第21話 「キャピしか言えない」
# 第21話 キャピしか言えない
――ザッ。
唯:「…………キャピ?」
《振動感知》に引っかかった反応。
前方。複数。
しかも速い。
私は《隠密》を維持したまま、ガルドたちの後を追う。
リン:「来る!」
《岩爪狼》
魔物ランク:D
(四体……!)
ガルド:「固まれ! エマは後ろ!」
エマ:「はい!」
ガルドが大盾を構える。
一体目が正面から飛びかかり――。
ガァン!!
爪を盾で受け止めた。
ミレイ:「右!」
矢が飛ぶ。
リンが岩陰を使って側面へ回り込み、リュークの魔法が暗闇を照らす。
(やっぱり、すごい……!)
さっき見た戦いより激しい。
相手はDランク。
私と同じだ。
それが四体。
なのにガルドたちは、お互いの隙を埋めながら戦っている。
――でも。
唯:「…………キャピ?」
おかしい。
《振動感知》に反応がある。
目の前に四体。
なのに――。
(五体いる)
一体だけ。
戦っていない。
大きく回り込んでいる。
狙っているのは――。
唯:「…………!」
後ろ。
◇
岩陰から、五体目が飛び出した。
エマ:「えっ」
ドンッ!!
エマ:「きゃっ!」
エマの身体が地面へ倒れる。
岩爪狼がその上へ覆いかぶさった。
ガルド:「エマ!」
ガルドが振り返る。
でも正面には三体。
リンもミレイもリュークも、すぐには動けない。
岩爪狼が口を開く。
牙が――エマの首へ。
(間に合わない!)
考えるより先に。
私は《隠密》を解除していた。
唯:「キャピィィィ!!」
翼を畳む。
一気に急降下。
――ドンッ!!
横から体当たりする。
岩爪狼の身体がエマから外れた。
エマ:「……え?」
首筋。
《弱点感知》が示した場所へ噛みつく。
暴れる。
爪が身体をかすめる。
それでも離さない。
《吸血》
温かい血が流れ込む。
狼の抵抗が弱くなり――。
やがて、動かなくなった。
(よし……!)
牙を抜く。
振り返る。
地面に座り込んだエマと目が合った。
エマ:「…助けてくれた?………」
唯:「…………キャピ」
(大丈夫?)
その瞬間。
ガルド:「エマから離れろぉぉ!!」
視界いっぱいに、大盾が迫った。
――ドゴッ!!
身体が吹き飛ぶ。
何が起きたのか分からないまま、岩壁へ叩きつけられた。
ゴキッ。
唯:「―ぎャピィッ!?」
右の翼に激痛。
地面へ落ちる。
(いっ……たぁぁぁぁ!?)
何!?
なんで!?
起き上がろうとして――。
唯:「キャピッ!」
ズキンッ!
右の翼が動かない。
(折れてる……!?)
飛べない。
逃げられない。
顔を上げる。
大盾を構えたガルドが、エマを庇うように私の前へ立っていた。
その目は。
完全に私を――魔物として見ていた。
◇
ガルド:「……動くな」
唯:「キャピ! キャピキャピ!」
(違う! 私、エマを助けただけ!)
ガルド:「…………」
唯:「キャピキャピ!」
(あの狼を倒したの!)
傍らには岩爪狼の死体。
エマは生きている。
見れば分かる。
そう思った。
でも。
唯:「キャピ!」
口から出てくるのは。
これだけ。
ガルド:「エマ、下がってろ」
ガルドが一歩近づく。
唯:「…………キャピ」
そこで。
ようやく理解した。
また殴られたら痛いとか。
翼が折れたとか。
そんな話じゃない。
(私……殺される?)
身体が震えた。
逃げようと右の翼を動かす。
唯:「キャピッ!」
激痛。
無理。
飛べない。
後ろは岩壁。
前にはガルド。
唯:「キャ……ピ……」
(嫌だ)
死ぬ?
ここで?
せっかく、もう一度生きられたのに。
(私……まだ何にもしてない)
人間になれてない。
人間の街にも行ってない。
冒険だってしてない。
美味しいものも食べたい。
お酒だって飲みたい。
ふかふかのベッドで寝たい。
お風呂にも入りたい。
誰かと普通に話したい。
それに――。
(恋人だって作ってない……)
欲しいもの。
やりたいこと。
まだ、いっぱいある。
なのに。
(ここで終わるの?)
