第23話 「コウモリ生活は卒業だ!だけど「キャピ」の癖は抜けません。」
# 第23話 コウモリ生活は卒業だ!だけど「キャピ」の癖は抜けません。
目の前に浮かんでいる文字を、もう一度見る。
**《特殊進化個体への進化が可能です》**
そして、その下。
**固有能力《人化》**
唯:「…………キャピ」
(人化)
人間の姿になれる。
手が使える。
二本の足で歩ける。
服だって着られる。
人間の街にも行ける。
美味しいものを食べて。
ふかふかのベッドで寝て。
お風呂に入って。
それから――。
(お酒が飲める!!)
大事。
ものすごく大事。
そして何より。
(普通に喋れるかもしれない!)
もう「キャピ」だけで全部を伝えなくていい。
さっきみたいに。
助けた相手を襲ったと勘違いされても、「違う」って言える。
嬉しかったら「ありがとう」って言える。
自分の名前だって――。
(言える……!)
選ばない理由なんて、一つもなかった。
唯:「キャピィィィ!!」
(人化一択ぅぅぅ!!)
私は迷わず選択した。
**《ヴァンパイアドラへの進化を開始します》**
◇
唯:「――キャピッ!?」
身体の奥が、一気に熱くなった。
(あっ、これ痛いやつ!!)
忘れてた。
進化って。
めちゃくちゃ痛いんだった!
唯:「キャピィィィィ!?」
骨が軋む。
身体が引っ張られる。
小さかった胴体が、急激に形を変えていく。
視界が光に包まれた。
ガルド:「エマ、離れろ!」
エマ:「でも!」
ミレイ:「待って。攻撃じゃないわ!」
リューク:「魔力が……この子に集まってる?」
みんなの声が聞こえる。
でも返事をする余裕なんてない。
唯:「キャピィィィ!!」
(痛い痛い痛い痛い!!)
背骨。
脚。
肩。
全身が作り替えられていく。
でも。
その痛みの中で。
私は気づいた。
(翼が……)
縮んでいる。
ずっと私の前脚だった、大きな翼。
その付け根が変わっていく。
肩ができる。
腕が伸びる。
その先から――。
(…………え?)
何かが生えてきた。
一つ。
二つ。
三つ。
四つ。
五つ。
(指……?)
五本。
(手……!)
そう思った瞬間。
光が弾けた。
◇
静かになった。
「…………」
何も聞こえない。
いや。
聞こえている。
誰かの息遣い。
洞窟の奥から落ちる水滴。
自分の心臓。
全部聞こえているのに。
誰も喋らない。
(……終わった?)
恐る恐る目を開ける。
視界が。
高い。
(え?)
いつもと景色が違う。
身体を起こそうとして――。
「…………!」
地面についたものを見た。
手。
黒い翼じゃない。
肌。
腕。
その先にある、小さな手のひら。
五本の指。
「…………」
一本。
曲げる。動いた。
二本目。
三本目。
全部、動く。
(手だ……)
両手を目の前まで持ち上げる。
開く。
握る。
また開く。
(私の……手)
何か月ぶりだろう。
いや。
この世界に来てからは、初めてだ。
指先で、自分の頬に触れる。
柔らかい。
毛じゃない。
肌だ。
鼻。
唇。
耳。
髪。
ちゃんと触れる。
「…………っ」
視界が滲んだ。
涙が頬を流れる。
その瞬間。翼しかなくて。
涙すら、まともに拭えなかった。
でも今は。
指を頬へ持っていく。
すっ。
涙が拭えた。
(…………拭ける)
それだけなのに。
また涙が溢れた。
(手がある……)
嬉しい。
たったそれだけのことが。
こんなに嬉しい。
◇
エマ:「……大丈夫?」
エマの声。
返事をしようとして。
「…………あ」
止まった。
(…………え?)
