第11話 「初めて見た異世界の空」
# 第11話 初めて見た異世界の空
進化してから、少しずつ行動範囲を広げている。
Fランクなら、もうほとんど問題ない。
Eランクも、相性を見て戦えば狩れる。
そして最近では――。
唯:「キャピ!」
ガキンッ!
「ガルルッ!」
振り下ろされた爪を、翼をひねってかわす。
直後。
ドガァン!
岩壁が砕けた。
唯:「キャピィ!?」
(危なっ!)
相手は、狼に似た魔物。
ただし前世で知っている狼より、一回り大きい。
灰色の毛。
そして四肢の先には、岩を砕くほど大きな爪。
すでに《鑑定》は済ませてある。
**《岩爪狼》**
**魔物ランク:D**
**個体Lv:12**
**保有スキル:《岩爪Lv.3》《嗅覚強化Lv.2》**
Dランク。
今の私と同じ。
だからといって――。
(楽勝じゃない!)
それはもう学習した。
「ガルルル……!」
岩爪狼が身を沈める。
来る。
前脚が岩を蹴った。
(《振動感知》!)
地面を伝う振動。
動き出す、その一瞬が分かる。
私は上へ。
岩爪狼が真下を通過する。
すぐに反転。
(《弱点感知》!)
首。
前脚の付け根。
狙うなら――。
唯:「キャピ!」
急降下。
「ガウッ!」
振り返るより先に、首筋へ牙を突き立てる。
ガブッ!
(《吸血》!)
「ギャウッ!」
暴れる!
すぐ離脱。
追ってくる岩爪狼から逃げ、また上へ。
隠れる。
狙う。
噛む。
離れる。
何度か繰り返して――。
ドサッ。
「…………」
唯:「キャ……ピィ……」
(疲れたぁ……)
勝った。
同じDランクでも、正面からやり合えば普通に危ない。
でも。
飛べる。
隠れられる。
相手の動きも、弱点も分かる。
(ちゃんと戦えば、勝てる)
少しだけ。
嬉しかった。
◇
唯:「…………キャピ?」
帰ろうとして。
気づいた。
さっき岩爪狼が破壊した岩壁。
その奥に――穴がある。
(こんな通路、あったっけ?)
ない。
少なくとも、私は知らない。
岩で塞がれていたのだろうか。
奥は真っ暗。
「…………」
怪しい。
ものすごく怪しい。
でも。
唯:「キャピ!」
(ちょっとだけ!)
ヤバい魔物がいたら、即逃げる。
生存第一。
私は穴へ入った。
通路は狭く、少しずつ上へ向かっている。
しばらく進むと。
「…………」
ふわっ。
唯:「…………キャピ?」
風?
洞窟の淀んだ空気とは違う。
冷たくて。
少し湿っていて。
知らない匂いがした。
(何、この匂い……)
さらに進む。
そして。
通路を抜けた。
唯:「…………キャピ」
広い空間。
その中央で、私は止まった。
いや。
違う。
広いんじゃない。
上が――。
ない。
「…………」
遥か頭上まで続く、巨大な縦穴。
洞窟の天井が吹き抜けになっている。
そして。
その先に。
見えた。
「…………キャピ」
空。
黒に近い、深い青。
そこに散らばる無数の星。
その真ん中に。
大きな月が浮かんでいた。
「…………」
私は。
しばらく動けなかった。
転生してから。
初めて見た空だった。
ずっと。
岩。
暗闇。
ヒカリゴケ。
魔物。
それが私の世界だった。
異世界に転生した。
頭では分かっていた。
でも。
頭上に広がる知らない星空を見た瞬間。
(……本当に)
胸の奥が、きゅっとなる。
(本当に、別の世界なんだ)
風が吹き抜ける。
前世では。
空なんて、いつでも見られた。
仕事へ向かう朝も。
疲れて帰る夜も。
そこにあって当然だった。
なのに。
今は。
唯:「…………キャピ」
(泣きそう...)
