第15話 「じゃあ反対へ行こう!」
# 第15話 じゃあ反対へ行こう!
「…………キャピ」
いつもの寝場所に戻ってからも。
頭から離れなかった。
岩山みたいな巨体。
一歩動くだけで地面を揺らす脚。
そして――。
私を見た、巨大な黄色い目。
「…………キャピ」
(怖かったぁ……)
あれは無理。
絶対に無理。
《岩甲地竜グランガ》。
《鑑定》先生ですら、名前以外ほとんど教えてくれなかった怪獣。
しかも。
私を見つけたのに――無視。
「…………キャピ」
(助かったけどさぁ……)
Dランクになった。
Eランクなら普通に狩れる。
Dランクだって、相手を選べば戦える。
ちょっとくらい強くなったつもりだったのに。
グランガからすれば。
私なんて。
「キャピ……」
(食べる価値もないのかぁ)
命拾いした。
それは分かってる。
分かってるけど。
ちょっとだけ傷つく。
「…………」
まあいい。
乾いた側は確認できた。
巨大な足跡が残っている範囲。
魔物が減り始める場所。
グランガがいた場所。
少なくとも、普段の生活圏まで歩いてきている様子はない。
だから――。
「…………キャピ」
私は頭の中の洞窟マップを見る。
もう一つ。
大きなバツ印。
(湿った側……)
巨大な這い跡。
抜け殻。
毒。
食い荒らされたDランク。
「…………」
(絶対なんかいるよね)
安全だとは思っていない。
むしろ。
かなり危ないと思っている。
でも。
(こっちも、どこまで来るのか分かんないんだよなぁ)
グランガと同じ。
生活圏まで来る相手なら、知らないまま寝ている方が怖い。
正体を見る必要はない。
縄張りの範囲だけ。
危険なのがどこからなのか。
それだけ確認する。
「…………キャピ」
(よし)
私は翼を広げた。
「キャピ!」
(じゃあ反対へ行こう!)
◇
湿った洞窟へ入る。
ぽた。
ぽた。
天井から落ちる水滴。
岩には苔。
足元には細い地下水が流れている。
「…………キャピ」
(やっぱり、こっちはじめじめするなぁ)
乾いた側とは全然違う。
私は《隠密》を使いながら進む。
同時に《振動感知》。
小さな反応。
Eランク。
少し離れてDランク。
ここまでは普通。
さらに奥へ。
反応が減る。
「…………キャピ」
(ここからか)
私は止まった。
これ以上は慎重に。
グランガ側と同じなら、この先が“何か”の生活圏だ。
壁沿いを飛ぶ。
いつでも引き返せる速度で。
「…………キャピ?」
地面に跡がある。
前にも見た。
巨大な何かが這った跡。
でも。
(これ……新しくない?)
前に見たものより、輪郭がはっきりしている。
濡れた地面が大きく押し潰されている。
その先。
岩に白っぽいものが引っかかっていた。
「…………キャピ」
(抜け殻)
前に見たものより大きい。
そして。
なんとなく。
新しい。
「…………」
(ここ、近いんじゃ……)
急に帰りたくなった。
いや。
帰ろう。
十分だ。
この辺から先が危ない。
それが分かっただけで目的達成。
「キャピ」
(撤収!)
私は身体の向きを変えた。
そのとき。
ぽたり。
「…………キャピ?」
目の前の岩に、紫色の液体が落ちた。
「…………」
上を見る。
何もいない。
天井から垂れてきたらしい。
(《鑑定》)
**《正体不明の分泌液》**
**毒性あり。接触非推奨。**
「…………キャピ」
(またこれか)
触らない。
学習した。
少し離れて――。
「…………キャピ?」
液体は、一滴だけじゃなかった。
岩。
地面。
壁。
点々と続いている。
「…………」
私はその先を目で追う。
暗い。
よく見えない。
でも。
その奥に。
何かが倒れている。
「…………キャピ」
近づかない。
《鑑定》だけ。
**《水甲蜥蜴》**
**魔物ランク:D**
**状態:死亡**
「…………」
大きな身体の一部が。
なくなっていた。
(食べられてる……)
しかも。
死体の周りにも、紫色の液体。
「…………キャピ」
グランガを見たときとは。
なんとなく。
嫌な感じの種類が違う。
あっちは。
ただ。
**圧倒的に大きかった。**
こっちは――。
(なんか……嫌)
背中がぞわっとする。
「…………キャピ」
(帰ろ)
もういい。
ここから先は知らなくていい。
私はゆっくり後退した。
一歩。
二歩。
翼を広げる。
その瞬間。
――ズズ……。
「…………キャピ」
止まった。
《振動感知》。
反応。
大きい。
さっきまで。
なかった。
「…………」
――ズズズ……。
地面を擦るような振動。
近づいてくる。
(…………嘘でしょ)
暗闇を見る。
何も見えない。
でも。
音がする。
ずる。
ずる。
何かが。
岩の向こうを這っている。
「…………キャピ」
(逃げ――)
闇の中。
二つの目が開いた。
「…………」
ゆっくりと。
巨大な頭が姿を現す。
黒紫色の鱗。
岩の隙間を縫うように続く、太く長い身体。
口元から。
紫色の液体が、ぽたりと落ちる。
「…………キャピ」
(こいつだ)
這い跡。
抜け殻。
毒。
Dランクの死体。
全部。
こいつ。
私は動かない。
いや。
動けない。
(《鑑定》)
**《深淵大蛇アビスラ》**
**魔物ランク:???**
**個体Lv:???**
**《鑑定能力が不足しています》**
「…………」
(またぁ!?)
グランガと同じ。
見えない。
つまり。
たぶん。
同じくらい――。
(ヤバいやつ)
アビスラの頭が動いた。
こちらを向く。
「…………キャピ」
目が合った。
まずい。
でも。
その瞬間。
昨日のことを思い出した。
グランガ。
あいつも私を見た。
でも。
何もしなかった。
「…………」
(大丈夫)
こんな巨大な魔物からしたら。
私なんて小さすぎる。
わざわざ食べる価値なんて――。
チロッ。
「…………キャピ?」
長い舌が出た。
空気を舐める。
もう一度。
チロッ。
「…………」
アビスラの瞳が。
まっすぐ私を捉えた。
「…………キャピ」
(あれ?)
口が。
開いた。
「…………」
(これ)
(グランガと違うやつでは?)
次の瞬間。
巨大な頭が突っ込んできた。
唯:「キャピィィィィ!?」
反射的に飛ぶ。
直後。
――ズガァァン!!
さっきまでいた場所が吹き飛んだ。
「キャピィ!?」
(食べるのぉぉぉ!?)
全力で羽ばたく。
後ろから。
――ズズズズズズッ!
巨大な振動。
来る。
追ってくる。
「キャピキャピキャピ!」
(待って待って待って!)
(グランガを見習って!)
(私なんて無視してよぉぉぉ!!)
私は来た道へ向かって。
全速力で飛んだ。
だけど。
《振動感知》に伝わる巨大な反応は――。
**まったく離れてくれなかった。**
**――第15話 じゃあ反対へ行こう! 完**
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