第10話 「進化した私、強くない?」
# 第10話 進化した私、強くない?
目を覚ます。
見えるのは、岩。
聞こえるのは、ぽたぽたと落ちる水の音。
唯:「…………キャピ」
(ああ。洞窟か)
昨日、私は進化した。
《コウモリドラ》から――《ラ・コウモリドラ》へ。
しかもDランク。
ネズミ一匹に殺されかけていた私が、Dランクである。
唯:「キャピ……!」
(ふふふ)
思い出しただけで、ちょっとニヤける。
進化してもキャピしか言えないし。
人間に見つかれば素材扱いされるらしいけど。
それはそれ。
強くなったものは、強くなったのだ。
私は天井から身体を離した。
◇
バサッ。
唯:「キャピ!?」
速い。
昨日も少し飛んだけど、改めて分かる。
一度の羽ばたきで進む距離が違う。
急上昇。旋回。
岩壁ぎりぎりで身体をひねる。
以前なら翼の先をぶつけていたところを、すっと抜けた。
そのまま急停止。
唯:「…………キャピ」
(なにこれ、気持ちいい!)
飛ぶ。曲がる。
止まる。また飛ぶ。
今まで必死に練習して身につけた動きに、身体が自然についてくる。
(進化って、単純に力が増えるだけじゃないんだ)
同じ動きをしているのに、余裕がある。
これなら――。
ぐぅぅぅ。
「…………」
唯:「キャピ」
(まず朝ごはんだな)
◇
――カサッ。いた。
洞窟ネズミ。
(《鑑定》)
**《洞窟ネズミ》**
**魔物ランク:F**
**個体Lv:3**
**状態:正常**
昔なら。
ここから何度も相手の動きを見て。
《隠密》で近づいて。
逃げ道を確認して。
それでも噛まれる可能性を考えていた。
今も油断はしない。
《隠密》。
気配を落とす。
背後へ回る。
急降下。
ネズミが耳を動かした。
でも――遅い。
ガブッ。
首筋へ牙が入る。
暴れる前に、そのまま《吸血》。
数秒後。
ネズミは動かなくなった。
唯:「…………キャピ」
(え?)
私は獲物を見下ろした。
(終わり?)
傷。なし。
翼。痛くない。
息も乱れていない。
「…………」
初めて戦ったネズミ一匹に、私は本気で殺されかけた。
翼を噛まれて。
身体を引っかかれて。
怖くて。
それでも必死に噛みついて、ようやく勝った。
それが今は。
唯:「…………キャピ」
(私、強くなったんだ)
数字じゃない。
ランク表示でもない。
今になって、ようやく実感した。
少しだけ胸が熱くなる。
――その直後。
口の中に残った血を、ごくり。
唯:「キャピ!」
(ごちそうさまでした!)
「…………」
唯:「キャピ?」
(……ごちそうさま?)
血を飲んで。
普通に美味しいと思って。
完全に朝ごはん扱いしている。
異世界に来たばかりの頃は、
(イチゴジュース! これはイチゴジュース!)
って思い込まないと無理だったのに。
唯:「…………キャピ」
(私、適応しすぎじゃない?)
元人間として何か大事なものを失っている気がする。
まあ。
(美味しいから、いっか)
たぶんもう手遅れである。
◇
せっかく進化したんだ。
今日は少しだけ、今まで避けていた場所へ行ってみることにした。
知らない通路。
知らない匂い。
知らない魔物。
そして。
(新しいスキル!)
《吸血》で手に入る能力は、かなり便利だ。
《隠密》も。
《弱点感知》も。
だったら、見たことのない魔物を吸えば――。
唯:「キャピキャピ!」
(新スキル祭りでは!?)