それしか出てこなかった。
◇
どれくらい見ていたのか。
ふと。
「…………キャピ?」
甘い。
匂いがした。
視線を下げる。
吹き抜けから差し込む月明かり。
その真下。
岩の隙間に――。
一本だけ。
白銀の花が咲いていた。
「…………」
甘い香り。
蜜みたいな。
果物みたいな。
それ以上に。
(…………おいしそう)
「…………」
唯:「キャピ!?」
(花がおいしそうって何!?)
意味が分からない。
私は花なんて食べたくない。
なのに。
身体が。
本能が。
あれを欲しがっている。
(蜜を……吸いたい)
足が勝手に近づきそうになる。
唯:「…………キャピ」
(待て待て)
怪しい。
さっき触手植物で痛い目を見たばかりだ。
(まず《鑑定》!)
**《月蜜華》**
**希少植物**
**五年に一度、月の魔力が満ちる夜にのみ開花する幻の華。**
**開花中に生成される蜜には、月属性と高い親和性を持つ特殊生命情報が蓄積される。**
**日の光を受けると急速に失活する。**
「…………」
唯:「キャピ!?」
(五年に一回!?)
そんなものが。
今。
目の前にある。
「…………」
(吸うしかないでしょ)
私は花へ近づいた。
中心に溜まった、透明な蜜。
牙をそっと差し込む。
(《吸血》)
ちゅっ。
「…………!」
甘い。
でも。
果物とも違う。
血なんて当然違う。
冷たくて。
身体の奥へ、すっと染み込んでいく。
(なんか……)
月の光を、そのまま飲んでいるみたいだった。
――ピコン。
**《特殊生命情報を取得しました》**
**《休眠因子との高適合を確認》**
「…………キャピ?」
**《ヴァンパイア因子が活性化しました》**
**《ヴァンパイア因子:0% → 1%》**
「…………」
(ヴァンパイア?)
自分の翼を見る。
牙もある。
「…………」
唯:「キャピ」
(まあ……コウモリだし?)
そういうのもあるのかもしれない。
よく分からないけど。
――ピコン。
**《特殊因子情報を取得しました》**
**《適合因子との統合処理を開始します》**
**《推定完了時間:2400時間》**
「…………」
(2400時間)
えーっと。
一日が24時間だから。
「…………」
唯:「キャピィ!?」
(100日!?)
長っ!
何が起きるんだろう。
まあ。
(待つしかないか)
それより。
私はもう一度、頭上を見る。
あそこまで飛べば。
(外に出られる?)
翼を広げる。
そのとき。
岩を伝って。
小さな振動が返ってきた。
「…………」
(《振動感知》)
…………。
ひとつ。
ふたつ。
いや。
「…………キャピ?」
多い。
めちゃくちゃ多い。
反応は――上。
私はゆっくり見上げた。
吹き抜けの上部。
出口近くの岩壁に。
巨大な塊が張りついている。
(…………巣?)
その周囲に。
無数の影。
夜だからなのか、ほとんど動いていない。
だけど。
カチッ。
「…………キャピ」
カチカチ。
影の一つがこちらを向いた。
大きな顎が、噛み合わされる。
カチカチカチカチ。
「…………」
(蜂さん?)
もう一匹。
こちらを向く。
カチッ。
カチカチ。
威嚇するような音が、上から降ってくる。
「…………」
私は静かに翼を畳んだ。
(幸い、夜)
たぶん夜目が利きにくい。
だから巣から出てこない。
でも。
あそこを通れば?
大量の蜂さんとこんにちは。
「…………」
(死ぬ)
即死する自信がある。
カチカチカチカチ。
唯:「…………キャピ」
(こわ)
一歩。後ろへ。
カチカチ。
(ここ、こわ)
さらに一歩。
「…………」
(帰ろ)
私はくるっと反転した。
唯:「キャピィィィ!」
(逃げろぉぉぉぉ!)
こうして。
初めて見つけた、外へ続く道。
初めて見た、異世界の夜空。
そして。
五年に一度の、不思議な花。
色々あったけど。
ひとまず――。
(外に出るのは、まだやめとこう!)
私は全速力で、洞窟の奥へ逃げ帰った。
**――第11話 初めて見た異世界の空 完**




