27 アニーの元に
ダンテとの話も終わり、店から出ていく。ダンテは今日は村に唯一ある宿屋に泊まるのだろう。冒険者とは違って行商人は懐に余裕がある者も多い。行商人をしながらもダンテは腕利きの商人だった。宿を使うのも余裕だ。
ダンテを見送ったアニーは仁那がお使いに言っている間に夕飯の準備をしてしまおうと台所へ向かった。
「あらまあ……。気の利く子だよ」
台所にはほぼ今日の夕食の準備が出来上がっていた。調剤場も既に片付けは終わっている。
アニーは仁那の仕事に少し呆れたように笑い、週に一度冒険者ギルドに届く新聞を手にソファーに座り込んだ。
……。
……。
「ん?」
しばらく新聞に目を通しているとアニーが顔を持ち上げる。その顔はかなり険しい。突然今まで感じたことのない不思議な魔力を察知したのだ。
魔法が一般的なこの世界でも、魔力を感知する能力を持つものは意外と少ない。実際遠くで仁那が変身する位では意識をするほど感じることは出来なかったが、仁那が変身した状態で薬屋に向けて走っていた為、ある程度近づくことで気がついたのだが。
――仁那か?
直ぐに弟レクターの残していった仁那の資料を思い出す。仁那に何かがあって変身せざるを得ない状況になったのだろうか。
程なくしてチリンと薬屋の扉が開く音がする。アニーは慌てて立ち上がり店の方へ向かった。
◇◇◇
仁那は、変身したまま村の人の多そうな場所を避け走っていく。幸い日も暮れ、外を歩く村人の姿もみられない。
抱きかかえているテオは気を失ったままだが命に別状はなさそうだ。仁那の目にはテオが殴られながらも必死に身体強化を行い、ダメージを減らしていたのは分かった。
変身した仁那は走りながら改めて自分の体が化け物じみている事を実感する。元々運動神経が良い方ではなく、学校の徒競走などでも至って普通の速さだった。だが今は、風のように自分が走り抜けるのを感じていた。
怪我を負ったテオをどうするか。頼れる者はアニーしか居なかった。
小さい村だがナヴァロの家は村のかなり外れにあり、アニーの店はその反対側に成る。そこそこの距離はあったが、あっという間に店の前までたどり着く。
――どうしよう……このまま……。
おそらく元の姿に戻ればテオを抱え続けることは出来ない。アニーはレクターから自分の体のことは聞いているはずだ。店の扉の前で少し悩んだが、そのまま店に入っていくことにした。
チリン。
恐る恐る扉を開け店の中に入ると直ぐにアニーが駆けつけてきた。アニーは仁那の姿を見ると目を丸くするが、直ぐに表情を緩め訊ねる。
「ニナかい?」
「……はい」
「厄介事に巻き込まれたようだね、それはテオかい?」
「はい。テオ君が私を守ろうとして」
「うむ。話は後で聞こう。すぐに中に運びなさい……ソファーがいいかの」
「はい」
テオを中に運び、リビングのソファーの上に乗せる。テオは痛みがあるのか辛そうな顔で時々うめき声を上げる。
「その変身を解けるか? その魔力、老体には少々きついな」
「あ、ごめんなさい」
「なに、謝る事じゃないさ」
仁那は左手の銀色に光る鱗に手をそえ「施錠」と唱える。直ぐに魔力の光りに包まれ元の姿に戻っていく。それを見てアニーがため息をつく。
「ふう……わが弟ながらとんでもない事をしてくれる……」
「アニー。回復の魔法を使えるの?」
「使えるには使えるが、目を覚ましたらポーションを飲ませたほうが早いじゃろ」
「店のポーション使っていい?」
「ああ、持ってきな」
そう言いながら、アニーはテオに回復魔法をかけはじめる。仁那は小走りに店の方へポーションを取りに行く。
仁那がポーションを手に戻ってきてもまだ、テオは目覚めずアニーが回復魔法を続けていた。オロオロとアニーの後ろでその治療を見つめているとアニーがそのまま仁那に聞いてきた。
「で、何があったんじゃ?」
「……その、ナヴァロさんに薬を届けた帰り道に、……この前毒消しを買いに来た三人の人達が……」
「襲われたのか?」
「……はい。その時にテオくんが……」
仁那の話にアニーがため息をつく。
「それでそいつらは?」
「逃げていきました……。私が変身して、あの人達に……」
「ふむ……。それで良い。命を取るにはニナは優しすぎる」
「……はい」
「変身は見られたか?」
「いえ、皆テオ君の方を向いていたので、見られては居ないです」
「そうか……ん? 話はここまでじゃな」
話をしているとテオが身じろぎをし、目を覚ました。それを見て仁那思わずテオに駆け寄り、抱きつく。
「テオ君!」
テオ目が冷めたばかりでボーッとしていたが、仁那に抱きしめられているのに気が付き目をパチクリする。
仁那はテオに対して申し訳ない気分でいっぱいだった。自分の為にこんな傷だらけになって。本当に目を覚ますのかずっと不安でたまらなかった。
恐怖、謝罪、感謝そして安心となんだかゴチャゴチャに感情が持ち上がり、仁那は涙が止まらなくなる。
家族からも離れて一人でこの世界で目を覚まし、仁那の中でどこかで無理をしていたのだろう。まだまだ中学三年の少女だ。感情の高まりがうねりを呼び、もう制御が利かなくなっていた。
「ニ、ニナ……?」
自分に抱きついたまま嗚咽を繰り返す仁那にテオはどうして良いか分からない。泳いだ目がアニーの目と合う。
「少し、そのままにしておいてもらって良いか?」
「え? ええ?」
わけも分からず、テオはそのまま動かずに泣いている仁那が落ち着くのを待っていた。
嗚咽が少しづつ落ち着いたところでアニーが声をかける。
「ニナ。テオにポーションを飲ませてあげよう」
「え? あっ。ごめんなさい!」
慌てて仁那はテオから体を離す。そして素に戻った仁那は自分がやっていたことを振り返り顔を真っ赤にしながら涙を拭う。
「ごめんなさい。こんな目に合わせちゃって……」
「い、いや……。大丈夫。ニ、ニナは、無事だったか?」
「うん。……ありがとう」
「はっそう言えば……あの赤毛の人は?」
「え?」
テオの言葉に仁那が困ったようにアニーの方を見る。
「お前をここまで運んできてまたどこかへ去っていったわ」
「そ、そうか……」
「それより、ほれ、ニナ。ポーションを」
「ポ、ポーション? そんな高価なもの……」
「良いんじゃ。良くニナを守ってくれた。アタシからの感謝の気持じゃ」
「あ、ああ……でも、よかった……」
ポーションを受け取ったテオは少し躊躇したが、アニーに促されるままそれを飲み干した。




