第16話 「私、怪獣を連れてきました!」
# 第16話 私、怪獣を連れてきました
「キャピィィィィ!?」
飛ぶ。
とにかく飛ぶ。
後ろは見ない。
見なくても分かる。
――ズズズズズズッ!
《振動感知》に、とんでもなく大きな反応が伝わってくる。
「キャピキャピキャピ!」
(なんで追ってくるのぉぉぉ!?)
《深淵大蛇アビスラ》。
《鑑定》先生でも、名前以外ほとんど分からなかった怪物。
そいつが。
私を。
全力で追ってきている。
「キャピィ!」
(グランガは無視してくれたのにぃぃ!)
――ズガァン!
背後で岩が砕けた。
「キャピッ!?」
身体を傾ける。
直後。
さっきまで私がいた場所を、巨大な頭が通り過ぎた。
「…………キャピ」
(速っ!?)
デカい。
長い。
なのに速い。
どうなってんの、その身体!
私は翼を必死に動かす。
右。
左。
岩柱の隙間を抜ける。
後ろから。
――ズズズズッ!
「…………キャピ」
(まだいる!)
距離が開かない。
だったら――。
(地図!)
頭の中に作った洞窟マップを思い浮かべる。
この先。
右は広い。
ダメ。
左。
少し進めば、岩柱が密集した場所がある。
「キャピ!」
(そっち!)
急旋回。
岩壁すれすれを飛ぶ。
一本。
二本。
三本。
岩柱の間を縫う。
私なら余裕で通れる。
あの巨体なら――。
――ドガァァン!!
「キャピィ!?」
岩柱が吹き飛んだ。
「…………キャピ」
(避けないの!?)
普通、回り込むとか!
止まるとか!
そういうのあるでしょ!?
アビスラは身体をくねらせながら、岩柱を強引に押し退けてくる。
「キャピィィ!」
(怪獣に地形が通用しないぃぃ!)
◇
逃げる。
曲がる。
飛ぶ。
降りる。
また飛ぶ。
何度も通った洞窟。
見覚えのある岩。
水場。
苔。
分かれ道。
今まで覚えてきたもの全部を使って、私は逃げ続けた。
「…………キャピ」
(次、左!)
狭い通路。
抜けてすぐ上。
岩壁に小さなくぼみ。
そこへ飛び込む。
(《隠密》!)
翼を畳む。
息を殺す。
動かない。
――ズズズズズッ!
来る。
アビスラが通路へ入ってきた。
「…………」
お願い。
通り過ぎて。
私はいない。
ここには。
かわいい苔しかいません。
「…………キャピ」
(私は苔……私は苔……)
――ズズ……。
止まった。
「…………キャピ?」
静かになった。
まさか。
(撒いた?)
私は動かない。
十秒。
もう少し。
振動もない。
「…………キャピ」
(やった……?)
そっと。
岩の隙間から顔を出す。
何もいない。
「キャピ……!」
(やった!)
その瞬間。
ぬっ。
「…………キャピ?」
通路の奥から。
巨大な頭が戻ってきた。
チロッ。
長い舌が空気を舐める。
「…………」
目が。
合った。
唯:「キャピィィィィ!?」
(なんで分かるのぉぉぉ!?)
飛び出す。
直後。
――ガァン!!
岩壁に巨大な牙が突き刺さった。
「キャピィ!」
(《隠密》もダメ!?)
匂い?
熱?
舌?
何で探しているのか分からない。
でも一つだけ分かった。
**隠れても撒けない。**
「…………キャピ」
(だったら!)
逃げ切るしかない!
◇
「キャピッ! キャピッ!」
息が苦しい。
翼も重い。
どれくらい飛んだ?
分からない。
でも。
アビスラは。
――ズズズズズッ!
「キャピィ!」
(元気すぎるでしょ!)
私は必死に頭の中の地図を探す。
どこ。
どこなら。
あの巨体が通れない?
「…………キャピ!」
(あった!)
この先。
細い小道。
前に通ったことがある。
私なら翼を畳めば通れる。
でも。
アビスラの頭よりずっと狭い。
「キャピ!」
(あそこなら!)
全速力。
見えた。
岩と岩の間。
細い亀裂みたいな通路。
直前で翼を畳む。
「キャピィ!」
身体を横にして。
滑り込む!
