第12話 「私の洞窟マップ」
# 第12話 私の洞窟マップ
蜂達の威嚇音…
――カチカチカチカチ。
唯:「…………キャピ」
(怖かったぁ……)
あの吹き抜けを見つけてから、しばらく経った。
初めて見た異世界の夜空。
月明かりの下で見つけた《月蜜華》。
唯:「…………キャピ」
(そういえば、なんであそこに咲いてたんだろ)
五年に一度しか咲かない花を、たまたま私が見つけた。
しかも、その蜜で《ヴァンパイア因子》まで活性化した。
(偶然? それとも、何かに引き寄せられた?)
神様とか。
運命とか。
異世界なら、そんなものがあってもおかしくない。
「…………」
唯:「キャピ!」
(まあ、いま考えても分からんか!)
そして。
大量の蜂。
唯:「…………キャピ」
(外は、まだいいかな)
別に怖いわけじゃない。
うん。
戦略的撤退である。
大量の蜂がいるなら、無理して外へ出る必要はない。
洞窟には食べ物もある。
水もある。
寝る場所もある。
それに――。
唯:「キャピ!」
(まだ奥がある!)
私は今日も、洞窟の奥へ翼を広げた。
◇
進化してから。
私の狩りは、ずいぶん変わった。
――カサッ。
唯:「…………キャピ」
岩陰。
見覚えのある灰色の身体。
(《鑑定》)
**《岩殻トカゲ》**
**魔物ランク:E**
**個体Lv:5**
「…………」
初めて戦ったとき。
牙は弾かれた。
爪も通らなかった。
何もできず、必死に逃げた。
次に戦ったときも、弱点を探して、何度も攻撃して。
ようやく勝った。
唯:「…………キャピ」
(懐かしいなぁ)
《隠密》。
気配を消して上へ。
《弱点感知》。
前脚の付け根。
鱗の隙間。
急降下。
唯:「キャピ!」
ガブッ!
「ギャッ!?」
牙が深く刺さる。
そのまま――。
(《吸血》!)
「ギャアッ!」
暴れる。
でも。
離さない。
少しして。
ドサッ。
「…………」
唯:「…………キャピ?」
《振動感知》。
反応なし。
終わり。
「…………」
唯:「キャピ」
(…………早っ)
昔は、あんなに怖かったのに。
今では普通に狩れる。
Fランクなら、もうほとんど獲物。
Eランクも、相性さえ悪くなければ問題ない。
Dランクは――。
唯:「…………キャピ」
(選ぼう)
そこは調子に乗らない。
触手で学んだ。
◇
狩る。
探索する。
寝る。
起きたら、また探索。
そんな生活を続けているうちに。
洞窟の景色が、少しずつ頭の中で繋がっていった。
(こっちは水場)
(あっちはネズミが多い)
(この穴は行き止まり)
(こっちはDランクを見たから注意)
最初は全部同じに見えた洞窟。
今では違う。
岩の形。
ヒカリゴケの生え方。
水の音。
匂い。
《振動感知》で分かる地面の感触。
それだけで、だいたい自分がどこにいるのか分かる。
唯:「キャピ……!」
(私の洞窟マップ、完成しつつある!)
紙もない。
ペンもない。
全部、頭の中だけど。
遭難したら終わるタイプの地図である。
◇
そうして。
私は少しずつ、さらに深い場所へ進んでいった。
深くなるほど、Fランクを見かけることが減った。
Eランク。
そして、ときどきDランク。
進化前の私なら、絶対に来なかった場所。
そんなある日。
唯:「…………キャピ?」
空気が変わった。
右へ続く通路。
乾いている。
ヒカリゴケも少ない。
水の音もしない。
硬い岩盤が剥き出しになっている。
反対。
左へ続く通路。
こっちは湿っている。
天井から水滴が落ち。
岩には苔。
奥から地下水の流れる音まで聞こえる。
唯:「…………キャピ」
(分かれ道か)
それ自体は珍しくない。
この洞窟には何度もあった。
でも。
何日か、この周辺を探索して。
私は妙なことに気づいた。
◇
――ダダダダッ!
唯:「キャピ!」
目の前をEランクの魔物が逃げていく。
追っているのは私。
(待てぇ! ご飯!)
逃げる魔物。
追う私。
そのまま乾いた通路の奥へ――。
「ギャッ!」
唯:「キャピ?」
行かなかった。
急停止。
方向転換。
私の横を抜けて、元来た道へ全力で逃げていく。
「…………」
唯:「キャピ?」
(なんで?)
別の日。
今度は湿った場所にいた魔物を追った。
結果は同じ。
ある場所まで来た瞬間。
それ以上、進まない。
私から逃げているのに。
わざわざ方向を変える。
そして。
何度観察しても。
乾いた場所にいる魔物は、湿った側へ行かない。
湿った場所にいる魔物も、乾いた側へ行かない。
「…………」
唯:「…………キャピ」
私は二つの通路の境目に降りた。
右を見る。
乾いた洞窟。
左を見る。
湿った洞窟。
どちらも。
奥は暗くて見えない。
「…………」
(ただ環境が違うだけ?)
最初はそう思った。
でも。
逃げている魔物まで。
命より優先するように。
境界を越えない。
唯:「…………キャピ」
(…………なんで?)
その理由を。
このときの私は、まだ知らなかった。
**――第12話 私の洞窟マップ 完**




