25 ちょっぴりの勇気
「ニナ! 大丈夫か?」
「テオ君!」
テオの声に仁那は一瞬安心した表情をするが、すぐにそれも曇る。こんな大人の冒険者三人にテオが居たとしても……。嫌な未来しか見えない。
「おいおい。小僧。邪魔するつもりじゃねえだろうな?」
「邪魔って。なんだよっ!」
「俺たちの大人の楽しみってやつだよ」
「お、大人の? ニナは嫌がってるじゃないかっ!」
「はん。今はな。これから教えてやるんだよ。ガキは引っ込んでな」
「なっ……ニナを離せ!」
ナックはテオの形相を見て、面倒くさそうにため息をつく。そのままゆっくりとテオに近づいていく。
「な、なんだよっ!」
「まあ、見られちまったのはしょうがねえ。今からお前に二つ選択肢をやろう」
「なんだと?」
「一つ。このまま俺たちと一緒に大人の世界を味わうか。……それとも死ぬかだ」
「ぐっ……」
「俺はそんな気長な質じゃねえんだよ。で、どうするんだ?」
ナックと同時にビルもテオに近づいていく。仁那を羽交い締めにしているビルは笑いながら二人を見ていた。
「テオっ。逃げてっ!」
険悪な雰囲気にニナが叫ぶ。
「くっくっく。もうな。逃げれないんだ。お前もそのガキもな」
ヌージーは暴れようともがく仁那をぐっと押さえつけながら、さも楽しそうに仁那の耳元でささやく。そのおぞましさに仁那は思わず体を固くした。
……
テオはこの村から出たことがない。村には同い年の子が一人いたが、今は街の学院に通うために村には居なかった。そんな小さな村で同年代同士の喧嘩などしたことはなかった。
戦闘らしきものは村の近くの草原でボーンラビット狩りをするくらいの経験しかない。そのボーンラビットも狩り方というのがあり、それが戦闘と言えるかといえば怪しいところだ。
目の前には三人の冒険者。そして囚われている仁那。
テオは完全に仁那に一目惚れをしていた。それ故の行動ではあったが冒険者たちの殺気にアテられジワジワと恐怖も持ち上がる。
ナックが一歩前に出ればテオも一歩下がる。
そんなテオの内心をしってか冒険者たちもまるでおもちゃをいたぶるかの様に楽しんでいるようだった。
「テオッ! 逃げてっ!」
仁那の声が耳に届く。その声にハッとする。
自分は冒険者に成るんだ。両親は死んでしまったが記憶に残る二人はいつも危険な仕事に不安な顔などしたことがなかった。強く、立派な父親と、強く、優しい母親。
――俺だって……。
ぐっと拳を握りしめる。
ナックはまるで無害な獲物を狩るがごとく両手をぶらりとさせニヤニヤと近づいてくる。
「やるのか? やれると思うのか?」
テオは体に力を込める。そしてナックに向かって握りしめた拳を振る。だが、その拳は無情にも空を切る。喧嘩慣れしたナックにはただ振り回すだけの拳など当たる要素のかけらもない。空振りをし、泳いだ体にナックの拳がめり込む。
「んぐっ!」
軽く浮くくらいの衝撃にテオは呼吸が止まる。必死に呼吸をしようとするが上手く行かない。そんなテオを驚いたようにナックは見つめた。
「おいおい。まさかと思うがこいつ身体強化使ってねえか?」
「マジかよ……確かに怒り狂ったやつは魔力がダダ漏れするもんだが……」
魔法の使い方には大きく2つのパターンがある。一般的に魔法で超常的な現象を発現させること。それと自らの身体能力を強化させること。
それはどちらが凄いとかそういった比較はされなかったが、前衛職で戦う戦士達にとっては身体強化は必須とも言える能力だった。
この世界ではいわゆるRPGの様にレベルアップという概念はないが、魔物を倒すことで少しづつその魔素を取り入れると言われている。ゲームのように筋力や防御力が直接上がることは無い。魔素を取り入れ魔力が強くなることで、魔法使いは使う魔法の威力が上がっていき、前衛職は身体強化の強化度があがる。
そして身体強化は才能によるものが強く、ほとんどの人間は生活魔法などと同じようなレベルで気持ち少し強化を出来る程度だった。
低レベルの魔物であったが孤児院の食料を確保するためにボーンラビット狩りを続けていたテオは知らぬうちに魔素を取り入れていた。そこまで魔力が多いわけじゃなかったが、この追い詰められた状況にテオは知らぬ間に身体強化を発動させていた。
ようやく抑制されていた呼吸が戻り、ゼイゼイと苦しそうなテオの髪をビルが掴み顔を持ち上げる。
――くそう。
あまりの苦しさにテオの顔は涙で濡れていた。そんな顔がビルの嗜虐心を煽る。仁那に対するそれとは違う楽しみがそこにあった。
「ぎゃっはっは。見ろよこの顔」
「急所にもろに入ったからな。呼吸が止まっただろう」
「身体強化とか関係なくね?」
「ああ。だけどよ。この俺が殺すつもりの一撃だったんだぜ? 自信なくなるわ」
「ま、その分遊べる――ぎゃっ」
テオがビルの股間を蹴り上げる。完全に油断をしていたビルは悶絶し、テオを離す。テオは必死に仁那に向かって走ろうとする。
「こ、この野郎!」
激情したビルが横を通り過ぎようとしたテオの顔を殴りつける。力の籠もったその一撃にテオが吹き飛ぶ。それでもビルの怒りは収まらない。そのままテオに馬乗りになり殴りつける。
一撃、一撃。まかりなりにもビルも冒険者だ。身体強化の素質は少なくともその腕力は14歳の子供を殴るには十分な力を持つ。テオは無意識で身体強化を使い必死に堪えるが段々とダメージは蓄積していく。
――だめだ……。
「テオ!!!」
殴られるたびに頭がゆすられ、意識が飛びそうに成る。朦朧とするテオの意識に再び仁那の声が染み込む。テオは無我夢中で腰に手をやる。
――あった。
馬乗りになったビルの暴力の前でなすすべもなかったが、右手は動く。そのまま抜いたナイフをそのまま馬乗りなっているビルに向けて突き出す。
「ぐぅあああ!」
「ビル?」
慌ててテオから離れるビルの脇腹からは真っ赤な血が流れる。
「こいつ抜きやがった! ヌージー! ポーションだ!」
ナックはヌージーにポーションを要求しながらナイフを手に呆然とするテオに向かう。テオがそれに気づいた瞬間ナックの右のつま先がテオのナイフを弾き飛ばす。
テオは夢中での事だったが、目の前で腹から血を流しうめいてるビルに呆然としていた。
――人を……。刺した……?
「この野郎!!!」
もうナックに獲物をいたぶるような思考は無くなっていた。ナイフを蹴り飛ばされたテオにはもはや成すすべもない。再び足が振るわれ、テオの体にナックのつま先がめり込む。
痛みに体を丸めるテオにナックは執拗に蹴り続けていた。
ヌージーも慌てて仁那を突き飛ばし、鞄からポーションを取り出してビルの元へ駆け寄る。
この時、三人の意識から仁那が消えていた。
暴力の背後で、暴風のような魔力が吹き荒れた。




