイの目が淡く光る。
ミレイ:「《鑑定》」
少しして。
ミレイ:「…………え?」
ガルド:「どうした?」
ミレイ:「やっぱり変わってる」
唯:「おお!」
(ちゃんと進化してる!)
ミレイ:「《ヴァンパイアドラ》……?」
ガルド:「ヴァンパイア?」
リューク:「でも、さっきまでコウモリ系の魔物だったよな?」
ミレイ:「ええ。それに種族分類が……《半魔族種》」
全員の視線が私に集まった。
唯:「…………キャピ?」
ガルド:「なんでお前が首傾げてんだ」
唯:「だって私も今なったばっかりだもん!」
ミレイ:「魔物から半魔族へ進化する個体なんて、私は聞いたことないわ」
リューク:「僕もだ」
ガルド:「ヴァンパイア自体は知ってるが……こんな進化をする奴がいるなんてな」
ガルドが私の翼を見る。
次に尻尾。
最後に牙。
唯:「そんなに見られても、私だって分かんないよ」
ガルド:「お前、自分のことなのに何も知らねえな」
唯:「しょうがないでしょ! 説明書ついてなかったんだから!」
あったら私が読みたい。
異世界転生初心者ガイド。
できれば最初に配ってほしかった。
◇
ガルド:「じゃあ、もう一つ」
少しだけ、ガルドの表情が真面目になる。
ガルド:「お前は、どこから来た?」
唯:「どこから……」
ガルド:「こんな深いところに、なんで一人でいた?」
答えに詰まる。
どこから来たと言われても。
(日本です)
とは、まだ言えない。
唯:「……気づいたら、この洞窟にいたの」
ガルド:「気づいたら?」
唯:「うん。それから、ずっと一人」
エマ:「ずっと……?」
唯:「うん」
ネズミと戦って。
血を吸って。
飛ぶ練習をして。
進化して。
触手に巻かれて。
怪獣に追い回されて。
(…………ろくな思い出ないな)
ガルド:「出口は?」
唯:「知らない」
「…………」
唯:「なに、その顔」
リン:「いや……」
ミレイ:「ここ、かなり深い場所よ?」
唯:「そうなの?」
ガルド:「そうなの? じゃねえよ」
知らないものは知らない。
私にとっては、ここが世界のほとんどだったんだから。
エマ:「じゃあ……私たちが?」
唯:「うん」
エマを見る。
唯:「初めて会った人間」
エマ:「…………」
少しだけ、エマの表情が変わった。
何か言いたそうだったけど。
ガルドが先に口を開いた。
ガルド:「だったら、ちょうどいい」
唯:「?」
ガルド:「この洞窟で最近、何か変わったことはなかったか?」
唯:「…………」
ある。ものすごくある。
ガルド:「……なんで目を逸らす」
唯:「キャピ」
リン:「また誤魔化した」
唯:「癖なの!」
◇
ガルドたちは、この洞窟の異変を調べるために来たらしい。
調査を始めて数日。
本来ならもっと深い場所にいる魔物が、浅い場所まで出てきている。
地上近くでも、洞窟に棲む魔物の姿が確認されている。
そして少し前には――。
ガルド:「かなり大きな地響きと、魔獣らしき咆哮があった」
唯:「…………キャピ」
心当たりしかない。
ミレイ:「唯?」
唯:「……たぶん」
ガルド:「なんだ?」
唯:「その異変、私、知ってるかも」
全員の顔が変わった。
◇
唯:「この奥にね、すっごく大きな地竜がいたの」
ガルド:「地竜?」
唯:「《岩甲地竜グランガ》」
乾いた洞窟。
巨大な足跡。
岩壁を揺らすほどの振動。
最初に見たとき、鑑定すらまともに通らなかった。
唯:「それと、反対側の湿った洞窟には《深淵大蛇アビスラ》」
リューク:「二体も……?」
唯:「うん。魔物たちも、その二匹の縄張りには近づこうとしなかった」
ガルドが考え込む。
ガルド:「……その二体が争ったのか?」
唯:「うん」
ガルド:「何がきっかけだ?」
唯:「…………」
ガルド:「おい」
唯:「…………キャピ」
リン:「嫌な予感する」
唯:「アビスラに……追いかけられまして」
ガルド:「ああ」
唯:「食べられそうだったから、必死に逃げまして」
ミレイ:「それで?」
唯:「気づいたら……グランガの縄張りに入ってまして」
「…………」
静か。
すごく静か。
唯:「…………キャピ」
リン:「それ、キャピで誤魔化せる規模じゃないよ」
唯:「わざとじゃないもん!」
私だって食べられたくなかったんだから!
ガルド:「……待て」
ガルドが顎に手を当てる。
ガルド:「お前の話が正しいなら、その二体が互いの縄張りを牽制してた可能性がある」
ミレイ:「それが崩れたから、深部の魔物が移動し始めた……?」
リューク:「浅い場所へ押し出されているのか」
唯:「…………」
(やっぱり私、結構やらかしてない?)
いや。生きるためだった。
不可抗力。
私は悪くない。
……たぶん。
ガルド:「それで、その二体は今どうしてる?」
唯:「死んだよ」
ガルド:「…………は?」
唯:「二匹とも」
「…………」
今日一番の沈黙が来た。
ガルド:「死んだ?」
唯:「うん。相打ち」
ミレイ:「……死骸は?」
唯:「残ってると思う」
ガルド:「場所は分かるか?」
唯:「もちろん」
忘れるわけがない。
私の翼が折れた場所でもある。
ガルドが仲間たちを見る。
ガルド:「確認する必要があるな」
リューク:「賛成だ。今回の異変と関係している可能性が高い」
ミレイ:「ただ、今日はもう動かない方がいいわ」
みんなを見ると、確かに疲れている。
数日間の調査。
さっきの戦闘。
私との一悶着。
エマなんて、岩爪狼に襲われたばかりだ。
ガルド:「……そうだな。今日はここで野営する」
唯:「野営?」
エマ:「ここでご飯を食べて、休んで、明日の朝また出発するの」
唯:「ご飯」
ぴくっ。
エマ:「……唯?」
唯:「人間のご飯?」
エマ:「う、うん」
「…………」
人間の。ご飯。
血じゃない。
ネズミでもない。
生肉でもない。
人間のご飯。
唯:「…………キャピ」
リン:「今のキャピは?」
唯:「めちゃくちゃ嬉しいキャピ」
リン:「もう自分で認めてるじゃん」
仕方ない。だって。
人間になって初めての夜。
どうやら私は――。
数か月ぶりに、まともなご飯を食べられるらしい。
**――第24話 私の名前は唯 完**
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