閑話1 「ぬるっと触手には気をつけよう!」
# 閑話1 ぬるっと触手には気をつけよう
第一進化をしてから、少し経った。
《コウモリドラ》から《ラ・コウモリドラ》へ。
魔物ランクはD。
飛ぶのは速くなった。
牙も鋭くなった。
身体も前よりずっと動く。
Fランクなら、もうほとんど問題ない。
Eランクだって、相手をちゃんと見て戦えば十分に狩れる。
そして最近では――。
唯:「キャピキャピ!」
(次! 次ぃ!)
私は完全に調子に乗っていた。
洞窟の奥。
まだ行ったことのない通路を見つけるたびに、突入。
知らない魔物を見つけたら、《鑑定》。
勝てそうなら狩る。
そして吸う。
(新しいスキル、落ちないかなー)
《振動感知》を覚えてから、探索もずいぶん楽になった。
壁や地面を伝う振動から、姿の見えない魔物まである程度分かる。
飛べる。
隠れられる。
弱点も分かる。
見えない相手まで探せる。
唯:「キャピ!」
(今の私、結構強いのでは!?)
そんなことを考えながら飛んでいた、そのとき。
唯:「…………キャピ?」
妙なものを見つけた。
植物。
……だと思う。
岩の隙間から、太い蔓が何本も伸びている。
中心には巨大な花みたいな器官。
しかも。
うねうね。
うねうね。
「…………」
蔓が。
動いている。
唯:「…………キャピ」
これは。
唯:「キャピ……!」
(キター!)
異世界。
植物。
触手。
唯:「キャピキャピ!」
(異世界あるあるの触手系植物ーーー!)
ちょっと感動した。
前世で何度見たことか。
ファンタジー作品で。
ゲームで。
あと――。
(ちょっと人には言いづらい作品で)
うねうね。
唯:「…………キャピ」
(本物だ……!)
若干テンションが上がる。
いや。
触手に興奮しているわけじゃない。
異世界の定番を実際に目撃した感動である。
たぶん。
(《鑑定》)
**《ローバー》**
**魔物ランク:D**
**個体Lv:21**
**状態:正常**
**保有スキル:《蔓撃Lv.3》《拘束Lv.3》《麻痺分泌Lv.2》**
**特徴:洞窟などの暗所に生息する植物系魔物。
蔓から神経へ作用する特殊な分泌液を放ち、
獲物の運動能力を低下させて捕食する。**
唯:「…………キャピ」
Dランク。
今の私と同じ。
個体レベルは高いけど。
(植物なら、飛んでる私とは相性いいんじゃない?)
それに。
私の視線が、保有スキルへ戻る。
**《拘束Lv.3》**
**《麻痺分泌Lv.2》**
「…………」
(これ)
ローバーの血。
……植物だから、体液?
それを《吸血》したら。
(新しいスキル、手に入るんじゃない?)
しかも。
拘束。
麻痺。
「…………」
前世の知識が、余計な想像を始める。
唯:「…………キャピ」
ニヤァ。(狩ろう)
◇
先手必勝!
私は一気に加速した。
唯:「キャピ!」
シュッ!
一本目。
正面から飛んできた蔓を急旋回でかわす。
二本目。
上昇。
三本目が横から迫る。
唯:「キャピキャピ!」
(遅い遅い!)
身体をひねり、蔓と蔓の隙間を抜ける。
(《弱点感知》!)
中心。
花の根元。
あそこだ。
そのまま急降下。
ザシュッ!
爪が一本の太い蔓を切り裂いた。
緑色の液体が飛び散る。
唯:「キャピ!」
(よし!)
いける。
やっぱり相性がいい。
そう思った瞬間。
ぴちゃっ。
飛び散った液体が口元に付いた。
唯:「…………キャピ?」
反射的に。
ぺろ。
「…………」
唯:「キャピ……」
(まずっ)
青臭い。
苦い。
最悪。
――ドクン。
唯:「…………キャピ?」
心臓が跳ねた。
ドクン。
ドクン。
(なに……これ)
身体が熱い。
呼吸が速くなる。
全身が妙に敏感になって、胸の奥がざわざわする。
頭まで少しぼんやりしてきた。
唯:「キャ……ピ?」
(ドキドキ……してる?)
戦闘の興奮じゃない。
何かがおかしい。
(麻痺?)
いや。
むしろ最初は神経が過剰に刺激されているような――。
唯:「…………キャピ」
(これ、ヤバいやつ!)
離れよう!
翼を羽ばたかせる。
唯:「キャピ!?」
遅い。
翼に力が入りにくい。
身体の反応も、ほんの少し鈍っている。
(しまった!)
ローバーは逃さなかった。
シュルッ!