翼の先が岩を擦る。
痛い。
でも止まらない。
抜けた!
直後。
――ズガァァァン!!
「キャピッ!?」
洞窟全体が揺れた。
私は振り返る。
入口。
アビスラの巨大な頭が、岩の隙間に突っ込んでいる。
「…………キャピ」
止まった。
入れない。
「…………キャピ!」
(勝った!)
いや。
戦ってないけど。
とにかく!
「キャピキャピ!」
(ざまあ! デカすぎるんだよ!)
アビスラが頭を引く。
「…………キャピ」
(諦めた?)
バキッ。
「…………キャピ?」
岩に。
亀裂。
バキ。
バキバキバキッ!
「…………」
アビスラが。
岩壁へ。
身体ごとぶつかっている。
「…………キャピ」
(まさか)
――ドガァン!!
亀裂が広がった。
唯:「キャピィィィィ!?」
(壊すのは聞いてない!!)
私は再び飛んだ。
◇
もう。
どこを飛んでいるのか。
分からなくなってきた。
いや。
道は分かる。
頭の中に地図がある。
でも。
「キャピィィ!」
(考える暇がない!)
右。
左。
近い方。
通れる方。
アビスラから少しでも離れられる方。
それだけ。
気づけば。
湿った岩が減っていた。
苔も。
水滴も。
「…………キャピ?」
地面が乾いている。
「…………」
嫌な予感。
でも止まれない。
後ろから。
――ズガァン!
「キャピィ!」
前!
今は前!
私は乾いた通路を飛び抜ける。
そのとき。
《振動感知》が。
別の反応を拾った。
――ズン。
「…………キャピ」
アビスラじゃない。
あいつは後ろ。
これは。
前。
――ズン。
「…………」
知ってる。
この重い振動。
一歩だけで。
地面の奥まで響いてくる。
「…………キャピ」
(この振動……)
昨日。
嫌というほど覚えた。
「…………キャピ?」
私は周囲を見る。
剥き出しの岩。
乾いた地面。
巨大な足跡。
「…………」
(…………嘘でしょ)
逃げることしか考えていなかった。
細道を抜けて。
曲がって。
また曲がって。
いつの間にか。
私は――。
**乾いた洞窟へ戻ってきていた。**
「…………キャピ」
しかも。
ここ。
知ってる。
前方。
暗闇の中。
巨大な黄色い目が開いた。
「…………キャピ」
(グランガ……)
岩山だと思っていたものが。
ゆっくり。
持ち上がる。
――ズン。
巨大な脚。
――ズン。
グランガが身体を起こした。
「…………キャピ」
(まずい)
前。
グランガ。
後ろ。
――ズガァァン!!
岩が吹き飛んだ。
振り返る。
「…………キャピ」
アビスラ。
細道を壊して。
まだ追ってきた。
「…………」
(終わった)
前には。
私を相手にすらしなかった怪獣。
後ろには。
何がなんでも私を食べたい怪獣。
「…………キャピ」
(どっち行けばいいの?)
そのとき。
アビスラの動きが止まった。
「…………キャピ?」
さっきまで。
私しか見ていなかった目が。
初めて。
私から外れる。
その視線の先。
グランガ。
「…………」
グランガも。
私を見ていなかった。
黄色い瞳が捉えているのは。
アビスラ。
「…………キャピ」
空気が変わった。
アビスラが身体を低くする。
グランガが頭を上げる。
初めて会った。
そんな感じじゃない。
互いを見た瞬間に。
分かったみたいだった。
**ここから先は、お前の場所じゃない。**
「シャアアアアア……!」
アビスラが牙を見せる。
「グルルルルル……!」
グランガの低い唸りが。
洞窟を震わせた。
「…………キャピ」
右を見る。
グランガ。
左を見る。
アビスラ。
そして。
その間に。
私。
「…………キャピ」
(もしかして……)
アビスラをもう一度見る。
グランガを見る。
もう一度。
アビスラ。
「キャピ……?」
(私、怪獣連れてきちゃった?)
次の瞬間。
「グオオオオオオオッ!!」
「シャアアアアアアッ!!」
二匹の咆哮が重なった。
洞窟全体が。
震えた。
**――第16話 私、怪獣を連れてきました 完**