今。私。
「あ……」
喉に手を当てる。
「あー……」
声。キャピじゃない。
人間の。私の声。
「あ……あ……」
エマ:「……?」
エマが私を見つめている。
ガルドも。
ミレイも。
リンも。
リュークも。
でも。
今はそんなこと、どうでもよかった。
「しゃべ……」
喉が震える。
「しゃべれる……」
言葉になった。
ちゃんと。
頭の中で考えた言葉が。
そのまま口から出てきた。
「しゃべれる……!」
何か月も。
何を言っても。
怖くても。
痛くても。
嬉しくても。
全部。
キャピしか言えなかった。
でも。もう違う。
唯:「しゃべれるぅぅぅぅ!!」
涙が一気に溢れた。
唯:「やった! やったぁぁぁぁ!!」
立ち上がろうとして。
唯:「うわっ!?」
ぐらっ。
そのまま尻もちをついた。
(脚、長っ!?)
コウモリの身体に慣れすぎた。
二本脚の立ち方が分からない!
リン:「だ、大丈夫?」
唯:「大丈夫! 大丈夫だから!」
もう一度。
今度はゆっくり立つ。
ふらふらする。
それでも。立てた。
二本の脚で。
両手を広げる。
唯:「やったぁぁぁぁ!!」
嬉しい。
嬉しすぎる。
唯:「人間になれたぁぁぁぁ!!」
ずっと欲しかった。
人間の身体。
人間の声。
とうとう。
とうとう――!
唯:「キャピィィィィ!!」
「…………」
…………。
(あれ?)
洞窟が急に静かになった。
エマ:「…………」
唯:「……なに?」
エマ:「今……」
エマが瞬きをする。
エマ:「キャピって言った?」
「…………」
唯:「え?」
リン:「言ったね」
唯:「言ってない」
ミレイ:「言ったわ」
唯:「言ってない!」
リューク:「かなり大きな声で」
唯:「言ってないって!」
ガルド:「いや、言ったぞ」
唯:「なんで全員聞いてるの!?」
おかしい。喋れる。
ちゃんと喋れるようになった。
なのに。
唯:「もうコウモリじゃないんだから! キャピは卒業なの!」
エマ:「う、うん」
唯:「今日から普通に喋る! キャピ!」
「…………」
唯:「…………」
(出た)
リン:「……口癖になってるんじゃない?」
唯:「そんなぁぁぁぁ!?」
何か月もキャピキャピ言い続けたせい!?
(嘘でしょ!?)
◇
少し落ち着いてから。
改めて自分の身体を見る。
人間。……に、かなり近い。
でも。
(…………あれ?)
背中を見る。
黒いコウモリの翼。
ある。
腰の後ろを見る。
細長い尻尾。
先まで薄く鱗に覆われている。
ある。
口元を指で触る。
尖った牙。
ある。
「…………」
目の前に情報を呼び出す。
**《ヴァンパイアドラ》**
個体名:唯
個体Lv:1
種族分類:半魔族種
固有能力:
**《人化Lv.1》**
(Lv1……)
なるほど。
完全には人間になれてないらしい。
翼。尻尾。牙。
ついでにキャピ。
唯:「…………卒業できてなくない?」
ミレイ:「何が?」
唯:「こっちの話……キャピ」
リン:「また言った」
唯:「うるさい!」
笑い声が起きた。
エマも笑っている。
私も。つられて笑った。
人間の身体。
……正確には、半分くらい魔物。
普通に喋れる。
……たまにキャピ。
思っていた人化とは、ちょっと違う。
それでも。
私は自分の手を見る。
指を握る。開く。
そして。
頬に残っていた涙を、自分の指で拭った。
(これでいい)
完璧じゃなくてもいい。
だって。
私はもう。
嬉しいときに「嬉しい」と言える。
怖いときに「怖い」と言える。
助けてもらったら。
ちゃんと「ありがとう」と言える。
自分の言葉で。
唯:「…………キャピ」
…………まあ。
こいつの癖だけは。
しばらく抜けそうにないけど。
**――第23話 コウモリ生活は卒業だ!だけど「キャピ」の癖は抜けません。 完**




