26 開錠
突然冒険者に襲われ、パニックになっていた仁那だったが、自分を助けようと駆けつけてくれたテオが殴られている事にショックを受ける。
それとともに怒りも湧く。
テオにナイフで刺された男に向かって、自分を抑えていた男が自分を突き飛ばし慌てて駆けつけていく。
仁那は地面に倒れ込みながらも、迷いはなかった。
――許さない。
膝をつき、自分に背を向けている冒険者たちをキッと睨みつけながら腕輪に手を添える。そして小さくつぶやく。
「開錠」
心境はこれまでと全く違う。変身までのタイムラグが仁那を苛立たせる。
――早く来て!
仁那の思いに応えるかのように直ぐに背中がカッと熱くなる。
暴大で濃厚な魔力が体を覆っていく。
服が鎧に置き換わり髪は赤く燃え上がる。
その目の瞳孔に魔法陣が浮かぶ。以前のような流れ込む膨大な知識は既に仁那に刷り込まれているのだろうか。戦いの知識がフッと浮かんでくるのが分かる。
――でも……殺さないように……。
仁那の気持ちが変身に乗るのだろうか。いつもの巨大な鉤爪は形成されず、その手には手袋のようなものだけが装着されていた。
……
突然背後に吹き荒れる魔力の渦にあわててナックが振り向く。
そこには真っ赤な甲冑を身に着けた赤髪の女性が仁王立ちしている。
「な、なんだ……おめえ?」
声を掛けながらもナックは嫌な汗が流れるのに気がつく。その目の前に立つ化け物じみた魔力は、低級の冒険者であるナックにも感じ取れていた。
ビルやヌージーも口をぽかーんと開けて仁那を見つめていた。
「なんだ? このエロい女は」
「え?」
ぼそっとつぶやいたヌージーの一言に仁那がハッとする。
確かに変身後の姿はおへそも出て、露出度が高い。仁那はそのことを気にしていた。ヌージーの言葉に一瞬身を固くする。
「あれ? 可愛子ちゃんはどこへいった? お前が逃したのか?」
ヌージーは仁那とは全く別人が現れたと思っているようだ。それは当然だろう。仁那の銀髪は燃えるような赤色に変わり、着ていた服装も全く違う。体つきもやや大人びるのか身長も少し高くなった感じもする。
ビルがポーションを飲み、たちどころに刺し傷が癒えたのをみたヌージーが立ち上がって仁那に近づく。
「俺はこっちのが良いな。ひっひっひ。遊ぼう――」
「ヌージー!」
少し酒も入っていたのだろう。仁那の内包する魔力にも躊躇わずヌージーは手を伸ばし仁那の体を触ろうとした。その手が仁那に触れようとした瞬間、バシッ。と仁那がヌージーの手を振り払った。
「ぐぅああ!」
いや。振り払うレベルの威力ではなかった。ヌージーの腕がありえない方向へ曲がっている。痛みに後ずさりするヌージーを見てナックが怒りを露わにする。
「この野郎!」
――だめ……なんて脆いの……。
仁那は軽く振り払ったつもりだったが、変身をすると、少し気持ちが好戦的になる。思いのほか力が入ってしまっていたようだ。
仁那の手にもヌージーの骨を折った感覚は残っていた。相手が以前の魔物であったときと違い人間だ。仁那はテオをやられた怒りに燃えていたが、殺したいなどと思ってはいなかった。
ショックを隠しながら、仁那は詰め寄ろうとするナックに叫ぶ。
「に、逃げなさいよ」
「ああ? ふ、ざ、け、る、な!」
ナックはおちょくられたと感じ腰の剣を抜く。そんなナックの殺気に仁那の気持ちが再び反応してしまう。グッとその殺気に応える。
大きく振りかぶり、振り下ろされる剣は殺意に満ち仁那の体を分断しようと唸りを上げる。ジッと見つめる仁那の目にはそれが随分とゆっくりに感じられた。
――こんな物で。
剣が纏う魔力も、男の揚力も。自分を斬るには全く足りていないと知る。
仁那はあえて動かずにその剣を体で受ける。
ガツッと鈍い音とともに剣の軌道は塞がれる。この男はまさに自分を殺そうとした。その殺意にあてられ持ち上がった憎しみの中、愕然とするナックの表情をみて仁那は口元をニヤリと歪める。
「な、な、なんだと?」
「ね?」
力いっぱいに硬い岩に剣を斬りつければどうなるか。ナックは手が痺れ剣を取りこぼしそうになるのを必死で堪えながら、信じられない目で仁那を見つめた。
その瞬間仁那の腕が振るわれる。あまりの速さにナックはどうすることも出来ない。チンと軽い音がして剣は半ばから先が消失していた。
「……は?」
――軽く……軽く。
体重ものせず、手打ちの様に軽く仁那が腕を突き出せば、ナックはくの字になり吹き飛んでいく。草むらでゲホゲホと吐瀉するナックを見ながら命には問題ないのを確認する。それから目を離し残りの二人の方を向けば、あんぐりと口を開ける男が二人棒立ちになっている。
視線を向けられたヌージーは次は自分たちだと悟る。
「くっ。糞が!」
折れた右腕を垂らしたまま、逆の手を突き出しヌージーが火球を放つがそれも仁那の腕の一振りで消滅する。
「ひぃ! 化け物……」
自分の魔法を軽く振り払われる。そんな事出来る相手なんて見たこともない。ヌージーはその確然とした実力の差を感じ背を向けて逃げ出した。
逃げ出すヌージーを見てビルも慌てて逃げようとする。
「待って」
「か、勘弁してくれっ」
「そこの男も連れて行って」
「あ、ああ。わわわかった」
仁那に言われ、慌てて呻いているナックを立たせ、必死に逃げていく。
それを見て仁那が倒れているテオに駆け寄る。
「大丈夫?」
「あり、がとう……。ニナは……?」
「だ、大丈夫だから」
「そう……良かった……」
テオは冒険者達が逃げ出し、ホッとした事で気が緩んだのだろう。そのまま意識を失う。
みれば顔も腫れ、ひどい状態だ。少し悩んだ仁那は意識を失ったテオをそっと抱きかかえる。
――大丈夫。軽い……。
今の仁那にとってテオの重さなど、問題なく持ち上げられた。
「にゃあ」
仁那が走り出そうとした時、フィンが現れ、ぴょんと抱きかかえられたテオの上に乗る。
「フィン! 良かった。無事だったのね」
「にゃあ」
フィンが嬉しそうに鳴くのを見て仁那はニコリと笑いかける。そしてそのままアニーの待つ薬屋に向けて風のように走り出した。




