第22話 「血をもらってもいいですか?」
# 第22話 血をもらってもいいですか?
ミレイ:「……骨まで折れてるわね」
唯:「…………キャピ」
ですよね。
さっきから右の翼が、まったく動かない。
エマの《ヒール》のおかげで、身体の傷はかなり楽になった。
血も止まった。
岩壁に叩きつけられたときの痛みも、だいぶ引いている。
問題は――。
試しに右翼を少しだけ動かす。
唯:「キャピッ!?」
ズキンッ!
(痛ぁぁぁぁい!!)
エマ:「ご、ごめん! 動かさないで!」
唯:「キャピィ……」
やっぱり飛べない。
折れた骨までは治っていなかった。
エマ:「私の《ヒール》じゃ、骨折までは……」
エマが申し訳なさそうに俯く。
いやいやいや。
十分だから。
むしろ治療してもらってるだけで、めちゃくちゃありがたい。
……まあ。
そもそも翼を折ったのは。
ちらっ。
ガルド:「…………」
そこの大盾だけど。
ガルド:「……なんだ、その目は」
唯:「キャピ」
(別に)
ガルド:「絶対なんか言ってるだろ」
◇
ミレイ:「でも、このままじゃ困るわね」
ミレイが私の右翼を眺める。
ミレイ:「コウモリドラって、《吸血》で傷を回復する魔物じゃなかった?」
唯:「キャピ?」
ガルド:「そういや、さっき岩爪狼から血を吸ってたな」
リューク:「それで治せないのか?」
そうだ。
《吸血》。
今までだって、傷を負ったときは血を吸って治してきた。
さっきの岩爪狼からも吸ったけど、エマを助けるために倒すことを優先したから、十分な量は吸えていない。
(もう一回、血を吸えれば……)
私は倒れている岩爪狼を見る。
でも。
もう死んでから少し経っている。
ミレイ:「死んだ魔物の血でも多少は効果があると思うけど……」
少し考えてから、私を見る。
ミレイ:「生きている相手から直接吸った方が、回復にはいいかもしれないわね」
唯:「…………キャピ」
(ありそう)
《吸血》って、ただ血を飲んでるだけじゃない。
傷が治ったり。
相手の情報を取り込んだり。
何かもっと――生命そのものに近いものを吸っている感じがする。
でも。
(生きてる相手って……)
私は五人を見る。
…………。
(いやいやいや)
無理無理。
人間から吸うとか。
さすがに――。
エマ:「だったら……私の血、使って」
唯:「キャピ!?」
思わずエマを見る。
エマは自分の袖を捲っていた。
ガルド:「待て、エマ」
エマ:「少しだけです」
ガルド:「少しでもだ。相手は吸血する魔物だぞ」
唯:「キャピ!」
(そうそう!)
そこはガルドに賛成!
私だって自分がどれだけ吸うのか、ちゃんと分かってない。
もし止まらなくなったらどうするの。
エマ:「でも、この子は私を助けてくれました」
エマが私を見る。
エマ:「今度は、私が助けたいんです」
唯:「…………キャピ」
ずるい。
そんなこと言われたら。
(嬉しいじゃん……)
でも――。
人間の血。
魔物の血なら、もう何度も吸った。
最初は抵抗があったのに、今じゃ普通に食事扱い。
だけど、人間は違う。
(私、ついにそこまで行っちゃうの?)
人間の血まで吸ったら。
本当に、戻れなくなるような気がした。
唯:「…………キャピ」
迷っていると。
エマ:「大丈夫」
エマが腕を差し出す。
その拍子に、髪がさらりと肩から落ちた。
白い首筋が見える。
――ドクン。
唯:「…………」
牙が疼いた。
(…………美味しそう)
…………。
(いやいやいやいや!?)
何考えた、私!?
首筋。
白い肌。
その下を流れている血。
さっきまでとは違う意味で、心臓がうるさい。
(ダメダメダメ!)
エマだぞ!
命を助けてくれた子!
しかも、めちゃくちゃ可愛い!
そんな子の首にいきなりガブッとか――。
(いろんな意味でアウトぉぉぉ!!)
唯:「キャピ!」
私は勢いよくエマの腕を指した。
エマ:「……ここ?」
唯:「キャピキャピ!」
(そこ! 腕! 腕でお願いします!)
首は見ない。
絶対見ない。
腕ならまだ健全。
たぶん。
◇
私はエマの腕へ顔を近づける。
……近い。
人間の匂いがする。
牙を立てる直前で、止まった。
唯:「…………キャピ?」
エマを見る。
本当にいい?
言葉にはできない。
それでも伝わったのか。
エマは小さく頷いた。
エマ:「うん。大丈夫」
唯:「…………キャピ」
なら。
ほんの少しだけ。
ぷつっ。
牙を立てる。
エマ:「……んっ」
唯:「キャピ!?」
反射的に口を離した。
エマ:「大丈夫。ちょっとびっくりしただけ」
唯:「…………」
エマ:「いいよ」
エマがもう一度、腕を差し出す。
私は恐る恐る牙を立てた。
《吸血》
血が口へ流れ込む。
唯:「――――!」
甘い。
温かい。
今まで吸ってきた魔物の血とは、何かが違う。
身体の奥へ。
もっと深いところへ。
何かが直接、染み込んでくる。
ドクンッ!
唯:「キャピ!?」
全身が震えた。
同時に、折れていた右翼が熱を持つ。
骨が。
傷が。
急速につながっていく。
(治ってる……!)
私はすぐに牙を抜いた。
これ以上はいらない。
エマ:「もういいの?」
唯:「キャピ!」
(十分! ありがとう!)
右翼をゆっくり広げる。
痛くない。
動く。
唯:「キャピィ!」
(治ったぁ!)
その瞬間。
《特殊生命情報を取得しました》
唯:「…………キャピ?」
《休眠中の進化系譜との適合を確認》
目の前に文字が浮かぶ。
《特殊進化条件を再判定します》
(進化条件?)
そして。
何度も確認した、あの進化先が表示された。
---
《ヴァンパイアドラ》
進化条件:
《個体Lv.30》 達成
《■■の血を摂取する》 未達成
---
唯:「…………」
伏せられていた文字が揺れる。
ゆっくりと。
黒く隠されていた部分が消えていく。
---
《人族の血を摂取する》 達成
---
唯:「…………キャピ?」
《特殊進化条件を達成しました》
《特殊進化個体への進化が可能です》
来た。
(来た……!)
ずっと分からなかった条件。
■■の血。
(人間の血だったんだ……!)
そして。
もう一つ。
《ヴァンパイアドラ》の情報が更新される。
---
《ヴァンパイアドラ》
半魔族種/極希少種
魔物から半魔族へ存在進化した特殊個体。
進化特性――
**固有能力《人化》**
---
唯:「…………」
時間が止まった。
人化。
何度も欲しいと思った。
手が欲しい。
普通に歩きたい。
服を着たい。
人間の街へ行きたい。
お酒を飲みたい。
誰かと。
普通に言葉を交わしたい。
そして何より――。
唯:「…………キャピ」
もう。
キャピしか言えない生活から。
(卒業……できる?)
私は動くようになった右翼を広げた。
その先にいるエマを見る。
エマ:「……?」
エマには、目の前の文字は見えていない。
当然。
私に何が起きたのかも分からない。
でも。
この子がくれた血で。
ずっと探していた道が、開いた。
唯:「…………キャピ」
(人間に――)
目の前には、はっきりと表示されている。
**《進化可能です》**
(人間になれる……!)
**――第22話 血をもらってもいいですか? 完**