一本。
左脚。
二本目。
右翼。
三本目。
胴体。
唯:「キャピキャピキャピキャピ!?」
(やばいやばいやばいやばい!)
捕まった!
身体をひねる。
抜けない。
《拘束》!
さらに。
べちゃっ。
唯:「キャピ!?」
粘つく液体が翼へ付着した。
べちゃ。
べちゃっ。
唯:「キャピィィ!?」
(ベトベトぉぉぉ!)
翼が重い!
これじゃ飛べない!
しかも。
蔓が身体へ絡みつき――。
ぎゅううう……。
唯:「キャピッ!」
(締まる締まる!)
待って。
触手に捕まって。
身体をベトベトにされて。
変な薬まで浴びて。
ぐるぐる巻きにされて。
「…………」
この構図。
唯:「キャピィィィィ!?」
(エッチな同人誌みたいになっちゃうーーー!!)
嫌だ!
死因それは絶対嫌だ!
異世界転生して最初の進化までしたのに!
触手植物にベトベトにされて死亡とか!
(誰にも説明できないじゃん!)
そもそも説明する相手いないけど!
私は必死に首を伸ばした。
目の前には、私の胴体へ巻きついている太い蔓。
「…………」
(仕方ない)
植物を吸うとか。
正直めちゃくちゃ嫌だけど。
唯:「キャピ!」
(生きるため!)
ガブッ!
牙を突き立てる。
そして。
(《吸血》!)
チューッ!
「…………」
唯:「キャピィ……」
(うわっ、まずっ!)
青臭い。
苦い。
なんかドロッとしてる。
(ネズミの血って美味しかったんだ……)
異世界へ来てから最大級にどうでもいい発見をした。
でも。吸う。
ゴクッ。
ゴクッ。
生命力が流れ込んでくる。
同時に。
ピンと張っていた蔓が――。
しなしな……。
唯:「…………キャピ?」
効いてる!
(もっと!)
チューッ!
しなしな。
べちゃっ。
身体を締めつけていた蔓が一本、また一本と力を失っていく。
最後には。
ローバー本体が――。
バタン。
蔓が。
ぴくっ。
ぴくっ。
…………。
唯:「キャ……ピィ……」
(勝った……)
私はその場へ転がった。
身体は熱い。
息は荒い。
全身ベトベト。
翼なんて特にひどい。
そして隣では。
ローバーの触手が。
ぴくっ。
…………しなしな。
「…………」
唯:「…………キャピ」
待って。
これ。
状況だけ見たら――。
唯:「キャピィィィ!?」
(どっちが何したのか分かんないやつーーー!!)
違うから!
私は被害者だから!
最後にちょっと吸っただけだから!
「…………」
横を見る。
完全に干からびたローバー。
唯:「…………キャピ」
(めっちゃ吸ってたわ)
とりあえず。
誰にも見られてなくてよかった。
◇
私はベトベトの身体を引きずって、近くの岩陰へ逃げ込んだ。
唯:「キャ……ピィ……」
翼が重すぎて、まともに飛べない。
しばらく休もう。
身体の熱も、少しずつ引いてきた。
(あれ、なんだったんだろ)
麻痺毒。
神経毒。
それとも――。
――ピコン。
唯:「…………キャピ?」
**《特殊生命情報を取得しました》**
「…………」
**《未確認因子への干渉を確認》**
唯:「キャピ?」
**《休眠因子が活性化しました》**
**《夢魔因子:1%》**
「…………」
唯:「…………キャピ?」
(夢魔……因子?)
初めて見る。
夢魔。
「…………」
前世の知識が。
ものすごく嫌な方向へ仕事を始めた。
(夢魔って)サキュバス。
そういう――。
「…………」
私は自分を見る。
全身ベトベト。
さっきまで身体が熱くて。
胸がドキドキして。
触手にぐるぐる巻きにされて。
その結果。
**《夢魔因子:1%》**
唯:「…………キャピ」
(絶対そっち系じゃん)
間違いない。
たぶん。いや。
知らないけど。
「…………」
でも。
もしこれを育てたら。
いつか人みたいな姿になって。
夢魔っぽい能力まで使えるようになったり――。
「…………」
頭の中に。
ちょっと人には見せられない未来予想図が浮かぶ。
唯:「…………キャピ」
ニヤァ。(悪くないかも)
強くなれる。
新しい能力が増える。
そのうえ。夢魔。
唯:「キャピキャピ!」
(育ててみる価値あり!)
よく分からないけど。
夢魔因子。育成決定。
唯:「キャピ!」
(目指せ100%!)
その100%が何を意味するのか。
このときの私は――。
もちろん。
何も知らなかった。
唯:「キャピキャピ!」
(楽しみー!)
**――閑話1 ぬるっと触手には気をつけよう 完**