欲望に忠実。
それが私です。
◇
しばらく進むと。
岩壁に何かが張りついていた。
灰色。
六本脚。
平べったい身体。
岩とほとんど同じ色をしている。
(《鑑定》)
**《イワバイ》**
**魔物ランク:F**
**個体Lv:4**
**状態:正常**
**保有スキル:《振動感知Lv.1》**
**特徴:岩壁に擬態して暮らす小型魔物。
岩を伝う振動から周囲の生物を察知する。**
唯:「…………キャピ」
(振動感知)
地味。
ものすごく地味。
でも。
(壁の向こうとか分かったりする?)
ちょっと欲しい。
《隠密》で近づく。
一羽ばたき。
その瞬間。
イワバイが動いた。
唯:「キャピ!?」
まだ距離がある。
気配も消していた。
なのに、こちらから離れるように岩壁を走っていく。
(あっ)
(振動!)
羽ばたいた空気か。
爪が岩へ触れた振動か。
《隠密》で気配を消しても、振動までは消えていない。
唯:「…………キャピ」
(なるほどね)
なら。
飛ばない。
私は少し離れた天井へ張りついた。
待つ。
じっと。
しばらくすると、
逃げていたイワバイがゆっくり元の場所へ戻ってきた。
まだ。
もう少し。
真下へ来る。
今。
天井から爪を離した。
羽ばたかない。
重力だけで落ちる。
イワバイが反応した。
でも。
もう遅い。
ガブッ!
牙が入った。
唯:「キャピ!」
(いただきます!)
《吸血》。
**《吸血対象から生体情報を取得しました》**
来た!
私は待つ。
「…………」
待つ。
「…………キャピ?」
以上。
唯:「キャピィ!?」
(何もないんかい!)
《振動感知》は!?
適合する簡易スキルとか!
いつものやつ!
何も出ない。
唯:「…………キャピ」
(吸血ガチャ、渋っ)
そうだった。
血を吸えば、必ず能力が手に入るわけじゃない。
分かってる。
分かってるけど。
(欲しかった……)
◇
その後。
もう一匹見つけた。
吸った。
出ない。
三匹目。
出ない。
唯:「…………キャピ」
(スロカス天井ある?)
洞窟なのである。
物欲センサーまで異世界転生してきたらしい。
そして四匹目。
さすがに期待せず、《吸血》。
**《吸血対象から生体情報を取得しました》**
**《適合する簡易スキルを確認》**
**《スキル《振動感知Lv.1》を取得しました》**
「…………」
唯:「キャピィィィ!」
(出たぁぁぁ!)
思わず翼を広げる。
よし。
さっそく。
(《振動感知》!)
意識を岩壁へ向ける。
「…………」
何も見えない。
文字も出ない。
でも。
爪から。
翼の先から。
岩を通して、細かな揺れが伝わってくる。
近くを何かが歩いている。
小さい。
こっちへ近づいて――。
私は岩陰を見る。
数秒後。
洞窟ネズミがひょこっと顔を出した。
唯:「…………キャピ」
(おお)
地味じゃない。
これ。
(めちゃくちゃ便利じゃん!)
暗い洞窟。
曲がりくねった通路。
岩壁の向こう。
姿が見えなくても、動いているものが分かる。
《鑑定》で知る。
《弱点感知》で狙う場所が分かる。
《振動感知》で、見えない相手を探す。
唯:「キャピ……!」
(私、どんどん洞窟特化になってない?)
「…………」
(まあ、コウモリだし)
私は考えるのをやめた。
◇
帰り道。
いつもの通路を飛びながら、私は少しだけ速度を上げた。
前より速く。
前より自由に。
ネズミ一匹が怖かった場所を、今は自分の意思で飛び回っている。
知らない場所へ行ける。
新しい能力も手に入れた。
そして。
帰れば、休める場所もある。
唯:「…………キャピ」
(洞窟生活)
思っていたより。
悪くないのかもしれない。
私は翼を広げ、いつもの岩場へ向かった。
明日は。
もう少しだけ、奥へ行ってみよう。
**――第10話 進化した私、強くない? 完**
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