視界が滲んだ。
ぽたっ。
涙が地面へ落ちる。
唯:「キャピ……キャピィ……」
(嫌だ……)
怖い。
(死にたくない)
唯:「キャピィ……キャピィィ……!」
止められなかった。
折れた翼を庇うように身体を丸める。
唯:「キャピィィィ……!」
(死にたくないよぉ……!)
◇
ガルド:「…………?」
足音が止まった。
ミレイ:「……泣いてる?」
リン:「魔物が……?」
リューク:「やっぱり、普通の個体じゃないな……」
唯:「キャピィ……」
涙を拭きたい。
でも。
私の手は翼だ。
上手く拭えない。
何度擦っても、涙が毛に滲むだけ。
ガルド:「……油断するな。人間に似た行動を取る魔物がいないとは限らない」
唯:「キャピ……」
(違うよ……)
本当は人間なんだ。
そう言いたい。
お願いだから分かって。
唯:「キャピ……」
何度、口を開いても。
キャピしか言えない。
今までずっと。
ちょっと不便で。
ちょっと面白くて。
それくらいに思っていた。
でも今は。
たった一言。
**「違う」**
それすら伝えられない。
ガルド:「……エマを襲った可能性がある以上、放ってはおけない」
ガルドが盾を握り直した。
唯:「…………キャピ」
一歩。
近づいてくる。
私は後ずさる。
すぐに背中が岩壁へ当たった。
逃げられない。
ガルド:「悪く思うな」
唯:「キャピ……!」
(嫌……!)
ガルドが動いた。
そのとき――。
エマ:「待ってください!!」
洞窟に声が響いた。
◇
ガルド:「エマ?」
エマ:「違います!」
エマが走ってくる。
ガルド:「近づくな!」
エマ:「違うんです!」
止まらない。
そして――。
唯:「…………キャピ?」
私とガルドの間に立った。
両手を広げて。
私を、庇うように。
ガルド:「エマ、退け!」
エマ:「退きません!」
ガルド:「そいつは魔物だぞ!」
エマ:「分かってます! でも!」
エマが傍らの岩爪狼を指さす。
エマ:「私を襲ったのは、この岩爪狼です!」
ガルド:「……何?」
エマ:「後ろから襲われて、押し倒されて……ガルドさんたちも戦ってて、誰も間に合わなくて……」
エマが振り返る。
目が合った。
唯:「…………キャピ」
エマ:「この子が来てくれたんです」
エマの声が震える。
エマ:「この子が岩爪狼を私から引き離して、倒してくれました」
そして、もう一度ガルドを見る。
エマ:「この子がいなかったら、私……死んでました」
ガルド:「…………」
エマ:「だから――」
小さな身体で。
私を守るように立って。
エマ:「この子は、私を助けてくれたんです!」
◇
静かになった。
ガルドがエマを見る。
岩爪狼の死体を見る。
そして。
涙でぐしゃぐしゃになった私を見る。
唯:「…………キャピ」
ガルド:「……本当なんだな?」
エマ:「はい」
ガルド:「見間違いじゃないな?」
エマ:「絶対に違いません」
しばらくして。
ガルドが、ゆっくりと盾を下ろした。
唯:「…………キャピ」
(殺されない……?)
そう理解した途端。
唯:「キャピィ……」
また涙が溢れた。
◇
エマ:「……大丈夫?」
唯:「…………キャピ」
エマがゆっくり近づいてくる。
私の前でしゃがみ。
恐る恐る、手を伸ばした。
エマ:「……触ってもいい?」
唯:「キャピ……」
ぽん。
頭に手が触れる。
唯:「…………」
温かい。
エマ:「ありがとう。助けてくれて」
唯:「…………キャピ」
胸の奥が、むずむずする。
唯:「…………キャピ」
(天使)
エマ:「?」
唯:「キャピ……」
(めっちゃかわいい)
こんな状況でも。
そんなことを考えられた自分に、少しだけ安心した。
翼は折れている。
めちゃくちゃ痛い。
人間の言葉だって、まだ話せない。
それでも。
私はようやく――。
この世界で初めて。
人間と、少しだけ通じ合えた。
**――第21話 キャピしか言えない 完**




